【WINDY CITY BLUES】コービーが導いてくれた史上最高のゲーム

ファンの熱気はまるでフェス

今回のシカゴ紀行文ではメインイベントのオールスターゲームをレポートしたい。現地2月15日土曜日、この日も「神と崇めたジョーダンの聖地シカゴに降り立つ」で前述したライジングスター開催日と同様にウィントラスト・アリーナで行なわれるメディアデー(記者会見)から始まった。ただし、そこは世界最高峰のNBAが誇る最強のプレイヤーから限られたスターしか立つことが許されない場所だ。

 

神と崇めたジョーダンの聖地シカゴに降り立つ

スターターはファン、現役選手、バスケットボールメディアからの投票で、ベンチメンバーはヘッドコーチたちから推薦される。最多得票の2名がキャプテンとなりドラフトを実施しているのだが、互いにピックしていく様はまるでピップアップゲームみたいなものだ。事実上世界最強のメンバーが揃う記者会見は、ライジングスターのそれとは訳が違う。会場にあつまるメディアの数もさることながら、会場の雰囲気そのものが別物だった。オールスターのメディアデーは2018年のロサンゼルスで開催されたオールスターゲームから有料イベントとしてファンに公開されているので、メディアだけでなくファンの熱気のような空気感が存在していた。オールスターゲームはよく“夢の祭典”と形容される事があるが、オールスターはバスケットボールフリークのための、ある種のフェスのような存在なのかもしれない。

 

レブロン・ジェームズの格の違い

記者会見は、昨日とは比べ物にならない数のメディア陣がヤニス・アデトクンボ(ミルウォーキー・バックス)、カワイ・レナード(ロサンゼルス・クリッパーズ)、アンソニー・デービス(ロサンゼルス・レイカーズ)、ジェームズ・ハーデン(ヒューストン・ロケッツ)といったそうそうたる顔ぶれの選手を囲むなか、一際目立つ群衆。

 

まるでラッシュアワーの山手線内のような人混みの中心にいたのは、16度目の選出で歴代最多の記録を更新したレブロン・ジェームズ。多くのメディアに囲まれたレブロンは、選手ではただひとりだけ私服(自身が展開するデジタルメディアUNINTERRUPTEDのオフィシャルアパレル)に身を包んでいた。それだけでも特別なのに、さらにキャップを深く被っていたので表情がはっきり見えなかった。

 

キングの称号に違わないオーラをビリビリと発し、格の違いを見せつけていたのが印象的だった。彼の一挙手一投足にメディアの全視線が注がれていたといっても過言ではなかった。

 

すべてはコービーに捧げるオールスターゲーム

前述したように32年振りとなるマイケル・ジョーダンのお膝元シカゴでの開催ということで、特別な盛り上がりを見せるオールスター。やはり今回のオールスターを語る上で避けては通れない話題が、NBAのスーパースター、コービー・ブライアントと愛娘ジアナの訃報だ。彼らへの敬愛と追悼の意を表すためにNBAは変化をいとわなかった。選手会会長であるクリス・ポールの進言で実現した新しいフォーマットは、最初の3クォーターはそれぞれで勝敗を決めてチャリティーに充てる。最後の4クォーターはそれまでの合計得点が多いチームの得点にコービーの背番号である24を足した数字がファイナル・ターゲット・スコアとなり、そのスコアにどちらか先に達するまで時間無制限で戦う。チーム・レブロンがジアナの背番号2、チーム・ヤニスがコービーの背番号24のジャージーを纏い、さらには最優秀プレイヤーに贈られるMVPアワードのタイトルまでも「オールスターゲーム コービー・ブライアントMVP」に変更された。まさしくコービーに捧げるオールスターゲームとなったのだ。最初NBAがこのゲームフォーマット変更を発表した時はまだ分からなかった。この変化がこの先も語り継がれるであろうオールスター史上最高のゲームを生み出す要因になることを……。

この日のユナイテッド・センターはコービーへの思いが溢れていた。オープニングで出場選手全員を引き連れて登場したのが、ロサンゼルス・レイカーズを象徴するNBAレジェンド、マジック・ジョンソン。同じフランチャイズのスターであったコービー・ブライアントに哀悼の意を表するとともに、年初に亡くなった前コミッショナー・デイビッド・スターンにも触れて、NBAを世界的な人気へと導いた最大の功労者を偲んだ。そして、ステージ上の選手たちはお互いの手を取り合って8秒間の黙祷を捧げた。この“8秒”という数字は彼がルーキーから10シーズン愛用した背番号に由来するのは言うまでもない。マジックがコービーへの思いを語ると、会場からは自然と「コービー!コービー!」と声が上がる。「来る日も来る日も選手、父親、夫として情熱を注ぎ続けてきた」とコービーの偉業を讃え、ここにいる全てのファン・選手たちにとってコービーの存在がいかに大きかったかをマジックは教えてくれた。

