リスペクトとライバル心。渡邊雄太がエリック・パスカルに抱く変わらない思い【宮地陽子コラム vol.2】

渡邊が「絶対に抜いてやりたい」と思っていた相手

「こいつは、将来NBAに入る選手だ」 6年前、渡米したばかりの渡邊雄太は、エリック・パスカル(現ゴールデンステイト・ウォリアーズ)のプレイを見て、そう思ったという。18歳で渡米して最初に入ったコネチカット州のプレップスクール、セントトーマスモアのチームメイト。初めて「彼を抜きたい」と意識した相手でもあった。 自分とほぼ同じ身長で、運動能力が高く、シュートもドリブルも上手いオールラウンダー。それまで、同年代で見たことがなかったレベルの選手だった。「能力がめちゃくちゃ高いですし、シュートも上手で、ドリブルもできるオールラウンダー。今は完全に負けているなっていう感じがある」と、渡邊は当時そう語っていた。 そんな渡邊の気持ちを察したのか、セントトーマスモアのヘッドコーチ、ジェリ・クインが「エリックのことをどう思う?」と聞いてきたことがあった。渡邊が率直に「めちゃくちゃすごい選手」と答えると、「お前もそれぐらいできるよ」と、励まされた。 もっとも渡邊も、パスカルに対してただ単に「敵わない」と白旗を上げたわけではなかった。 「自分もそれなりに通用すると確信してアメリカに来ているんですけれど、エリックに1オン1で勝てるかって言われたら、今は無理なんで、そのうち絶対に抜いてやりたいなと思います」 アメリカで成長して、パスカルを抜くような選手になりたい──そう思わせてくれた相手だったのだ。 渡邊は、この頃からパスカルに対するリスペクトと、いつか抜きたいというライバル心をずっと持ち続けていた。しかし、自分の気持ちをパスカルに伝えることはなかった。遠征に行ったときのホテルでは常にルームメイトで、仲もよかった。それでも、渡邊は相手に面と向かって「いつか抜いてやる」と挑戦するようなタイプではない。 もっともパスカルは、渡邊の気持ちは知っていたという。 「そのことはコーチ・クインから聞いて知っていた」と、パスカルは当時を振り返った。 「でも僕もずっと雄太のことをリスペクトしていたんだ。日本から来たばかりで、最初はほとんど英語を話さなかったけれど、彼は楽しんでいた。僕らといっしょに楽しい時間を過ごした。ものすごく競争心が強く、すばらしい選手だった」 渡邊とパスカルは、大学で別々の道に進んだ。パスカルが入学予定だったフォーダム大は渡邊のことも勧誘しており、チームメイトになる可能性もあったのだが、最終的に渡邊はジョージワシントン大を選んだ。 「雄太もいっしょにフォーダムに来るようにと誘ったんだ。でも、雄太がどこに行ったとしても僕はハッピーだった。雄太の決断を喜んで受け入れた。雄太はジョージワシントンですばらしいキャリアを送ったし、今、こうしてNBAにいるわけだから、すべてうまくいったということだ」

今は主戦場であるメンフィス・ハッスルで研鑽を積む渡邊

再会の喜びの裏で感じた、自信と手応えともどかしさ

パスカルにこの話を聞いたのは11月上旬。ウォリアーズとグリズリーズとの対戦のときに、2ウェイ契約の渡邊もタイミングよくグリズリーズに呼ばれていれば、久しぶりに会えると楽しみにしていた。 それから約1か月後の12月9日、グリズリーズがサンフランシスコに遠征に行ったときに2人が期待していた偶然が現実となった。グリズリーズに故障者が複数出ていたこともあり、渡邊も遠征に帯同し、ユニフォームを着てベンチ入りしたのだ。 試合前の練習の時、久しぶりに顔を合わせた2人は、ハグして再会を喜んだ。試合後にはユニフォームの交換もした。 「エリックが試合前に交換しようって言ってきてくれて。嬉しかったですね」と渡邊も喜んだ。 フォーダム大からビラノバ大に転校したパスカルは、1年間のレッドシャツ期間(試合に出られない期間)を過ごしたため、渡邊より1年遅れでNBAに入ってきた。それでも、立場的にはパスカルはウォリアーズの本契約選手。しかもルーキーながらにローテーション入りし、ステフィン・カリーやクレイ・トンプソンが故障で欠場していることもあって、主力の一人としてチームに貢献していた。 一方、2ウェイ契約2年目の渡邊は、グリズリーズでの出場機会は限られており、ウォリアーズ戦でもベンチ入りはしたものの、出場機会がないままに終わった。 「エースの一角としてやっている立場と、2ウェイで試合に出れなかった立場っていう部分で、まだ差は感じた」と渡邊は、冷静に分析した。 それでも、かつては「敵わない相手」と思っていたパスカルとの差が以前より少しだけ縮まっていると感じたともいう。それは、久しぶりに『ライバル』に再会したことで、自分自身の気持ちが以前とは変わってきていることに気づいたからだった。 「当時、まだそんなに自分自身に自信がなかったですし、エリックが凄すぎるみたいな感じでずっと思っていたんですけれど、今はコートで彼とマッチアップしてやり合いたいって思っていますし、それは自分自身の自信の表れかなとは思っています。だから余計に、コートに立てないのが悔しいんです。でもエリックがああやって活躍しているのを見るのは嬉しいですし、自分自身もコートに立てなかったですけれど、同じステージでいれたのは、6年前のセントトーマスモア時代のことを考えると、自分もかなり成長したなって思っていました」 自信と手応え、そして、だからこそ感じるもどかしさと悔しさ。チームメイトとの再会の喜びの裏で、渡邊はそういった様々な思いがこみ上げてくるのを感じていた。 パスカルのことを、初めてのライバルだと語った6年前、渡邊はこんなことも言っていた。 「向こうは、僕に対してライバル視とかはしていないと思いますよ」 ──それが余計に悔しい? 「はい(笑)。僕のことを認めてくれているとは思うんですけれど。僕のことをライバル視しているかっていったら、たぶんそうは思っていないと思うので……抜きたいですね」 今も、その思いは変わらない。


宮地陽子:ロサンゼルス近郊在住のスポーツライター。『Number』、『NBA JAPAN』、『DUNK SHOOT』、『AKATSUKI FIVE plus+』など、日本の各メディアにNBAやバスケットボールの記事を寄稿している。NBAオールスターやアウォードのメディア投票に参加実績も。

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