就任1年目で優勝。ポジティブなエナジーでレイカーズをまとめたフランク・ボーゲルHC【宮地陽子コラム vol.7】

去年5月、フランク・ボーゲルは、“嵐”の中でロサンゼルス・レイカーズのヘッドコーチに就任した。“嵐”といっても、毎日が快晴の南カリフォルニアでのこと、雨や風の嵐ではなく、レイカーズのお家騒動の嵐だ。 その前月に突然レイカーズのバスケットボール運営責任者を退いていたレイカーズOBのマジック・ジョンソンが、よりによってボーゲルのヘッドコーチ就任会見が行われる日の朝に全米放映の番組に出演し、GMのロブ・ペリンカをはじめ、首脳陣への批判をぶちまけたのだった。外から見ると、ボーゲルHCは崩壊寸前のチームの真っただ中に放り出されたかのようだった。 だいたい、ボーゲル自体がレイカーズにとっては最初の新ヘッドコーチ候補ではなかった。その前に候補として2度面談したモンティ・ウィリアムズはサンズのヘッドコーチに就任し、もう1人の候補だったタロン・ルーとは条件が合わずに決裂。3番手の候補だったのだ。 チームはレブロン・ジェームズを獲得しながらも、6年連続でプレイオフを逃したばかり。果たして、ボーゲルで王朝の立て直しができるのか、懐疑的に思う人は多かった。アシスタントコーチとしての契約間近だったジェイソン・キッドは、ボーゲルで失敗したときの保険に違いないと噂する人もいたほどだ。

今季、レイカーズをウェスタン1位に導いたボーゲルHCだが、当初は3番手の候補でしかなかった

「ポジティブな空気を広げるつもりだ」

記者会見の質疑応答では新ヘッドコーチのお披露目もそこそこに、会見場のひな壇でボーゲルの横に座っていたペリンカGMに、マジックの発言に関する質問が矢継ぎ早に投げかけられた。その数7つ。その間ボーゲルHCは、ペリンカと記者の間のやり取りをじっと、辛抱強く聞いていた。7つ目の質問、「マジックのコメントによって、組織が混乱しているイメージを与えるという懸念はないか」という問いかけに対してペリンカが答え終わったところで、ボーゲルHCは人当たりのいい笑顔を見せると口をはさんだ。 「私の経験を言わせてもらうと、このレイカーズという組織に対する外からの先入観は、現実とまったく違う」 そう言って、ペリンカGMをはじめとするレイカーズ首脳陣を援護すると、さらにこう続けた。 「それに、私はポジティブなエナジーを持ち、熱いタイプのコーチなんだ。ポジティブな空気を、私からみんなに広げるつもりだ」 当時の地元メディアにとってこの言葉は単なる気休めに聞こえたのか、あまり注目されることもなかったが、印象的な言葉だった。

影日向になってチームを支える

あれから約15か月。つい最近ボーゲルHCは、ヘッドコーチ就任会見の日から常に影になり、ほかのことに話題をさらわれてきたことについて聞かれた。すると彼は、あの時と同じ笑顔で、「私は影になっても構わないよ」と笑い飛ばした。 ヘッドコーチのなかには、自分がチームの主人公となり、強烈な個性でチームをまとめるタイプもいるが、ボーゲルHCはそうではない。裏方にまわり、コーチとしてやるべき仕事に専念し、その結果、試合に勝って選手たちが話題の中心となるのをニコニコと笑って見ているタイプだ。 「ずっと言ってきたように、この仕事ではヘッドコーチの自分は話題の中心ではない。レブロン・ジェームズとアンソニー・デイビスが築くレガシーが大事だ。アイコン的な、レイカーズというフランチャイズが、ふさわしい位置に戻ることが大事なんだ」 シーズン通して、ボーゲルHCはその言葉を実践してきた。

「陰になっても構わない」というボーゲルHC。表舞台に立つレブロンやADを裏方として支え続けた

ただし、それは自分が絶対に表に立たないということではなかった。自らスポットライトを求めることはなかったが、必要な場面ではチームの指揮官として世間の前、カメラの前に立った。 たとえば1月にコービー・ブライアントがヘリコプター事故で突然この世を去ったとき。自分よりコービーとの繋がりが強く、悲しみに打ちひしがれていた選手たちやペリンカGM、古くからいるチームスタッフたちを思いやり、彼らに代わって前面に立ち、メディア対応にあたった。 レブロンは、そんなボーゲルHCのリーダーシップに感謝する。 「このチームは、シーズンを通してとんでもない障害だらけの道のりを越えてきた。コーチは常にチームをまとめ、アンカーとしてチームを支えてきてくれた」

ハワードやマギーが素直に応援に徹したワケ

ボーゲルHCの強みのひとつは、コミュニケーション能力だ。アンソニー・デイビスは、「コーチはいつでも率直に話してくれる」と言う。 「コーチは僕やブロン(レブロン)に、色々なことを聞いてきたり、アイディアを持ちかけてくれる。僕らは、自分たちの意見を伝えるんだ。コーチのことは信頼している。ゲームプランを組み立てるために何時間も試合映像を見て分析し、スキームを分析し、僕らにとって何が一番いい解決方法なのかを考えてくれることを知っているからね」 たとえばプレイオフに入ると、シリーズによってローテーションが入れ替わり、1回戦のブレイザーズとのシリーズや、カンファレンス決勝のナゲッツとのシリーズでは大事な役割を与えられていたジャベール・マギーやドワイト・ハワードが、カンファレンス準決勝のロケッツとのシリーズでは出番がなくなった。彼らがそれを受け入れ、ベンチからチアリーダーに徹してチームを盛り上げていたのは、シーズンを通して与えられた役割を受け入れられるようなコミュニケーションをボーゲルHCがとってきたからだった。

出番がない選手たちが、ベンチからコートに立つ選手たちを鼓舞する場面が散見された。ボーゲルHCが普段からコミュニケーションを取ってきたからこそだろう

ボーゲルHCは言う。 「私は最初からチームが一体となることを強調してきた。最初の会見でも、選手たちやコーチ陣との1対1のミーティングでも、フロントとの様々な協力関係でもそうだった。このチームには組織としての一体感がある。その才能をみんな同じ方向に向けることができれば、特別なことを成し遂げることができる。これだけ新しいメンバーが多いなかで、これだけ早くまとまり、これだけ早く成功を収めるというのは珍しいことだ。組織全体として、みんなが受け入れてくれたことが、これを可能にしたのだと思う」 優勝を決めた後、ペリンカGMはボーゲルHCのことを「すばらしいコラボレーターだ」と称賛した。コラボレーター、つまり、人の力を合わせることに長けた人だというのだ。この言葉は、ボーゲルのヘッドコーチとしての能力のひとつをよく表している。 シーズン前には寄せ集めのように思えたチームが、コロナ禍の中断期間も、隔離された“バブル”での日々も乗り越え、ファンの声援も聞こえないなかで結束を強めて優勝を勝ち取った陰には、間違いなく、ボーゲルHCのポジティブなエナジーがあった。


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宮地陽子:ロサンゼルス近郊在住のスポーツライター。『Number』、『NBA JAPAN』、『DUNK SHOOT』、『AKATSUKI FIVE plus+』など、日本の各メディアにNBAやバスケットボールの記事を寄稿している。NBAオールスターやアウォードのメディア投票に参加実績も。

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