異端のスター、ジミー・バトラー【大柴壮平コラム vol.50】

日本時間9月9日、マイアミ・ヒートがミルウォーキー・バックスに勝利し、4勝1敗で第1シード相手のカンファレンス準決勝を制した。カンファレンス決勝進出はレブロン・ジェームズが在籍していた2014年以来となる快挙だ。今週は絶好調ヒートのキーマン、ジミー・バトラーに注目した。

バトラーがバトラーになるまで

ジミー・バトラーほどリーグで特異なポジションを確立している選手も珍しい。リーグで最も巧い選手は誰かと聞かれて、バトラーの名前を挙げる人は少ないだろう。リーグで最も支配的な選手と聞かれても同じだ。バトラーにはジェームズ・ハーデンのようなハンドリングも、ヤニス・アデトクンボのような身体能力もない。しかしバトラーは、ハーデンやアデトクンボといったスーパースターと同等か、ときにそれ以上の存在感を放っている。 バトラーのNBAデビューは、デリック・ローズが怪我を繰り返していた時期のシカゴ・ブルズだった。1巡目最後の30位指名ながら毎年スタッツを上げ、3シーズン目には先発に定着した。その頃のバトラーの評価と言えば、いかにもトム・シボドーHCが好みそうなハードワーカーというものだった。ところがバトラーの成長はそこで止まらず、2014-15シーズンには平均20.0点を挙げてキャリア初のオールスターに選ばれる。結局ブルズ時代は、最終年となった2016-17シーズンまで毎年平均得点を上げ続け、バトラーはリーグでも有数の2ウェイ・プレイヤー(オフェンスもディフェンスもできる選手)として認知されるようになった。 ブルズ時代のバトラーは優秀な若手選手という評価こそあったものの、現在のような圧倒的な存在感はまだ持ち合わせていなかった。しかし、2015年10月『Chicago Magazine』(シカゴにまつわるものを紹介する月刊誌)に載った特集を振り返ると、今のバトラーに通ずる狂気に似たものを感じとることができる。『Chicago Magazine』によれば、過去にとらわれることを嫌うバトラーは「振り返らない」ことを喚起するために車のバックミラーを取り外したというのだ。おそらく当時の読者は笑ってこの話を読んだだろうが、今の彼を知る我々はバトラーが本気だったことを容易に想像できる。

自らの信念を示すために車のバックミラーを外したというバトラー。驚きのエピソードだが、きっと真剣だったに違いない

バトラーの言動に変化が見られたのは2016-17シーズンだ。前述のようにブルズにおける最終年となったこの年、バトラーに大きく影響を与えることになる人物がチームにやってきた。ヒートで3度の優勝に貢献した名選手、ドウェイン・ウェイドだ。マーケット大学の先輩であり、往年のスター選手であるウェイドにバトラーは心酔した。「一度コートに入ったらクソ野郎になれ」というウェイドの教えを守り、さらにハードにプレーするようになったところまでは良かったが、徐々にコート外での発言も“クソ野郎”化していく。象徴的なのは2017年1月25日のアトランタ・ホークス戦後だ。敗戦のフラストレーションから公にチームの若手を批判したバトラーとウェイドはチームから罰則を与えられ、次のヒート戦を揃ってベンチからスタートすることになった。

前代未聞のトレード要求、そしてたどり着いた理想郷

2017年のドラフト当日、ブルズはバトラーをミネソタ・ティンバーウルブズにトレードした。当時のウルブズはかつての恩師シボドーが指揮を執っており、バトラー獲得はウルブズにとってベストな選択のはずだった。実際、初年度のバトラーは期待に応えた。シーズン平均22.2得点を記録し、ウルブズにとっては14シーズンぶりとなるプレイオフ進出に大きく貢献。プレイオフでは1回戦で強豪ヒューストン・ロケッツの前に敗れたものの、ウルブズはようやく長いトンネルを抜けたかに見えた。 ところがその年の夏、バトラーは翌年の契約満了時に再契約する意思がないことを球団に通達し、トレードを要求する。ポール・ジョージやアンソニー・デイビスを筆頭に、近年ではスター選手のトレード要求は珍しくない。しかし、意思の定まらない球団を相手にバトラーがとった行動は過激だった。バトラーはスクリメージでベンチの選手たちと組んでレギュラー陣を何度も打ち負かし、カール・アンソニー・タウンズとアンドリュー・ウィギンズという若手有望株2人に「お前らはソフトだ」と繰り返し怒鳴りつけたのだ。そしてその場にいたGMのスコット・レイデンにも「お前は俺が必要なんだろ。俺なしじゃ勝てないんだろ」とまくしたて、練習場を後にした。 強烈なアピールの甲斐があり、2018-19シーズン開幕直後の11月にバトラーはフィラデルフィア・セブンティシクサーズにトレードされた。シクサーズ時代のバトラーは、プレイオフで真価を発揮した。ジョエル・エンビード、ベン・シモンズ、トバイアス・ハリスといったスター選手が軒並みスタッツを落とす中、独りバトラーだけは一段ギアを上げて奮闘したのだった。結局シクサーズはカンファレンス準決勝で激戦の末トロント・ラプターズに敗退するが、エンビード、シモンズ、ハリス、バトラーのカルテットにはタイトル・コンテンダーと呼べる実力があるように見えた。

