シーズン停止が続くが、試合がない中でもNBAの各チームは積極的にSNSを使い、ファンとの交流を図っている。とりわけ健闘が目立つのがワシントン・ウィザーズの日本語アカウントだ。本家ウィザーズのアカウントを翻訳して英語のわからないファンへ情報を提供するほか、日本ファン向けにオリジナルの企画も打ち出している。 先日そのウィザーズ日本語アカウントが、私と共にYouTubeチャンネル『Basketball Diner』に出演しているⓂ︎Qさんのイラストを取り上げていて驚いた。#ウィザーズイラスト というハッシュタグを付けてファンにイラストを描いてもらうという企画のお手本に、Ⓜ︎Qさんが選ばれたのだ。身近にそんなすごい人がいるなら話を聞かないわけにはいかない。というわけで今週は、グラフィックデザイナーⓂ︎Qさんにイラストのコツを教えてもらった。
イラストの話に入る前に、今週の講師Ⓜ︎Qさんの経歴を紹介しよう。Ⓜ︎Qさんは、なんと名門八雲学園高校のバスケ部出身という実力者だ。しかもスポーツ推薦で入ったというからエリートである。高校卒業後、浪人期間を経て第一志望だった東京藝術大学に入学。高校でバスケには一区切りつけたと思っていたが、入学後にバスケ熱が再燃しバスケ部に入部した。NBAに出会ったのはその芸大バスケ部時代である。 Ⓜ︎Qさんは、芸大のチームメイトに薦められて観たNBAにどんどん魅了されていった。ハイライト動画では満足できなくなったⓂ︎Qさんは、大学院生だった2016-17シーズンにNBA LEAGUE PASS(現NBA Rakuten)に加入。2018年にはNBA情報収集用のTwitterアカウントを開設と、いわゆる沼にハマっていった。好きなチームはワシントン・ウィザーズで、きっかけはポール・ピアースだったという。 そんなⓂ︎Qさんが選手のイラストを投稿するようになったのは、実は息抜きのためだった。元々絵を描く仕事がしたいと思い芸大を受験したⓂ︎Qさんだったが、グラフィックデザインを勉強するうちに文字に興味を持ち、タイポグラフィを専攻。卒業後はその技術を活かし、グラフィックデザイナーとしてロゴデザインやそれに付随するデザインの仕事をしている。好きな仕事だが、仕事として絵を描くことはない。絵を描きたいという欲求が溜まっていたところに、NBAという恰好の題材を発見したわけだ。 ファンアートという言葉があるぐらいで、SNSを通じてイラストを世に出すファンは多い。しかし、そこは芸大卒。彼女の絵は埋もれなかった。アカウントを開設して早々に発表した一筆書きのイラストは、私のタイムラインでも大いに話題となった。イラストを喜んでくれるNBA選手も多く、カイ・ボウマンは引用リツイートの上フォローバック、トロイ・ブラウンは自身のプロフィール画像に採用し、DMでお礼のメッセージまでくれたそうだ。選手のイラストの描き方を習うには、Ⓜ︎Qさんはうってつけの存在と言えるだろう。
この企画を通して私のイラストがどれだけ上手くなるかがわかるよう、まずは何も習う前にⓂ︎Qさんから指定されたレブロン・ジェームズを題材にイラストを描いてみた。見てもらえれば説明する必要もないだろうが、私は絵を習ったこともなければ描く習慣もない。この状態からどこまで上手くなるか楽しみである。
