再び注目を集めるNBAスターの着こなし。関連アパレルは、ライフスタイルに溶け込む洗練されたデザインも登場。
前回のコラムで書いたように、1990年代のNBAはスポーツミックスファッションをリードする存在となり、NBA選手の着こなしは、バスケットボールファンのみならず、世界中のストリートシーンでポピュラーな存在となっていった。1994年にアメリカで創刊された雑誌『SLAM』は、バスケットボールとヒップホップカルチャーの融合をコンセプトに成功を収めた。
2000年代に入ると、彼らの提唱するファッションスタイルは、バスケットボールファンのみならずストリートシーンにおけるメインストリームのひとつとなった。のちに彼らが発行した兄弟誌の『KICKS』は、スニーカーをフィーチャーすることで、アメリカにおけるスニーカーカルチャーを盛り上げ、成熟させることに大きく貢献したのである。 スポーツブランド以外にヒップホップファッションブランドであるKarl Kani, FUBU, Rocawear, DADAなどのブランドが頭角を現すことで、このムーブメントはさらに盛り上がり、Barberすなわち理髪店がファッション談義や情報交換のための社交場となったのもこの頃の大きな特徴だ。2018年に『HBO(アメリカのケーブルテレビ放送局Home Box Officeの略)』で“The Shop: Uninterrupted”というBarberを舞台にしたトークショー番組がレブロン・ジェームズとスポーツ&エンターテイメントビジネスにおいて多方面で活躍するマーベリック・カーターをホストに放映されたりもした。BarberはNBA選手にも愛されたが、彼らに憧れを抱く人々にとっても重要な場所である。
Barberでは「クイーンズの〇〇〇にはジョーダン17のサイズ12.5があったよ!」「ポールが買ったKD5のオールスター、サイズが少し小さかったらしいけど、お前ピッタシなんじゃない!?」といった会話が飛び交い、インターネットが普及した後も、ここでの会話は重要な情報源となった。そんなアメリカンスタイルのBarberは最近では東京を始めとして日本各地に上陸。カルチャーの発信源として注目される存在となった。
一方でNBA選手のオフシーンにおける着こなしやアイテム選びは、日を追うごとにエスカレートし、アレン・アイバーソンを始めとした一部プレイヤーのヒップホップファッションは、とてつもなく大きめのサイジング、腰履きにド派手なネックレスやチェーンを組み合わせるなど、ストリートギャングと見間違えるほどであった。
当時の彼らの着こなしに眉を顰める識者は少なくなかった。子供たちの憧れであるNBA選手の行き過ぎたヒップホップファッションは、教育上良くないという意見もあり、チームのヘッドコーチを含む各所からも「規制すべき!」の声が上がった。これに応えるかたちで当時のNBAコミッショナーのデイビッド・スターンは2005年、ドレスコードを定めた。その内容は、公の場所でのスリーブレスシャツ、ショーツ、Tシャツ、ジャージ、スポーツアパレルキャップ、ビーニー、ヘッドバンド、ドゥーラグなど、衣類の上からのチェーン、ペンダント、メダリオンの着用を禁止するなどで、彼らの行き過ぎたヒップホップファッションに歯止めをかけることに成功したのだ。 一部選手からの強い反発はあったものの、施行後は極端なオーバーサイズの着こなしやチェーンを身に着けるといったことは無くなっていき、スーツやジャケット&パンツスタイルを始めとしたクリーンな着こなしがNBA選手の間で一般的になった。日本語に訳すと「紳士の四季」を意味するGentlemen’s Quarterlyの略から命名された男性ファッション雑誌「GQ」のファッション特集に、ドウェイン・ウェイドは度々起用された。2010年3月号のGQの表紙には、コービー・ブライアントがスーツにタイドアップで登場。同じくGQの2012年5月号の表紙では、デリック・ローズがスタイリッシュなスーツにTシャツをコーディネートするなど、NBA選手のオフコートスタイルは、ヒップホップファッション全盛期からすると大きく様変わりした。
