「夢を見ていたのかと思った。現実のことだとは思えなかった。契約のあと、目を覚ました後、『本当のことなのか? 夢だったんじゃないか? 本当にネッツが連絡をくれて、契約に合意したのか?』といった感じだった。でもこれは現実だったんだ」 NBA復帰が決まった後、まるでルーキーのようなフレッシュな言葉が印象的だった。40歳になってもこんな瑞々しさを残していることこそが、ジャマール・クロフォードらしさなのだろう。 7月9日、ブルックリン・ネッツがクロフォードとの契約を発表。オーランドでの隔離期間を経て、15日に新天地の練習に初めて参加した。そこでクロフォードはズーム会見に臨み、7月30日からスタートするシーズン再開後への意気込みを述べた。 「リーダーシップ、プレイメイキング、そして得点力など、求められたものをもたらせることに興奮している。チームが勝ち進めるように、できることは何でもやるつもりだよ」 イースタン・カンファレンスで7位につけ、プレイオフ進出も有望なネッツだが、ここに来てアクシデントが続出している。故障に悩まされてきたケビン・デュラント、カイリー・アービングだけでなく、ウィルソン・チャンドラー、スペンサー・ディンウィディー、ディアンドレ・ジョーダン、トーリアン・プリンスらがすでにオーランドではプレイしないことを発表した。 1年以上も実戦から遠ざかった後でも、厳しい状況にあるチームでクロフォードは貴重な戦力となるかもしれない。ビンス・カーターが引退した今ではリーグ最年長選手となった大ベテランが、どんな形で存在感を発揮してくれるかが楽しみである。
過去にシックスマン賞を3度も獲得したクロフォードは、昨季もサンズで64試合に出場して平均7.9得点、3.6アシストを挙げた。シーズン最終戦ではベンチ登場で51得点を挙げ、オフには“チームメイト・オフ・ジ・イヤー”も受賞。このように健在ぶりをアピールしていたにもかかわらず、昨オフ、新たな契約オファーは届かなかった。 不惑を迎え、年齢的にも力を保つのは難しいとみなされたのか。昨季はFG、3ポイントの成功率も低下し、平均得点も久々に2桁を割ったことで限界と判断されたのだろうか。 「(オファーがなかったことで)当初はフラストレーションを感じたし、理解もできなかった。なぜなのかわからなかった。“チームメイト・オブ・ジ・イヤー”を受賞したばかりだから、性格面が問題になったわけじゃない。ハイレベルでプレイできることも示していたから、理解できなかった」
NBAから必要とされなかったことで、今季中には間違いなく“引退”の2文字もクロフォードの頭をよぎったはずである。ただ、そんな厳しい時期を経験しても決して変わらなかったものがある。原点というべき、バスケットボールへの想いだ。 「このゲームへの愛情さえあれば、必要なことは何でもできるし、犠牲も払えるもの。僕がプレイを続ける理由はゲームへの愛だけさ」 こんな姿勢を保っているがゆえに、クロフォードはNBAの周囲にいる多くの人々からも愛されているのだろう。2000年代中盤、ニューヨーク・ニックスでプレイしていた頃から現在まで、番記者、海外記者に分け隔てなく友好的なクロフォードはメディアに大人気だった。 今回、ついにネッツと契約を結んだ後、ケビン・デュラントがソーシャルメディア上で「God!」と反応していたのを先頭に、多くの選手たちが喜びの声を挙げていた。同じNBAの選手間でも、これほど愛され、リスペクトされているプレイヤーはほとんどいない。 明るく、誰にでも真摯に接し、コート外では節制を重ね、長いキャリアを築いてきた。コート上ではひたむきにゴールを目指してきたクロフォードは、いつしかこのリーグの清涼剤的な存在になっていたのである。 「(他の選手たちの愛情表現には)大きな意味がある。いろいろな見方をする人がいるけど、(NBAの)仲間たちからのリスペクトが得られることこそが重要だともうずいぶん前に学んだ。みんなのサポートには感謝しているし、謙虚な気持ちにさせられるよ」
そう喜びを語っていたクロフォードにとって、大切なリーグの仲間たちと一緒にプレイするのはこれが最後になるのかもしれない。今季もここまで契約オファーがなかったことを考えても、その長く生産的なキャリアが大詰めに差し掛かっているのは間違いない。鮮やかなクロスオーバーと思い切りの良いロングジャンパーも、そろそろ見納めになるのだろうか。 ただし。オーランドでの働き次第で、もちろん未来は再び変わり得る。 「彼は自分が置かれている状況を理解している。若手たちを落ち着かせてくれるし、依然としてプレイでも貢献できる。毎日、毎週、どんな役割になるかは時が示してくれるのだろう。彼は自身のショットをクリエイトできる選手だから、その能力が必要になることもあるはずだ」 ネッツのジャック・ボーン暫定HCがそう述べていた通り、クロフォードはかなり若返った現在のチーム内でリーダーとしての役割を果たしてくれるに違いない。それと同時に、依然として得点力を保っていること証明できれば、NBAの各チームに再びアピールもできるだろう。特にクロフォードはデュラント、アービングという2枚看板と仲が良いだけに、このままネッツに残留という線が出てくる可能性もある。 「ケビン(デュラント)とカイ(アービング)はこのリーグで僕が最も親しい友人たちだ。だから彼らのプレイを見て、サポートもしてきた。ネッツには若くて才能がある選手がいて、ベテランもいる。(先のことは)まだ考えていないよ。今できることをやるだけだ。何事も当たり前とは思わず、過程を楽しみたい。未来のことは未来のこと。今は現在に集中したいんだ」 そう語るクロフォードにとって、シーズン再開後のオーランドがどんなステージになるのかはまだわからない。キャリアのファイナルチャプター(最終章)か、それとも終盤の新たなハイライトなのか。1つだけ確かなのは、このリーグの多くの人々がその復帰を喜び、その成功を願っているということ。クロフォードがこれまで通りにバスケットボールを楽しめば、周囲の仲間たちも同じように微笑むはずなのである。
杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。