新型コロナウイルスの影響でNBAのシーズンが中断され、早くも10日――。 以降、各チームから感染者の発表が続いている。その中にはケビン・デュラント(ブルックリン・ネッツ)のようなビッグネームも含まれ、おかげでアメリカが瀕している脅威を実感できたファンも多かったのではないか。ニューヨーク、ロサンゼルスといった主要都市には外出禁止令が出されるなど、今はスポーツイベントの開催が考慮されるような雰囲気ではない。他のメジャースポーツ同様、NBAの活動停止はしばらく続きそうな気配である。 そんな状況下で、今後、アダム・シルバー・コミッショナーのリーダーシップと手腕にこれまで以上の注目が集まりそうだ。3月11日(日本時間12日)にルディ・ゴベアの感染が発覚すると、即座にシーズン中断を決めたシルバーの迅速な判断は、多くの関係者から称賛された。その後、コミッショナーはTNT、ESPNの番組で経過とリーグの方向性を報告し、その情熱的かつ冷静な語り口は好評を博した。 「中断期間は少なくとも30日間とし、関わるすべての人たちの安全が確認でき次第、シーズンを再開する予定です」 「(アメリカは)素晴らしい国であり、最高のものが集まってきています。在宅勤務をしている人たちも、どうやって経済を再出発させられるか、その中でNBAがどんな役割を担えるか、考えてくれていると確信しています」 暗い闇に包まれたような現状下で、コミッショナーの言葉に小さな光を見出した選手や関係者も存在したのではないか。翌12日(同13日)には全世界のNBAファンに状況説明のレターも送った。このように可能な限り、公に状況をアップデートする姿は好感が持てる。 2014年2月のコミッショナー就任以降、シルバーはどちらかといえば目立たない存在であり続けてきたように思えた。しかしそれは、前任者のデイビッド・スターンのカリスマ性が際立っていただけで、スターンと比べたら存在感が薄く思えただけだったのだろう。この6年を改めて振り返ると、シルバーも特筆すべき実績を積み上げてきたのは明白だ。 就任直後にはクリッパーズの元オーナーの人種差別発現問題に厳しい態度で臨み、その後にはESPN/ABC、TNTとの超巨額契約も締結。判定時のリプレイ導入や、オールスターのフォーマット変更など、斬新な改革も少なくない。毀誉褒貶が激しかったスターンほど目立たないものの、極めて有能な人物であることは誰の目にも明らかである。
そんなシルバーにとっても、新型コロナウイルスへの対処は最大の難題となるに違いない。『USAトゥデイ』のベテラン記者、ジェフ・ジルギットは、57歳になったコミッショナーのここまでの方針を次のように評価していた。 「シーズン中断というシルバーの決断がきっかけになって、NCAA、NHL、MLB、(プロゴルフの)マスターズなどが延期に至った。彼は一般の人々の健康にとって、重要な決断をした。政府が指示するよりも前から、多くの人々がひとつの場所に集まることを妨ぐ助けになったんだ」 一方、ここまでのNBAの対策は「少し遅すぎた」という批判の声も出ていることは記しておきたい。同じく『USAトゥデイ』の記事によると、11日に“運命の日”を迎える前の時点で、状況を重く見たキングス、バックス、ウォリアーズなどはすでにシーズン中断を望んでいたというのだ。そうした経緯もあって、スポーツサイト『The Athletic』のイーサン・ストラウス記者は、13日付で 「パンデミックが目前に近づいているのに、NBAは利益を優先し、ゲーム開催を続けた」と痛烈に批判していた。 シーズン中断が早かったのか、遅すぎたのかは意見が分かれるところかもしれない。いずれにしても、今は悠長にそんな議論をしている時ではあるまい。はっきりしているのは、この苦境下で、NBAという巨大組織のリーダーとしてのシルバーに委ねられるものが計り知れないほど大きいということだ。 「私はもともと楽観的な人間で、少なくとも今シーズンの一部を救うことができると信じています。そのためにできることは何でもやるつもりです」 シルバーはそう語り、2019-20シーズンの再開に全力を挙げる意欲を示している。先も読めない状況下で、本当に今季が救われるとして、いつから、どんなフォーマットで行うのか。無観客試合を開催するのか、あるいはファンがアリーナに来場できるようになるまで待つのか。レギュラーシーズンの残りゲームも開催するのか、いきなりプレイオフに向かうのか。今季終了が6月中旬以降にずれるのは確実として、来季の日程はどうなるのか……。 現時点ではまったく見えないそれらの疑問の答えを、シルバーとNBAは間もなく出していかなければいけない。手順を間違えばコロナの被害を拡大しかねないだけに、その判断は極めて難しい。ただ、前に進むためにはやり遂げなければいけない。 これまで常に変化を恐れず、プログレッシブなスポーツリーグであり続けてきたNBA。私たちは今、そのリーグのリーダーの判断力、決断力、そして統率力がこれまで以上に必要とされる時を迎えているのだろう。
杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。