【WINDY CITY BLUES】装いだけでもNBA選手のようになりたかった! - 90年代

NBA選手の一挙手一投足に注目し、オンコート、オフコートを問わず、彼らが身に着けるモノはすべて欲しかった。


2018年9月16日、第45回ベルリンマラソンのスタート地点にいた。ニューヨークや東京といった大規模マラソンはスタート位置に整列してからが長く、暇を持て余すのが常だったが、この大会は違った。同じ年にロシアで行われたサッカーW杯において、アイスランド代表サポーターにより、その存在が世界中に広められたバイキングクラップをノリのいいMCのリードで行ったり、数々の名曲が大音量で流されることで、スタートするまでの時間を有意義に過ごすことができた。 そしてある曲が流れたときに、日本人である自分と、そのランニングウェアの着こなしからしてアメリカ人であろう4人ほどがニヤリと笑った。その曲とはアラン・パーソンズ・プロジェクトのシリウス。シカゴ・ブルズの黄金時代であった90年代、選手が本拠地で入場する際にプレーされていた、当時からのNBAファンには忘れられない曲だ。

あの頃の若者はNBAに魅了されていた

そのなかの一人が自分の近くまで来て「NBA好きなのかい?自分はクリーブランドから来たんだ。もちろんキャブスのファンだけどマイケル・ジョーダンだけは好きでね。この曲に思わず反応しちゃったよ。あの頃のシカゴ・ブルズは強かった。キックスも好きだったから、エアジョーダン6,7,8と買ったよ。5の頃はまだ小学生だったから買えなかったけど、6からは友達と学校をサボってモールのフットロッカーに並んだものさ。あとはナツメグ社のチームTシャツやプレーヤーTシャツ、スターターのジャケット。NBAに関するものは何でも欲しかった。そういえばデビッド・ロビンソンのソックスの履き方とかも真似したなぁ。ハイソックスを足首部分まで下げてロールするんだ。日本でも流行った?」と、早口で捲し立ててきた。 不思議なもので、アメリカ英語なのと、自分が好きな分野だったからか、ほとんど理解することができた。これがお堅いビジネスの内容だったり、イギリスやオーストラリアの発音だと、全く頭に入ってこないのだが(笑)。

エアジョーダンⅥのなかでも、特にカーマインはスニーカーヘッズから絶大な人気を誇る

自分も「ドリームチームのチャンピオン製ジャージを買ったよ。当時リーボックに勤務していたけど、リーボックの契約選手は選出されなかったので、マジック・ジョンソンの15番のレプリカにしたんだ。ボストン郊外にあった本社出張のタイミングだったから、全米シェアで1位争いをしていた直接のライバル、ナイキの契約選手のジャージは買いにくかったからね。あとはNBA選手がオフシーンでよく着てたABOVE THE RIMというブランドをリーボックが買収したから、Tシャツやジャムショーツはたくさん持ってたよ」というようなことを話していると、そばにいたシアトル郊外から来たというランナーも仲間に入り、ソニックスのポイントガードだったゲイリー・ペイトンの話をしばらくしたところで、MCが間もなくスタートする旨をアナウンスしたので、暫しの90年代NBAファッショントークは終了。 短い時間ながら、本当に盛り上がったが、あの頃は若い世代のかなりの部分がNBAに魅了されていたことが鮮明に思い出された。そして日本でも90年代にNBAを熱狂的に愛した人々は、これに似通った体験をしている。

