NBAは新型コロナウイルスの影響により、シーズンが無期限で中断している。選手たちは自宅での調整を余儀なくされるなか、ポートランド・トレイルブレイザーズのカーメロ・アンソニーが、盟友の一人であるドゥエイン・ウェイドとのインスタライブで様々なテーマのトークを展開。キャリア初期のことを振り返っている。 2003年のドラフト1巡目3位でデンバー・ナゲッツに入団したカーメロ。2位指名権を持っていたデトロイト・ピストンズは当初、カーメロを指名する予定だと言われていた。しかし、クリーブランド・キャバリアーズがレブロン・ジェームズ(現ロサンゼルス・レイカーズ)を全体1位指名したのに続き、ピストンズが実際に獲得したのは大型センターのダーコ・ミリチッチだった。 カーメロがルーキーイヤーの2003-04シーズン、ピストンズはシーズン54勝を挙げ、第3シードから14年ぶりのファイナルへ進出。チャンシー・ビラップス、リチャード・ハミルトン、テイショーン・プリンス、ベン&ラシードの“ダブル・ウォーレス”ら職人肌の選手たちを中心に、コービー・ブライアントとシャキール・オニールを擁するレイカーズを撃破して頂点に輝いた。2連覇こそ逃したが、翌2004-05シーズンにもファイナル進出を果たし、リーグ屈指の強豪の地位を確立した。 カーメロはウェイドとのインスタライブでキャリア初期を回想。「ピストンズに行っていたら、どうなっていたかは分からない。おそらく2つか3つ、リングを手にしていただろう」と語り、ウェイドも「間違いなく2つは獲得していただろうね」と続けていた。 一方、2004年のファイナルMVPを獲得するなど、当時ピストンズのリーダーとして君臨していたビラップスは、3月31日(日本時間4月1日)に『ESPN』の『Bart & Hahn』に出演。カーメロの発言を受け、「もしピストンズがメロを獲得していれば、我々は3度のチャンピオンシップを獲得していただろうね」と同調している。 もしカーメロが加入していたら、ピストンズは黄金期を築いていたかもしれない――。そんな議論は、彼が現役を退いた後も繰り広げられそうだ。