仕立てのよいスーツをノータイで着こなすような、クリーンかつスタイリッシュな装いは、フィジカルエリートとして成功した者たちに相応しいスタイルだと思う。個人的には過度にラフになる以前のヒップホップファッションを、NBA選手が着こなす姿も好きだったのだが…。また、ヒューストン・ロケッツのラッセル・ウエストブルックは2017年、自らのファッションブランド、Honor the Giftをスタート。レトロなテイストと現代のトレンドを巧みにミックスしたコレクションは、買いやすいプライス設定だということもあり、彼のファン以外からも人気となっている。
そして、オフィシャルのチームアパレルは、90年代と比較するとライフスタイルに溶け込む洗練されたデザインも数多く登場した。2019年5月3日出張でカリフォルニア州サクラメントを訪れたのだが、滞在していたホテルが、たまたまサクラメント・キングスの本拠地ゴールデン1センターの向いのキンプトン ソーヤーホテル。窓からは長蛇の列が見えた。「キングスの試合なら見てみたい。ダメならチームグッズでも買おう!」と向かうと、「今日はキングスの試合じゃなくてアリアナ・グランデのコンサートよ!キングスのグッズならあそこのメイシーズでたくさん売ってる!」と並んでいた少女に教えられ、早速向かった。そこにはNFLの49ers、MLBのジャイアンツ、アスレチックスグッズとともにキングスのグッズコーナーが。中でも注目したのは、90年代を継承するいかにもチームアパレルといったテイストのアイテムでなく、洗練されたカラー&マテリアルのアパレル群だ。その多くがNIKE製で、カッティングやシルエットに配慮した女性専用アパレルが数多くラインアップされていることも90年代との大きな違いだ。 メイシーズの女性店員によると、NBA選手とヒップホップファッションの蜜月時代にチームアパレルを買わなくなった人々も、確実に戻ってきているという。ホテルに戻り、ウェブサイトで他チームのグッズもチェックした。確かにブルックリン・ネッツのBED STUYのロゴが入ったシティ・エディション・ユニフォームを筆頭にスタイリッシュなアイテムがラインアップされており、その多くが幅広い世代や、様々なファッションスタイルに対応すると思われた。現在のNBA関連アパレルは、あらゆるタイプの人々にマッチするアイテムを揃えており、着用する人を選ぶことなく、90年代よりずっと汎用性が高くなっているのだ。
そういわれてみれば、2019年4月に訪れたニューヨーク、ボストンでもニックス、ネッツ、セルティックスのアパレルを着用している人々を一昔前よりも多く見るようになった気がする。そして限定モデルを含むスニーカーフリーク垂涎のラインナップ、ナイキやアディダスetc.とのコラボレーションモデルを頻繁にリリースすることで、日本のみならず海外でも著名となったスニーカーショップatmosのKOJI氏は年に数回ニューヨークに出張で訪れているが、「最近、日本でもNBAは盛り上がっていますが、アメリカにおけるNBAは、ローカルの人々にとって単なる観戦スポーツではなく、ライフスタイルの一部。日々の生活にしっかりと根差しているから、日本のプロスポーツとファンの結びつき以上のものがあると思います。ローカルのチームを心から愛していて、チームアパレルを老若男女カッコよく着こなしているし、その姿が自然ですよね。子供たちも将来NBAでの成功を目指してプレイしているという環境も影響していると思います。それもあって、レブロン・ジェームズやケビン・デュラントのシグネチャーモデルなど、ハイパフォーマンスのバスケットボールシューズもアメリカでは、日本よりもずっとポピュラーです」とコメント。
またKOJI氏は、日本ではまだバスケットボールアパレルがストリートシーンでトレンドになっていないことを指摘しつつ、直近のバスケットボールシューズの好調ぶりには注目している。「最近、日本でもバスケットボールシューズは人気上昇中で、ここ最近のスニーカー市場はランニングカテゴリーが市場をリードしていましたが、直近ではエアフォース1、エアジョーダンシリーズ、ダンクといったナイキのプロダクトが売り上げの上位にランクインするなどバスケットボールカテゴリーが一番勢いを感じられます。エアジョーダン1でいうと、以前はオリジナルを忠実に復刻したOGしか売れなかったのが、最近はミッドやローといったデザインバリエーションも売れるようになりました。あとエア モア アップテンポあたりもリリースされると即完売しています」と語る。日本のみならず世界各地で店舗展開するatmosのディレクターだけに、そのコメントには説得力がある。