お金があればいつもNBA関連グッズを買いたい

バスケットボールシューズの知識は芸能界屈指で、ブレイクダンスの修行のためブロンクスに住んでいたというお笑いコンビのデルピエロ、石田創氏は「自分が中3のときにバルセロナ五輪のドリームチームだったんですが、あの頃は生活のかなりの部分をNBAが占めていました。お金があればいつもNBA関連グッズを買いたいと思っていましたが、特に印象深いのは1994年に買ったセーラムスクリーン社のNBAオールスター参加全選手のカリカチュア(似顔絵)Tシャツですね。この似顔絵Tシャツは、大人になってからも集めているくらいに大好きで、セーラムスクリーンの後はプロプレーヤー社やナイキからもリリースされていました。あとスターター社のナイロンジャケットは、バスケをするときも着ていました。同じスターターでもサテンのタイプは街着にしかできないんですが。一番通ったのはワールドスポーツプラザの2号店。アメ横の二木の菓子の地下にNBAグッズを売っているコーナーがあって、そこでもよく買いました。雑誌Boonとかをチェックして、初めてNBA選手を意識して買ったバッシュは、パトリック・ユーイングのドリームチームモデル、ネクストスポーツのエクリプス。重すぎてプレーのときには履けなかったですけど、バスケットボール型のキーチェーンを付けたまま履いたのは懐かしい思い出です。中学の部活動ではポイントガードだったこともあり、同じポジションのケビン・ジョンソンに憧れて、コンバースのランスラムを体育館でプレーするときのために購入しました。初めて買ったエアジョーダンは9で、専らストリートバスケのときに履いていました」と、話す表情は少年のよう。

NBAオールスター参加全選手のカリカチュアTシャツ

90年代のスニーカーブームで生まれたトレンドが世界へと発信

この当時のスニーカー市場をリードしていたのは、なんといってもバスケットボールシューであり、スニーカーブームは、90年代半ばになると、クロストレーニングシューズやランニングシューズもポピュラーに。1995年の中頃以降、空前のハイテクスニーカーブームとなり、ナイキのエアマックス‘95やリーボックのインスタポンプフューリーに数十万円の値段が付くなどブームは過熱し、エアマックス狩りのような社会問題も起こった。現在、年に10足以上スニーカーを買う者は決して珍しくないが、そんな中高生や大学生が普通の存在となったのは90年代半ば以降。 前述の大ブレーク2モデル以外に、ナイキでいえばシューレースがアッパー外側にオフセット配置された独自デザインが話題となったエアフットスケープ、星条旗カラーのアトランタ五輪モデルも発表されたエアマックス トライアックス、パテントレザー(エナメル)使いがスタイリッシュだったエアジョーダン11、F1ドライバーのミハエル・シューマッハの名がストラップ部分に配されたエアズームターフetc.リーボックならシャキール・オニールのシグネチャーモデルであるシャック ノーシスetc. プーマはスニーカーショップ、テクテックの関村求道氏がカラー&マテリアルディレクションを手掛けたディスクブレイズ等々、いくつものヒットモデルが登場。激しい争奪戦が繰り広げられた。そして、このときのスニーカーブームが日本発信であった点は特筆すべきところで、インターネットが一般的でなかったこの頃、アメリカの流行が数か月遅れで日本に伝達されるのが常だったが、90年代中期のハイテクスニーカーブームは、日本で生まれたトレンドが世界へと発信された。これ以降日本のスニーカー市場の重要性が各ブランドに認識され、日本限定モデルや日本のショップ&ブランドとのコラボレーションがスタートする大きなきっかけとなったのである。

歴代AJシリーズでも随一と評されるエアジョーダンⅪは、オールスター期間中現地のイベントでも展示されていた

マイケル・ジョーダンという凄い選手がいるから覚えておくように!

雑誌HOOPの元編集長で、現在は日本文化出版のIT戦略部副部長である広瀬俊夫氏は「中学時代はバスケットボール部で、もちろんNBAに憧れはありましたが、インターネットとかも無いので、今のように情報があまり伝えられていない時代でしたね。部活の監督に『マイケル・ジョーダンという凄い選手がいるから覚えておくように!』と言われ、ジョーダンの存在を初めて知りました。そのような状況だったから、エアジョーダンも第4弾までは日本では完売するには程遠かった。自分が最初に買ったエアジョーダンは、アメ横のスポーツ店でワゴンセールになっていたファーストのホワイト/メタリックブルー。あまり人気がなかったから、5000円くらいで買えました。その後、友人や漫画のスラムダンクに影響されて、NBA関連グッズを買い始めましたが、自分は基本的にマイケル・ジョーダンが好きで、他のプレーヤーはあまり買ってないです。ペニーのTシャツは買った記憶はありますが、ほとんど着た記憶がない(笑)。大人になってから、ゲームジャージにも興味を持ち始めましたが、以前のサプライヤーの時代はオーセンティックとレプリカの質が違いすぎたので、実際に買うようになったのは、ナイキのスイングマンジャージが登場してからですね」と当時のことを語ってくれた。