昨季はシクサーズでジョエル・エンビード(左)、ベン・シモンズ(中央)とプレイ。このまま長く共闘すると思われたが…

しかし、シーズン終了後FAとなったバトラーがチームに戻ることはなかった。移籍当時は沈黙を貫いたバトラーだったが、2020年3月、JJ・レディックのポッドキャストに出演した際に「シーズン中ずっとメイン・ハンドラーとして起用していたシモンズを、プレイオフで急にその役目から下ろしたのを見て采配に不信感を持った」と語った。ミネソタではやる気を表に出さない選手に怒り、コーチ陣が信用できないとフィラデルフィアを去ったバトラーの理想郷など存在するのだろうか。そんな疑問が生まれる中バトラーが移籍先に選んだのは、彼に自分らしくいることの大切さを教えたウェイドがかつて看板を背負っていたチーム、マイアミ・ヒートだった。

相思相愛となったヒートとバトラー

ヒートは選手に厳格なコンディショニングを求めることで知られている。オフが明けてトレーニングキャンプが始まる際、選手はコンディショニングのテストに合格しないと練習に参加させてもらえない。ジェームズ・ジョンソンやディオン・ウェイターズなど、才能はありながらも燻っていた選手が肉体を絞ることで輝きだす。そんなストイックさがヒートのカルチャーだ。このカルチャーが、自分も追い込むが他人にも同じレベルを求めるバトラーにピタリとハマった。長年彼が求めていた自分を受け入れてくれる環境、そして一緒に死ぬ気で頑張れる仲間をようやく見つけたのだ。 また、ヒート側にとってみてもバトラーは理想的な選手だった。バトラーがリーグで存在感を示しているのは、何も奇怪な言動のおかげだけではない。ここ数年、バトラーはクラッチタイムに強いことを証明し続けてきたのだ。レブロン・ジェームズが去って以降、ヒートはスターに頼らないチーム・バスケットボールを構築してきた。しかし、4戦先取りのプレイオフをチーム・バスケットボールだけで勝つことは難しい。いかにチーム力に優れていても、同じチームと連戦すれば動きは読まれてしまう。独力で局面を打開できるスター選手の獲得が、ここ数年にわたってヒートの最重要課題だったのだ。 優勝候補だったバックスに4勝1敗で圧勝したカンファレンス準決勝は、バトラー、そしてヒートの良さが存分に表れていたと思う。バトラーはこのシリーズの第4クォーターに合計45得点を挙げた。特に王手をかけた第3戦が圧巻で、第4クォーターだけで17点を叩き出し、一人でバックス全体の13点を上回った。唯一クロージングでバトラーが低調だった第4戦は、ヒートのチームとしての良さが見てとれた。この日クラッチタイムに活躍したのはルーキーのタイラー・ヒーロー。シュートを決めたヒーローも偉いが、バトラーだけに頼らず終盤でシューターに打たせることができたのは、これまでエリック・スポールストラHCが培ってきたチーム・バスケットボールの賜物だろう。

自身初のカンファレンス決勝進出にも決して満足していない。「大事なのはチャンピオンになること」と頂点だけを見据えている

冒頭で私は、バトラーはリーグで最も巧い選手でも最も支配的な選手でもないと書いた。当のバトラーは自身についてこう考えているそうだ。 「俺は自分のことを勝者だと思いたい。まだ本当に欲しいものを手に入れたわけではないけれど、それでも俺は敗者じゃない」 本当に欲しいもの、つまり優勝が手の届くところまで来た。ついに居場所を見つけた異端のスターは、自分が勝者であることを証明できるのだろうか。まずはその通過点、キャリア初となるカンファレンス決勝の舞台に挑む。

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大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。

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