優勝候補も油断大敵、「どんなことも起こりうる」プレイオフが開幕【宮地陽子コラム vol.6】

8月17日(日本時間18日)、いつもより4か月遅れでNBAプレイオフが始まった。例年ならとっくにNBAチャンピオンが決まり、ドラフトも終わり、サマーリーグも終わり、そろそろ次のシーズンのトレーニングキャンプのことを考え始める時期だ。長い中断期間を挟んで再開されたシーズンに、レブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ)は「まるで違うシーズンのように思える」と言う。 中断前に優勝候補トップ3にあげられていたレイカーズ、ロサンゼルス・クリッパーズ、ミルウォーキー・バックスは、再開後も、優勝候補の筆頭であることは変わりない。しかし、7月末から行われていたシーディングゲームを見る限り、中断前のような、頭ひとつ抜けた無敵な強さは感じない。 特に、東西カンファレンス首位のバックスとレイカーズは、それぞれシーディングゲームでは3勝5敗とさえなかった。スタッツを見比べても、中断前にディフェンシブ・レーティング(ポゼッション100回あたりの失点)がリーグ首位(101.6)だったバックスが、再開後はリーグ10位(110.2)。レイカーズも中断前はオフェンシブ・レーティング(ポゼッション100回あたりの得点)でリーグ4位(112.6)だったのが、再開後は20位(104.5)と苦戦の後が見られる。

中断前はリーグ首位を独走したバックスだったが、バブルでは3勝5敗と負け越している

もちろん、これは両チームが早々にカンファレンス首位を決めたこととも関係している。両チームには、プレイオフ進出枠を狙って最初からエンジン全開だったフェニックス・サンズや、ポートランド・トレイルブレイザーズのような必死さはなかったし、そうなる必要もなかった。主力を休ませた試合もあった。いつものシーズンならシーズン終盤にペースが落ちるのは当たり前のことだが、すべてが凝縮され、注目される“バブル”の中では目立って不調なように見えた。 改めて書くまでもないが、今季は普通のシーズンではない。長い中断期間によって、開幕から築いたチームのリズムや習慣は途切れ、短期間で再構築をしなくてはいけなくなった。3チームも、シーディングゲームの間にはプレイオフに向けて身体を休める以上に、中断前にできていた自分たちの戦い方を取り戻したかったはずだ。実際、3人のヘッドコーチたちは口々に「自分たちのリズムを取り戻すのが、プレイオフまでの一番の目的」と言っていた。その点では、プレイオフに向けて万全な準備ができたとは言い難い。

「自分たちらしいプレイ」ができなかったバックス

アデトクンボは、シーディング・ゲーム7試合目のウィザーズ戦でモリッツ・バグナーに頭突きをしてテクニカルファウル退場。試合後、自分の非を認めたアデトクンボだったが、1試合の出場停止処分でシーディングゲーム最終戦を欠場した。 数日後、いったい何に対してフラストレーションを感じているのかと聞かれたアデトクンボは、こう説明した。 「試合に負けることにフラストレーションを感じていたわけではない。負けはバスケットボールについてまわるものだ。それより、時に自分たちらしいプレイができていないことにフラストレーションを感じる。ボールもよく回っていないし、自分たちらしいプレイができていないことがある。リーグ1位だったディフェンスも、できているときもあるけれど、できていないときもある」 10月の開幕から3月の中断まで、時間をかけて築いてきたチーム力をまだ取り戻せていないのだ。 「プレイオフが始まるからといって、スイッチを入れるように簡単に切り替えられるとは思っていない。でも、みんなが一体となり、集中して作戦を理解すれば、もっとずっといいプレイができると信じている」

シーディングゲーム中、一度も全選手が揃わなかったクリッパーズ

準備が送れた理由はいくつかある。3チームとも、新型コロナウイルスの影響を少なからず受けていた。レイカーズは、スターティングガードのエイブリー・ブラッドリーが、家族を理由に再開シーズンに参加していない。代替選手として、JR・スミスと契約。中断前に契約し、加入したディオン・ウェイターズと共に、新加入の2人をチームに組み込む必要が生じた。コロナウイルスとは関係ないが、チーム練習開始初日にラジョン・ロンドが手を骨折し、今も離脱中だ。 バックスとクリッパーズは、それぞれフロリダに移動する前の検査で主力2人ずつが新型コロナウイルスに感染していることが判明。症状はなかったとはいえ、隔離期間もあり、選手合流が遅れた。 クリッパーズは、それに加えてさらに、身内の病気や死去で“バブル”を離脱しなくてはいけない選手が相次いだ。最後に戻ってきたモントレズ・ハレルは、プレイオフ初日になってようやく隔離を終えてチームに合流した。そんな状況に、ドック・リバースHCは経験豊かなコーチらしく、達観した口調で「いつでも、そこにはリアルライフ(現実の人生)がある」と言う。