90年代のスポーツテイストファッションをリードしたのはNBA

広瀬氏もコメントしているが、1990年に週刊少年ジャンプで連載がスタートした漫画スラムダンクは、NBAとともにバスケットボールカルチャーを日本に根付かせた功労者。「桜木花道と同じエアジョーダン6が欲しい!」「流川楓はエアジョーダン5を履いていた!」というような会話は当時の中高生の間では当たり前だった。 このようにリアルタイムでNBAに夢中になった世代は、あの頃のことを今でもスラスラ話せるほどにしっかりと記憶している。今となっては信じられないかもしれないが、日本でも90年代初期から中期、コアなNBAファンでなくてもシカゴ・ブルズのスターティングラインアップを答えられる若者は決して少なくなかったし、エアジョーダンは第7弾がリリースされた1992年頃には、スポーツシューズ業界で最も知名度の高いコレクションとなった。この当時のNBAは、日本において若年層に最も人気のあった海外スポーツであったことは間違いないし、アパレルとフットウェアの両面で90年代のスポーツテイストファッションに最も大きな影響を与えていたのは、NBAだったことに異論を挟む人は少ないだろう。 90年代においてMLBは、チームキャップこそ日本の市場でもポピュラーとなったが、アパレルがファッションシーンで注目されることはほとんどなく(瞬間的に野茂英雄Tシャツは売れたが…)、ヨーロッパのサッカーチームユニフォームが日本のストリートシーンで人気となるのは2000年代を待たねばならなかった。また、サッカーのユニフォームはファッションというよりもコレクターズアイテムとしての意味合いが強く、NBAのユニフォームのようにカッコよく着こなすというより、自宅で丁寧に保管されていることのほうが多かった。 そしてNBAがリードしたスポーツミックスファッションは、ファッションの世界にも大きな影響を与える。90年代末期からファッションとスポーツの融合が加速したのだ。1998年にはプラダがスポーツラインであるプラダスポーツを発表し、プーマはジルサンダーとのコラボレーションによりシューズをリリース。そして2003年にはヨウジヤマモトとアディダスのコラボレーションによりY3がスタートした。このようなスポーツとファッションの融合のキッカケはNBAを始めとしたバスケットボールカテゴリーが出発点だったといっても過言ではない。2020年の現在、バレンシアガ、ディオール、ヴァレンチノetc.メゾンブランドでさえ、スポーツテイストのアイテムをラインアップすることが当たり前となった。

ライター 南井 正弘 / MASAHIRO MINAI 1966年愛知県西尾市生まれ。スポーツブランドのプロダクト担当として10年勤務後ライターに転身。「フイナム」「SHOES MASTER」「デジモノステーション」「価格.comマガジン」を始めとした雑誌やウェブ媒体においてスポーツシューズ、スポーツアパレルに関する記事を中心に執筆。ランニングポータルサイト&ギアマガジンの「Runners Pulse」の編集長も務める。主な著書に「スニーカースタイル」「NIKE AIR BOOK」などがある。

インタビュイー 石田創 / SOH ISHIDA 1978年東京都生まれ。ワタナベエンターテインメントに所属するお笑いコンビ デルピエロのメンバーで、芸能界屈指のスニーカーマニアとして知られ、特にバスケットボールシューズに造詣が深い。趣味はNBA観戦、フィギュア収集。NBA Rakutenオリジナル番組「俺達のNBA!!」にも出演。特技はブレイクダンスで、日本代表として大会出場もある本格レベル。

石田さん出演の俺達のNBA‼「バッシュ特集」はこちら

インタビュイー 広瀬俊夫 / TOSHIO HIROSE 1974年東京都生まれ。NBAとの出会いはバスケ部に所属していた1987年、「迫力に圧倒されました」。2001年日本文化出版に入社し、『HOOP』編集部に配属。2007年より編集長となり、2010年までNBAシーンを報道する。一番の思い出は、入社前の2000年、来日中だったアメリカ代表のオンコート取材中に、1on1で遊んでいたT.ハーダウェイに背後から体当たりされて吹っ飛び、K.ガーネットに受け止められたこと。今思えば、向こうにケガがなくて良かった…。

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