NBAに女性ヘッドコーチは誕生するのか【杉浦大介コラム vol.10】

名将ポポビッチHCが危惧する「偏見」

2010年代も終盤に差し掛かった頃から、NBAのコートでは女性の活躍が目立つようになった。ベッキー・ハモンが2014年にサンアントニオ・スパーズのアシスタントコーチ(AC)に就任し、史上初となるフルタイムの女性コーチになってからもう5年。今季は全体の1/3以上にあたる11チームが女性ACを雇用し、サイドラインで躍動する姿を見るのはもう珍しいことではなくなっている。 12月下旬のスパーズ対ダラス・マーベリックス戦では、ハモンとマブスのジェニー・ボウセックがリードアシスタントしてベンチ入り。2人の女性コーチがともにベンチの1列目に座る史上初の例になった。また、ベッキー・ボナーは数年前にマジックのフロントに入り、女性初のジェネラルマネージャー(GM)を目指すと公言している。こういった流れは、新たな可能性を確実に感じさせている。 「向こう10年の間に女性ヘッドコーチ(HC)、女性GMの両方が誕生する。複数生まれるかもしれない」 元『ニューヨーク・タイムズ』のベテラン記者で、現在は『ブリーチャーズ・レポート』で健筆を振るうハワード・ベック記者は、自身のポッドキャスト内でこう予言していた。その言葉通り、近い将来、NBAで女性が指揮を執る時代が訪れるのかもしれない。 「ゲームを理解している女性と男性の間に違いはない。ただ、まず偏見が克服されなければいけない」 11月21日、ワシントンDCでのウィザーズ戦の際、スパーズのグレッグ・ポポビッチHCが残していたそんな言葉は、新時代の到来が容易なことではないことも物語っている。AC急増の潮流を見ても、一部の女性コーチのコーチング能力自体には疑いもない。しかし、生き馬の目を抜くNBAで“一国一城の主”を任せるとなると、技術指導力以外の面で乗り越えなければならないものが出てくるのだろう。 当初は何らかの形で抵抗を示す選手がいるのは想像できる。どれだけ有能な人材であっても、大半がコーチより高年俸のスターたち、あるいはエゴの強い若手選手を統率していくのは一筋縄ではないはずだ。 どんな世界においても、“パイオニア”と呼ばれる立場の人間には莫大な重圧と責任がのしかかるもの。特にチームが即座に成功できなかった場合、女性コーチは必要以上に激しく槍玉にあげられることは容易に想像できる。基本的には依然として男性に支配されたスポーツ現場において、女性に最大の権限を託すというのは雇う側にとっても勇気のいる判断に違いない。

HCの座に少しずつ近づいているハモン

しかし、それらのすべてを考慮した上で、徐々に、そして確実に、機は熟しているように思える。 「NBAで活躍する女性が増えることで、その存在が当然のようになり、女性の力量に気付くチームが増えていく。候補に挙がる女性が増えることで、(HCに抜擢される)可能性も増すはずだ」 常に聡明なポポビッチHCの言葉は、往々にしてNBAの真実を物語る。女性ACの数が年を追うごとに増えている時点で、HC誕生の可能性も確実に膨らんでいるのだろう。そして、新たな壁を破る存在として、最も可能性が高いのはやはりACとしてもパイオニアになったハモンに違いない。 42歳のハモンは、選手としてWNBAでオールスター6度選出という実績があるだけでなく、コーチとしてもマイク・ブーデンホルツァー(現ミルウォーキー・バックスHC。昨季、最優秀HC賞)、ブレット・ブラウン(現フィラデルフィア・76ersHC)、モンティ・ウィリアムズ(現フェニックス・サンズHC)など、多くのコーチを生み出したスパーズの門下生である。そんな肩書きだけでも、多くのNBA選手たちから一定のリスペクトは得られるはずだ。 また、ACとしてもベテランの域に差し掛かり、力量は多くの関係者のお墨付き。2015年にはサマーリーグのチームをHCとして率い、優勝を飾った経験は、本人、受け入れる側にとっての助けになるのではないか。 2018年、ハモンはバックスのHC候補として面談を受けとされている。さらに今季は、デビッド・フィズデールを解雇したニューヨーク・ニックスの新コーチ候補としても名前が挙がった。こうしたプロセスを経て、HCの座に少しずつ近づいているのは間違いない。 「ハモンがHCまでどのくらいの距離にいるのかはわからないが、多くのチームからリスペクトされていることは確かだ。次のステップはHCの面談を数多くこなすこと。スパーズのACは高く評価されることを考慮しても、ハモンにチャンスが与えられるのは時間の問題ではないか。成功するには適切な環境が必要だが、(遠からずうちに)HCになると思う」 前述したベック氏のポッドキャストに出演した『スポーツ・イラストレイテッド』のクリス・マニックス記者も、そう太鼓判を押していた。70歳になったポポビッチHCがいずれ勇退するときが来たとして、ハモンがその後を継いでも不思議はない。あるいは再建中の他のチームから、若手選手たちと一緒に成長する新指揮官として声がかかる可能性もあるはずだ。 少々気が早すぎる話だが、ハモン(あるいは他の女性コーチ)がHCとして成功を収めれば、ACの際と同じように、すぐ後に続く者が現れても何ら不思議ではない。ベック氏の「複数生まれるかもしれない」という言葉の背後に、そういった意図があったことは容易に想像できる。だとすれば、2010年代同様、2020年代にも新たな歴史的瞬間が訪れ、その後に多くの変化がもたらされることになるのかもしれない。

杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。

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