リーグの勢力図を変える? ヤニス・アデトクンボが迎える決断の時【杉浦大介コラム vol.27】

「王者級のチームを作り上げるまで、僕はこのチームとミルウォーキーの街から決して離れることはない(I'll never leave the team and the city of Milwaukee till we build the team to a championship level team..)」 2014年7月16日――。まだ19歳だったヤニス・アデトクンボが残したそんなツイートが、今後、改めて特筆されることになるかもしれない。時は流れ、25歳になった“グリーク・フリーク(ギリシャの怪物)”はもうすぐ決断の時を迎えるからだ。 昨季MVPを獲得したアデトクンボは、今季も平均29.6得点、13.7リバウンド、5.8アシストと好成績をマーク。所属するバックスを今季も53勝12敗というリーグ最高勝率に導き、2年連続でのMVPも有力だ。7月下旬、オーランドでのシーズン再開後も最大級の注目選手であり続けることは間違いない。 「僕はこのチームで7年間も積み上げてきた。そして、今季を通じて優勝を目指してやってきたんだ」 7月1日、ズームでの会見でそう述べたアデトクンボは、バックスを実に1971年以来の王座に導けるのだろうか。特にイースタン・カンファレンスではバックスの戦力は飛び抜けているだけに、“ファイナル進出以外はすべて失敗”という巨大なプレッシャーを背負うことにもなるだろう。 背番号34に注がれる視線は今シーズン中だけで途切れるわけではない。アデトクンボは1年後のオフにFAとなるが、その前の今季終了後、バックスとスーパーマックス契約を結ぶことが可能になる。ここで5年2億5300〜400万ドルと目される新契約を締結するかどうかに、全米中の関心が寄せられることになる。

残留が濃厚だが、“絶対”はない

一般的に、アデトクンボがバックスに残留する可能性は高いと見られている。 まだ18歳だった2013年に入団して以降、冒頭に記したツイートに象徴されるように、アデトクンボはもう何度もバックスへの愛情を語ってきた。地元のチャリティー活動に深く関わっており、ナイジェリアからの移民である家族もすでにミルウォーキーに移住。アデトクンボはもともと派手好きなタイプではないため、大都市とはいえないミルウォーキーを快適に感じているのかもしれない。 現在の所属チームに残ることによる金銭的な恩恵も大きい。前述の通り、バックスからはサラリーキャップの35%にあたる巨額契約を受け取ることが可能だが、他のチームに移籍した場合の契約は最大でも4年間で1億6100万ドル程度。この差は大きいだけに、あっさり再契約が決まっても驚くべきではないだろう。 しかし、だ。米スポーツの世界に“絶対”はない。特に今夏、バックスがプレイオフで期待を裏切った場合、アデトクンボの今後はわからなくなると見る関係者は少なくない。バックスは昨季もイースタンのNo.1シードを勝ち取りながら、カンファレンス・ファイナルではトロント・ラプターズに完敗。2年連続で同じような結果となれば、エースがチームに失望してしまうことは考えられる。

昨季はカンファレンス決勝でラプターズに敗れたものの、今季は2戦2勝。再開後に予定されている直接対決も制して、プレイオフに向けて弾みをつけたい

「僕はチームリーダーとして、準備しておかなければいけない。このチームの選手たちは優勝という僕と同じ目標を追いかけてくれている。相手が何を仕掛けてこようと、僕は準備しておかなければいけないし、仲間たちもそうであることを願っている」 アデトクンボはそう意気込んでいたが、長い中断の後で、チームメイトたちは同じように準備ができていなかったとしたらどうだろう? その場合には、バックスは再び苦杯を喫し、アデトクンボは自身の将来を真剣に考えることにもなるのかもしれない。今オフのスーパーマックス契約延長をよしとせず、その結果として、無償でのエース流失を遅れたバックスが来季中のトレードを考慮することだってあり得るはずだ。

今夏こそが運命の分かれ道

もちろん現状ではすべて推測、仮定の話。先を読むのは容易なことではない。新型コロナウイルスのせいで今季の試合数が減り、来季のサラリーキャップがどの程度になるかもわからない現状ではそれはなおさらだ。 ただ、現時点で1つだけ間違いないと思われているのは、「今季、バックスが優勝すれば、アデトクンボが移籍することはない」ということ。確かに今夏、NBAの頂点に立ったとすれば、“グリーク・フリーク”がその後に愛着のあるチームとすんなり再契約する姿を想像するのは難しくはない。 だとすれば、やはり今夏こそが運命の分かれ道――。再びリーグ最高勝率を保持して迎える再開後のシーズンは、バックスのフランチャイズにとって極めて重要な意味を持つ時間となるのだろう。 「僕は史上最高の選手の1人になりたい。ここで新たな旅を始めるにあたり、個人、チームともに最高の状態でなければならない。より勝ちたいと思ったもの、精神的によりしっかりと準備した者が、オーランドで勝ち残るんだと思う」 そう意気込みを語ったアデトクンボの“新たな旅”は、どんな経過を辿り、どのような結末を迎えるのか。いつしか一世代に1人の才能とすら目されるようになった怪物は、ターニングポイントの季節を迎えようとしている。この夏の帰趨いかんで、アデトクンボのキャリア、人生だけでなく、リーグ全体の近未来の勢力図も変わりかねないのである。


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杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。

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