「そんなに言うことないくらい良い絵ですね」 私のイラストを見ながらⓂ︎Qさんは言った。上手く特徴を捉えているという。たしかに描き終わったあと、我ながら「一応レブロンに見えるな」という感触は得た。しかし、誰がどう見てもど素人のイラストだ。特徴をとらえるということと、上手い下手はまた別の話なのだろうか。 「いや、下手というより味のあるイラストだと思いますよ。ではイラストを描く手順を説明しながら、この絵の寸評もしていきましょう」 そう言いながらⓂ︎QさんはiPadのドローイングアプリを開いた。 Ⓜ︎Qさんが最初に挙げたポイントは、題材のトリミングだった。イラストの技術にしか考えが及ばなかった私にとって、上手いイラストを描くための手法が準備段階から始まっているのは驚きだった。Ⓜ︎Qさんによれば、題材をトリミングすると余計な情報を省くことができ、題材に集中できるそうだ。また、キャンバスもそのトリミングと同じ縦横比のものを選ぶと描きやすいという。今回はあらかじめⓂ︎Qさんが正方形にトリミングした画像を題材として受け取っていたが、私は何も考えずにA4の紙に書いていた。これはすぐに改められるポイントである。 題材とキャンバスが揃ったら、いよいよイラストを描きはじめるが、一体何から描けばいいのだろうか。Ⓜ︎Qさんの答えは、アウトラインだ。まず頭の位置、そして肩の位置といったように、キャンバスに対してのサイズ感を決める。それから顔の輪郭を描き、顔に対して首、肩がどのように付いているかを確認しながらアウトラインを描いていく。 「似せるにはバランスが重要なんで、いきなりパーツから描くのはオススメしません」 私は何の気なしに鼻から描き始めたが、言われてみれば我ながらどうやってバランスをとったのか不思議だ。
アウトラインを描けたらいよいよパーツだが、パーツを描くときもバランスが重要だとⓂ︎Qさんは言う。 「見て欲しいのは目と鼻に対する耳の位置関係です。顔がまっすぐなら目と鼻の下の間に耳が来ますが、上を向いたり下を向いたりしているときは耳に対して目鼻の位置が上下に移動します」 題材のレブロンは真っ直ぐこちらを見る構図なので、目と鼻の下のラインの間に耳がある。「大柴さんの絵はパーツの位置関係がいいですね」と言われたが、全く何も意識していなかった。 バランスを考える一方、パーツを描くときには特徴もとらえなければならない。結婚式のときなどによく見る似顔絵では特徴を大袈裟に描くが、普通のイラストでもその人から受ける印象は大袈裟に描いていいとⓂ︎Qさんは言う。例えばレブロンなら眉間が離れている、鼻は低く丸い、笑うと口角がかなり横に開き顎が出る……といった自分が受けた印象を少し誇張しながらイラストに落とし込んでいく。特に髪や髭はイラストの印象を大きく左右するので、バランスに気をつけながら丁寧に描くといいとのこと。レブロンの場合は額が広いので、髪の量と額のバランスが重要になる。 パーツを描き終わったら、残るは全体的な味付けだ。まずはイラストを立体的にする作業。頭蓋骨の正面と側面はこめかみで繋がっているので、そこを表現する。また、目や鼻、顎の下に影を入れることでも立体感が出る。最後に印象を近づけるために細やかな補正をすれば完成だ。何も描かないと印象が若すぎると思ったら目立つ皺を拾って描くこと。今回は題材が笑顔なので、笑い皺があるとより印象が近づく。また、海外の選手はまつ毛が濃いので、ボリュームを足すといい。その際、線の太さを変えると簡単にボリューム感が出るとのこと。書き上がったイラストが下の画像だ。
最後に講師のⓂ︎Qさんからこれを読んでくれた皆さんへのメッセージを付記する。 「今回は私の描き方を紹介しましたが、描き方は1つではありません。皆さんが自分に合った描き方を見つけるヒントになれば嬉しいです」
Ⓜ︎Qさんは褒めて伸ばすタイプらしく、「特徴を捉えている」、「バランスがいい」、「味がある」などと褒めてくれたが、折角なのでⓂ︎Qさんに教えてもらった知識を活かして同じ題材に再挑戦してみた。大分精度は上がったと思うがいかがだろうか。私のイラスト2枚を比べて興味が出た方は、是非今回紹介したⓂ︎Qさんの手法でイラストに挑戦してみてほしい。
大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。