シカゴのバスケットボールカルチャーに敬服

このスピーチを皮切りにセレモニーが幕を開ける。新旧問わず有名アーティストたちが続々と登場するのだが、もちろん全員がシカゴにバックグラウンドを持つ者ばかりというキャスティングにも、この街の文化的成熟度を見せつけられたような気がした。まずは、ビヨンセ・ノウルズと共演した『ドリームガールズ』ではアカデミー助演女優賞を受賞するなど演技でも高評価を受けているジェニファー・ハドソンが、スクリーンに映し出されたコービーの数々のモーメントをバックに、コービーとジアナを失った悲しみをピアノとチェロの生演奏にのせて力強く歌い上げた。 続いて90年代初期より活躍し続けるラッパーであり、俳優としても数々の作品に出演するコモンが登場。将来NBA選手を夢見る少年に語りかけるストーリーをポエトリーリーディングで熱演した。アイザイア・トーマス、ティム・ハーダウェイ、ケビン・ガーネットなどの地元出身の名選手をなぞり、会場にも駆けつけていたシカゴ出身のドウェイン・ウェイドに「お前は次の殿堂入り決定だ」とシャウト。ブルズで活躍したデリック・ローズはもちろん、6度の優勝を成し遂げたスコッティ・ピッペン、そしてマイケル・ジョーダンの偉業を語りながら、さらにはコービーと彼の代名詞である“マンバメンタリティー”にも触れ、自身のヒットソング『The Light』のインストで映像に映し出されたコービーに光が当たる。そして最後は少年にここにいるスター選手のように輝くんだと結んだ。コモンの真骨頂とも言えるまさに詩を読むようなラップスタイルは、17808人(※米ウィキペディア参照)の来場者全員の気持ちを完全に一つにした。

 

そのまま途切れることなくコモンは、レブロン・ヤニス両チームを紹介し選手入場につながる流れは圧巻だった。世界中から注目されるオールスターにミュージシャンが登場する例は多々あったが、単なるエンターテインメントにとどまらず、こんなにもバスケットボールカルチャーとブラックミュージックが融合したセレモニーは過去のオールスターを見ても指折りのステージだったのではないだろうか。ゲーム開始前から、シカゴが育んできたバスケットボールDNAとカルチャーの奥深さを思い知らされてしまった。 国歌斉唱をソウルの女王、チャカ・カーンが歌い上げたかと思えば、ハーフタイムショーではシカゴの若きグラミーアーティストであるチャンス・ザ・ラッパー。さらに客席にはリル・ウェイン、クエイヴォ、DJキャレドなどもそうそうたるメンバーが駆けつけ、まさにシカゴが一体となりこの地でのオールスターを祝福し、そして「we thank you kobe」とコービーへ感謝の意を表したのだ。

 

コービーのトリビュートとなったオールスターゲームを盛り上げる大事な演出部分において、シカゴに縁のある傑出した才能たちが余すとこなく集結し、それぞれが与えられた役割をまっとうした完璧なキャスティング。これを実現させたシカゴのバスケットボール愛には敬服するしかない。

まるでピックアップゲームのような勝負

肝心のゲームもいままでのオールスターとは一味違った。各クォーターで区切られる新しいフォーマットは分かりやすく、1勝1負1分で迎えた4クォーターは観ているものすべてが固唾を飲んで勝利の行方を見守った。ケガのリスクもあってオフェンスが主体となるのがオールスターゲームの常であったのだが、ファイナル・ターゲット・スコアを競うゲームは子供の頃から染み付いた何点先取の勝負と変わらないルール。それは筆者もストリートでやってきたピックアップゲームのシステムとまったく一緒だ。アメリカのようにストリートでプレイをするマインドがカルチャーとして根付いている奴なら絶対に負けたくないだろうし、何が何でも全力で勝ちにいくはずだ。ゲームフォーマットの変更が、1点を争うプレイオフのようなディフェンシブなゲームになった要因となったのだ。

 

勝負を決めた最後のショットがフリースローだったのも、まるでストリートの勝負のようでNBAのトップ選手のルーツが垣間見られた気がした。コービーのレガシーを受け継ぐレブロンとデイビスのホットラインで勝利を掴んだのも運命的であった。コービー・ブライアントMVPを獲得したカワイ・レナードも、コービーとワークアウトを一緒におこなう仲だったと振り返る。 「コービーの名前が入ったトロフィーを自分の部屋に置けるのは特別なこと。コービーは僕の人生に大きな影響を与えてくれた存在だった」

かつてコービーが毎試合見せてくれた、いつどんな時でも勝利に向かって激しくプレイすることの大切さ。シカゴでのオールスターをエナジー溢れる史上最高のゲームに導いてくれたのは、彼が遺してくれた“マンバメンタリティー”に他ならないだろう。


ライター 秋元凜太郎 / RINTARO AKIMOTO 1976年、埼玉県出身。バスケットボールカルチャーマガジン「FLY」編集長。小学校でバスケットボールに出会い、高校時代にはストリートボールの虜になる。大学卒業後、外資系スポーツメーカーを経て、2014年に「ABOVE」を発刊。バスケットボールとそれに纏わるカルチャーを多角的にフィーチャーした日本で唯一の雑誌として注目を浴びる。2017年3月、「ABOVE」と同一スタッフで「FLY」をスタート。

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