プレイオフでは歴代7位の84勝を挙げるドック・リバースHC。戦い方を知る知将は、選手の合流が遅れたチームをどのようにまとめるのか

“リアルライフ”は、バブルにいようと、優勝を目指して準備している最中であろうと、お構いなしに介入してくる。それは、ふだんのシーズンでも同じなのだが、“バブル”において厄介なのは、いったん“バブル”を離れると、戻ってきた後に4~7日の隔離期間を置かなくてはいけないことだ。そのため、シーディングゲームの期間は一度も全選手が揃うことはなかった。

“敵地”というプレッシャーのないバブル

いつものシーズンと違うことがもうひとつある。試合会場に観客がいないことだ。そのため、ホームチームの後押しをするエネルギーも生まれない。上位チームにとっては、シーズンをかけて勝ち取ったホームコート・アドバンテージがないも同然になるのだ。 試合ごとにホームチームが設定され、サイドラインやエンドラインにある大型スクリーンには実際のファンが映しだされる。PAからは場内アナウンスや歓声も流され、ホームコート感を出すような様々な工夫がされている。 それでも、相手チームにとって、満席の敵地で戦うときのようなプレッシャーはない。 「バブルでは、みんなシュートをよく決めている。敵地の環境のようなプレッシャーは感じない。それは大きな違いだ」とクリッパーズのジョージは言う。 「バブルではどんなことも起こりうるんだ」

絶好調リラードと対峙するレイカーズ

バブルではどんなことでも起こりうる──。1回戦の相手がシーディングゲームとプレイイン・ゲームズで勢いに乗るポートランド・トレイルブレイザーズに決まったレイカーズは、そのことを痛感しているかもしれない。 「ブレイザーズは普通の8位シードのチームでないのは確かだ」と、レイカーズのヘッドコーチ、フランク・ボーゲルは認める。シーディングゲームMVPに選ばれたデイミアン・リラードは、シーズン再開後の9試合で平均40.3点を叩き出したオフェンス力でチームを牽引。中断前にはユスフ・ヌルキッチとザック・コリンズのビッグマン2人が故障で長期離脱していたこともあって低迷していたが、4か月半の間に回復して復帰。昨季カンファレンス決勝まで勝ち進んだ経験もある。 ふつうならありえなかった強敵相手の1回戦だ。 もっとも、レイカーズの若手、カイル・クーズマは、1回戦から相手が手ごわいのは悪いことではないと断言する。 「確かにブレイザーズは僕らにとって困難な相手だ。でも、プレイオフの早いラウンドで強敵と対戦することは、後のラウンドでプラスになる」

自身初のプレイオフに臨むカイル・クーズマだが、1回戦の相手が勢いに乗るブレイザーズであることも前向きに捉えている

選手たちの自信の根拠は、レブロン、デイビスという、MVP級の選手が2人揃っていることに加え、プレイオフ経験豊かなベテラン選手が多いこと。レブロン、ダニー・グリーン、ラジョン・ロンド、ジャベール・マギーら、優勝経験がある選手も多い。 「うちにはベテランの選手が多い。それは、バブルだろうと変わらないことだ」とグリーンは言う。 バブルという独特な世界で通じないこれまでの常識と、その中でも変わらずにチームを支える武器。その境目は、まだはっきりと見えるわけではない。その中で、どのチームが最後まで突き進むことができるのか。 リバースHCは言う。 「優勝することは簡単じゃない。優勝できるのはたった1チームだけなんだ。我々はそのチームになりたいと思っている。そうならなければ、がっかりするだろう。それは間違いない」


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宮地陽子:ロサンゼルス近郊在住のスポーツライター。『Number』、『NBA JAPAN』、『DUNK SHOOT』、『AKATSUKI FIVE plus+』など、日本の各メディアにNBAやバスケットボールの記事を寄稿している。NBAオールスターやアウォードのメディア投票に参加実績も。

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