2012年夏――。ワシントンDCのホテルで行なったコービー・ブライアント(元ロサンゼルス・レイカーズ)との独占インタビューを忘れたことはない。 記憶の中の彼は常に自信たっぷりの笑顔を浮かべ、一点の曇りもない。会場として用意されたボールルームの椅子に座ったコービーは、こちらの質問に丁寧に耳を傾け、時に情熱的に、時にユーモアを交えながら、味わい深い答えを返してくれた。 この仕事をこなしていると、稀に“忘れられないインタビュー”に巡り合う。私にとって、そのインタビューの相手こそがコービーだった。
現地1月26日、コービーがヘリコプターの墜落事故で急死したことの衝撃はまだ薄れていない。元スーパースターの早すぎる死は、いわば“世界的悲劇”。以降、各地で様々なトリビュートが展開され、古巣レイカーズも31日に行われた事件後初のゲーム前に大々的なセレモニーを催した。 それらと同時に、生前のコービー、一緒に亡くなった娘ジアナと関わった人たちは、それぞれの思い出を語ることで死者を悼んでいる。追悼ムードはまだまだ終わる気配がない。そういった流れ、空気こそが、全米、いや全世界におけるコービーの存在の大きさを物語っているのだろう。 コービーに関する私個人の最大の思い出は、やはり8年前に実施した1オン1インタビューである。ナイキ社の計らいにより、アメリカの首都で催されたワールド・バスケットボール・フェスティバルの期間中に独占取材が実現したのだ。 目の前に座ったコービーは、間近に迫ったロンドン五輪への意欲を強調し、チームの指揮を執る“コーチK”ことマイク・シャシェフスキーHCは「イメージと違って実は面白い人なんだ」と嬉しそうに笑った。直前にスティーブ・ナッシュを獲得したばかりのレイカーズの翌シーズンへの興奮を隠さず、「ナッシュと電話で話して、僕たちは優勝する準備が出来ているということで一致したんだ」と目を輝かせた。 「僕とパウ(ガソル)は兄弟みたいなものだけど、(代表戦で)弟に負けるわけにはいかない。そんな意地の張り合いがあるから、余計に楽しくなる。どちらが勝とうと、試合が終われば『良いプレイだったな』『アイ・ラブ・ユー』と声を掛け合って、『じゃあまた後で』と言って別れる。そして僕たちはまたチームメイトに戻るんだ」 レイカーズの同僚で、スペイン代表ではライバルになるガソルに関する言葉からは、気のおけない相手に対する深い親愛の情が確実に感じられた。 もう取材慣れし過ぎているスーパースターであるにも関わらず、コービーは取材中にも頻繁にインタビュアーとアイコンタクトを交わしてくる。口から出る言葉の多くは新鮮で、独創的で、それでいて説得力があった。“なんて魅力的な取材対象なのだろう”と、取材途中で半ば圧倒されそうになったことを否定しない。
ここで断っておくと、もともと私はコービーのファンだったわけではない。卓越した得点力と華やかなプレイスタイルは無視できないものだったが、ボール独占傾向が鼻についた。バスケットボールは選手1人が変わるだけでカクテルのように色が変わる究極のチームスポーツだが、コービーが入るとすべてが“コービー色”になってしまう。それはとてつもないことだと理解した上で、個人的な好みではなかったのだ。 ただ、それでも、この時点ですでに5度のファイナル制覇を経験していたコービーに、どうしても聞いてみたいことがあった。アメリカ代表やレイカーズの展望ではなく、コービー自身のことだ。 バスケットボール選手として考えうるほぼすべてを手にして来たにもかかわらず、コービーの向上心は止まるところを知らない。厳しい日程の中でも、覇気のないプレイなどまず見せない。生き馬の目を抜くようなNBAの世界で、どうしてこれほどのモチベーションを常に保てるのか。20分に及んだインタビューの終盤、そう尋ねた際にコービーが返した答えはいまだに私の記憶に焼き付いている。 「愛だよ。僕はバスケットボールをプレイするのが好きだ。本当に大好きなんだ。好きなことに対して情熱を保てるのは、どんな職業でも同じじゃないかな。それが大工だろうと、建築家だろうと、君のようなライターだろうと。もしも自分の職業を愛しているなら、それに対する情熱は無限のはずなんだ」 コービーのバスケットボールに対する愛情の深さは、のちにアカデミー賞を獲得する短編動画「Dear Basketball」を見た人ならよくご存知だろう。いや、コート上でのプレイを見れば一目瞭然でもあった。これほどこのスポーツを心底愛している選手が、日々のトレーニング、ゲームで手など抜けるはずがなかった。特に意外性のないコメントに思えるかもしれないが、これ以上ないほど明快で、ストレートな“愛の言葉”に私は戦慄を覚えたのだった。
振り返ってみれば、コービーは引退後もバスケットボールへの強烈な愛を保ち続けたように思えた。最近はNBAのコートに姿を表す機会も増えていた。救いを見つけるのが難しいあの痛ましい死亡事故も、大好きなバスケットボールのコートに向かう途中で起こったことに微かな慰めを見出すファンもいるのかもしれない。もちろん娘と一緒だった時点で悲劇にしかならないとしても、最後まで好きなことをやって逝けるのは本来であれば幸福なことのはずだからだ。 そして私は、唯一の機会になってしまった独占インタビューでコービーが言ったことを今でもたまに反芻している。「愛があれば、その物事に対する情熱は無限大」というメッセージは、特に大きな意味を持って響いてくる。突然訪れた今回の悲劇のあと、言葉にできない空虚感とともに、コービーとの一問一答はスポーツライターとしてのキャリアの中でも重要な思い出として胸に迫ってくるのである。
杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。