一方で、ファッション業界に長く身を置き、現在はアメリカ、日本、香港、中国に計30店舗を構えるスニーカーショップUNDEFEATEDの沖縄店を始めとして沖縄県内で6店のファッション関連店舗を代行営業する照屋氏は、バスケットボールファッションを少年の頃から現在まで愛してきた。「中学からバスケットボール部で、それ以来ずっとバスケットボールが大好きで、いつもそのテイストを日々のファッションに取り入れたいと思っていました。自分の場合、『どのチームが好きか?』ということよりも、カラーコーディネートを優先して、その日のウェアを決めます」と言う。そのためにフランチャイズではない都市のイベントのセキュリティには『そのウェアを着ていたら入れないよ!』と冗談で止められることもあったという。 そして「ChampionやNIKEといったブランドのアイテムも着ますが、最近最も気に入っているブランドがMitchell&Ness。NBAの過去のユニフォームを現代に復刻したコレクションが有名です。デザインの再限度が高い点、品質の良さに魅せられてプライベートで長年愛用していたところ、Mitchell&Nessのアンバサダーに就任しました。元々このブランドを知ったきっかけは、原宿で以前展開していたX-Closetのバイヤー時代に、アメリカで買い付けてお店で販売したことです。『他ブランドの追随を許さないクオリティが高いバスケットボールウェアがあるなぁ…』と、前情報もなく偶然見つけたのがMitchell&Nessでした。バスケットボールテイストのファッションは確実に日本でも盛り上がりつつありますね」とコメント。現在ではMitchell&Nessのバスケットボールユニフォームは、照屋氏のファッションスタイルを象徴するアイテムとなっており、「これからも自分のコーディネートのキーアイテムに君臨し続けると思います」という。 2020年の現在、日本のファッションシーンにおいてNBA関連のアパレルが存在感を見せるまでには至っていないが、八村塁がワシントン・ウィザーズに入団するなど、NBAは日本でも注目度が徐々に増している。日本のNBA公式オンラインストアでは八村のジャージが、レブロン・ジェームズやステフィン・カリーを押さえて売り上げトップを記録した(2019-20シーズンの開幕から2020年1月までのオンライン販売実績に基づく)。それに伴い、一部のマニアだけでなく、幅広い層の人々がNBAの影響を受けたアパレルやシューズを身に纏う時代が再びやってくるかもしれない。日本でもお気に入りのNBA選手のユニフォームをファッションとして着こなす若者たちを数多く見られることを願いたい。
ライター 南井 正弘 / MASAHIRO MINAI 1966年愛知県西尾市生まれ。スポーツブランドのプロダクト担当として10年勤務後ライターに転身。「フイナム」「SHOES MASTER」「デジモノステーション」「価格.comマガジン」を始めとした雑誌やウェブ媒体においてスポーツシューズ、スポーツアパレルに関する記事を中心に執筆。ランニングポータルサイト&ギアマガジンの「Runners Pulse」の編集長も務める。主な著書に「スニーカースタイル」「NIKE AIR BOOK」などがある。
インタビュイー KOJI/Atmos director 北は北海道から南は沖縄まで、日本全国での展開のみならず、ニューヨーク、ジャカルタ、バンコク、ソウルにも店舗を構えるスニーカー業界において確固たるポジションを築くことに成功した atmos のdirector。自他共に認める生粋のスニーカーフリークで、3度の飯よりスニーカー好き。ナイキ、アディダスetc.とのコラボレーションにも参画するなど、スニーカーシーンをリードする。
インタビュイー 照屋健太郎/KENTARO TERUYA 1979年 沖縄県生まれ。中学、高校とバスケットボール部に所属。大学進学で上京し、卒業後はストリートブランドXLARGEやX-girlを取り扱うビーズインターナショナルに入社。同社の全ブランドのコラボ企画の立案・PR担当として活躍。現在は、地元沖縄にてXLARGE/X-girl沖縄店やUNDEFEATED沖縄店など県内6店舗の販売代行業に加え、ミッチェル&ネスや琉球泡盛 残波のアンバサダーとして活動。