3月から中断していたNBAが、ついに私たちの日常に戻ってきそうだ。アダム・シルバー・コミッショナーが、7月31日再開に向けて協議を進めているという。 この約3か月、NBAの周囲では新型コロナウイルスについての話題で持ちきりだった。再開に際し、これまでとは変わったレギュレーションが採用される見込みだが、選手、ファン、関係者ともにポジティブな雰囲気に包まれることは間違いない。 しかし、そんな今だからこそ改めて直視しなければならない問題もある。米国でコロナ前に騒がれていたホットなトピック、「NBAのテレビ視聴率低迷」についてである。 米国内では「スポーツは視聴者がライブで見たがるもの」という認識が強く、視聴率も安定して稼げる貴重なコンテンツとされてきたが、今季に限ってみればNBAの視聴率は前年比で15%程度も落ちていたのである。
視聴率低下は、NBAの人気低迷が要因かと言えば、筆者はそのように考えていない。まずは下の図を見て欲しい。
こちらは米国におけるケーブルテレビの契約世帯数を表したもので、2014年以降は右肩下がりであることが分かる。今米国では日本と同様に、若者を中心とした急速なテレビ離れが起きているのだ。 この背景としては、ケーブルテレビの月額使用料が極めて高価な一方で(注:筆者が住むニューヨークでは最低月7,000円程かかる)、より安価なネットフリックス、Huluを始めとするOTTストリーミングサービスが充実してきている事、またスポーツハイライトを無料で視聴できるYouTube、インスタグラム、ツイッターなどSNSコンテンツも充実してきている点があると言える。 そんななか、NBAの全国放送は現状ケーブルテレビのみで行なわれているのだ。つまり、潜在的なNBAファンであってもケーブルテレビを契約したくないとの理由から、NBAを観れずにいる層が一定数いると推測できる。 また、「YPulse社」の調査によると、米国のミレニアル世代以下(13~37歳)の70%はケーブルテレビ云々以前に、SNS上にアップされているNBAのハイライトやショートクリップをスマートフォンで観るだけで満足しているという結果も出ているのだ。つまり、若い世代は高いお金を払ってまで試合の生中継を見る事を必要としていないのである。
ただ、いくらケーブルテレビ視聴率低迷がNBA自体の人気低迷を意味しない可能性が高いと言えども、NBAでは今季の視聴率低迷は重く受け止めており、アダム・シルバー・コミッショナーは早くもその対策に乗り出し始めている。 最初に発案したのは、新しく、且つ結果が早く出ることを好む若い世代のファンを意識した、シーズン途中での一戦先勝方式でのシングルノックアウト・トーナメントの導入である。また、シーズン終盤タンキングによって、プレイオフ進出の望みが少ないチームが出場する対戦カードがつまらなくなる傾向にある事から、プレイオフ最後の2枠を賭けたトーナメント式のワイルドカードゲームも提案された。 両案ともに、NBA幹部と選手会との間で「真剣」な議論が開始されているという。開催時期や方法などの詳細は未定だが、『ESPN』など複数のメディアによると来季からの本格導入も有りうる施策となっている。
そして上記以上に今NBAが力を入れているのが、SNSの強化である。これまでNBAでは、YouTuberによるNBA関連動画を活用したハイライトの投稿について、リーグの宣伝に繋がるとの観点から規制せず、その使用を自由にしてきた。 しかし、先述の通り最近ではファンがSNS上の動画で満足してしまい、実際の試合視聴に繋がらないようになっていることに、NBAは課題意識を感じていたのだ。 そのため、NBAは現在このようなハイライト動画、ショートクリップからのマネタイズ方法を模索している。その方法はまだ明らかになっていないが、今後のそれら動画を軸にしたSNS上での新たなビジネスが確立してくると予想される。
なお、非公式ではあるものの、今季よりNBAは無許可での動画使用を厳しく取り締まるようにしているとの噂がある。実際に、NBAのハイライトをアップしていた有名YouTuberである「FreeDawkins」や「Ximo Pierto」による動画が、YouTube上から多く消されているのだ。これもNBAの新規ビジネスの布石の一つなのかもしれない。
これまでNBAを始めとする北米スポーツコンテンツの主要収入源であったケーブルテレビ向け放映権販売ビジネスは、いよいよもって翳りが出てきた。 これまでのようなテレビとウェブをベースとした「生中継とボックススコア」を楽しむ時代から、スマホを中心とした「ハイライトと選手のインスタグラムストーリー」を楽しむ時代へ移行していくのだろうか。このような変化に対し、NBAがどのような対策を練っていくのか、見ものある。
家徳悠介:「スポーツはヲタクに変えさせろ」をスローガンに、 ニューヨークをベースにスポーツビジネスコンサル、及びスポーツテクノロジー事業を行う「スポヲタ社」を経営。テクノロジーを活用して、よりスポーツを面白くする事を心掛ける。