1993年にNBAから電撃引退して野球のMLBに挑戦したマイケル・ジョーダンが、1995年のNBA復帰を果たす前にゴールデンステイト・ウォリアーズの選手たちと練習した当時のエピソードを、『NBC Sports Chicago』のロブ・シェーファー記者がリポートした。 当時ウォリアーズのアシスタントコーチでジョーダンとも親しかったロッド・ヒギンズは、MLBのストライキ中にウォリアーズの選手たちと練習がしたいと言っていたジョーダンの様子を振り返っている。 「ジョーダンはティム・ハーダウェイとラトレル・スプリーウェルと対戦したがっていた。特に、当時のスプリューウェルは新世代のシューティングガードを代表する選手になると見られていたからね。ウォームアップを終えたジョーダンは、すぐにスプリーとティムを呼んで、トラッシュトークを始めた。彼はスプリーの力量を測ろうとしているようだった」 1992年のバルセロナオリンピックに出場したアメリカ代表チームで、ジョーダンと一緒にプレイした元ウォリアーズのクリス・マリンは、怪我の影響でそのときの練習には参加しなかった。ただ、見ているだけでもジョーダンの闘争心の高さは感じ取ることができたと語っている。 「ジョーダンは前日に36ホールもゴルフをプレイしたにも関わらず、ウォリアーズの面々を圧倒した。彼は、自分よりも優れているかもしれない選手と対戦したがっていた。だからその場にいる中で、最も優秀かつ最も若い選手(スプリーウェル)を選んだんだ」 しかし、ジョーダンのパーソナル・トレーナーであるティム・グローバー氏によると、ジョーダンがスプリーウェルとの対戦を望んだのは、あくまでも自分の力を試すためだったようだ。 「ラトレルは爆発力があり、運動能力が高くて良い選手だった。だからマイケルは彼とマッチアップすることで『しばらくバスケットボールから離れたが、まだ彼のような選手に勝てるのか?』という自らの問いに答えを出したかった。そして自分がまだトッププレイヤーなのかどうかを見極めたかったんだ。つまり、彼はスプリーウェルの力量を測ろうとしたというよりも、自分自身の力量を測ろうとしていたのだろう」 スプリーウェルとのマッチアップで、ジョーダンが自信をつけたのかは本人にしか分からない。ただ、その後、メディアに向けて「I'm back」と書かれたファックスを送付し、ジョーダンはNBAへの復帰を果たしている。