ヒートの快進撃を演出。理想郷を見つけたジミー・バトラー【杉浦大介コラム vol.9】

チーム待望の頼れるクローザー

NBAの魅力のひとつが、毎年出てくるサプライズチームだ。今季序盤戦で最大級の“サプライズ”は、マイアミ・ヒートの健闘だった。 昨季は39勝43敗でプレイオフ進出を逃したチームが、今季最初の14戦で11勝という好スタート。12月28日時点でも、24勝8敗でイースタン・カンファレンス2位という好位置をキープしている。この快進撃の最大の要因となっているのが、オフに4年1億4200万ドルの大型契約でヒートに移籍したジミー・バトラーの活躍であることは間違いない。 今季のバトラーはチームトップの平均20.4得点を叩き出し、平均スティール2.12はリーグ2位。このように攻守両面でチームの要となるだけでなく、終盤の時間帯に頼りにできる“切り札”になっていることが何よりも大きい。 ゲーム終盤に10-0のランで逆転勝利を挙げた12月1日のブルックリン・ネッツ戦では、バトラーはその10点のうち5得点をマーク。オーバータイム(OT)にもつれ込んだ2日後のトロント・ラプターズ戦でも、30歳のエースはOT最初の8点を1人であげてチームを押し上げた。10日のアトランタ・ホークス戦でもバトラーは20得点、18リバウンド、10アシストのトリプルダブルを達成し、またもOTを制する立役者となっている。 これらの働きを振り返れば、バトラーを“リーグ屈指のクラッチプレイヤー”と呼んでも異論はないはずだ。今季のヒートはOTにもつれ込んだゲームでは5戦全勝。時を同じくして、バトラーが去ったフィラデルフィア・76ersが“ゴー・トゥ・ガイ”の不在に苦しんでいるのは偶然ではあるまい。 「重圧や試練の中でも、落ち着いていて、その状況を楽しめる選手にボールを託すことができている。(バトラーは)ファウルが稼げるし、ドリブルからリムに飛び込むか、あるいはプルアップで得点してくれる。誰とマッチアップしても、クロック内で自分のショットを見つけ出せるし、他の選手にパスを出すこともできる」 ネッツ戦後のエリック・スポールストラHCの言葉からは、終盤のクローザーを手に入れた喜びが伝わってきた。

自分に厳しく、周囲にも厳しく

バトラーはこのように誰もが認める実力者であるが、一方で様々な形で物議を醸してきた選手でもある。2016年まで所属したシカゴ・ブルズではデリック・ローズの後を継いで大黒柱となるはずが、フレッド・ホイバーグHCと折り合いが悪かったと報道された。2017年にミネソタ・ティンバーウルブズに移籍するも、カール・アンソニー・タウンズ、アンドリュー・ウィギンスといった若手スター選手と衝突。昨季は76ersのカンファレンス・セミファイナル進出に大きく貢献したが、移籍後に「チームメイトたちが僕と同じくらいハードに動いてくれなかった」といったコメントが伝えられた。 自分に厳しく、頼りになる存在ではある一方、周囲にも厳しい。献身的になれない選手には容赦しないだけに、まだ実績のないコーチ、若くしてスター扱いされた一部の選手と相容れなかったのは仕方のないことだったのかもしれない。 しかし、少なくともこれまでのところ、“現代の勝負師”はヒートに最高のハマり具合をみせている。今のヒートはゴラン・ドラギッチ、ウィンズロー、ケリー・オリニクといったベテランたちがリードし、バム・アデバヨという成長株もいる。ケンドリック・ナン、タイラー・ヒーローというルーキーも即戦力となり、層の厚い“仕事人集団”といった趣を醸し出している。 目立ったスーパースターは不在でも、姿勢の良さには定評があるメンバーばかり。バトラーも「このチームでは皆が勝利のためにハードワークを続けているから、僕が多くを言う必要がない」と満足そうに述べていた。また、アデバヨのこんな言葉を聞いても、バトラーが快適に日々を過ごせているのが理解出来る。 「(バトラーの)偉大な部分は勤勉なメンタリティだ。何事からも決して逃げないし、オープンで正直なところが好きなんだ。一番尊敬できるのは、何事に対しても素直なこと。彼は集中している時、表情にそのメンタリティが表れる。僕は頻繁にその表情を見ているし、それをチームも求めているんだ」

バトラーを魅了したハードワークのカルチャー

バトラーは安住の地を見つけたのだろうか――。ヒートといえばやはりパット・ライリー球団社長、エリック・スポールストラHCが作り上げたハードワークの“カルチャー”が有名で、バトラーは以前からそのチームカラーに惹かれていたという。だとすれば、このまま良い雰囲気が長続きする可能性は小さくないのかもしれない。 もちろん長いシーズンの中で、今後にアップ&ダウンも経験するのだろう。バトラー自身もずっとうまくいくわけではないと理解しており、「2連敗、3連敗した時にどうしていくかが重要になってくる」と述べている。 ただ、被3ポイント成功率はリーグ2位、平均失点は同10位と、ヒートの伝統になりつつある堅守は今季も健在。守備のいいチームは大崩れがないものだ。あとはバトラーが随所に適切なリーダーシップと勝負強さを発揮し、勝利に飢えたチームを引っ張っていければ、新たなステージが見えてくる。 「僕たちにはこれだけのことをやる力はある。集中し、自分にできることだけを考え、ハードにプレイすれば、とても良いチームになれる。コーチは僕たちに準備をさせてくれている。僕たちを倒せるのは僕たちだけなんだ」 レブロン・ジェームズ、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュという“スリーキングス”を擁し、ヒートが最後にNBAファイナルに進んだのは2014年。それから6シーズンが経過し、“フロリダの雄”は再び戦線を駆け上がってくるのだろうか。すべての鍵を握るのは、諸刃の剣になりかねない魅力を秘めた気鋭の風雲児。ようやく自身に適した仕事場を手にいれたバトラーが、後半戦、そしてプレイオフの時期に、このまま注目の存在であり続けることは間違いない。

杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。

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