2018年ウインターカップ得点王の富永啓生が、レンジャー・カレッジでの1年目を終え帰国した。アメリカでもそのシュート力が通用することを証明、シーズン途中にはNCAAディビジョン1に所属するネブラスカ大学への編入が内定するなど大成功となった渡米1年目について、富永選手本人から話を聞く機会を得た。当コラムではこれより3週にわたり、富永選手のアメリカ挑戦の様子を紹介する。
「まあ、ぼちぼちって感じですね」 富永選手は、そう言いながら照れ臭そうに笑った。以前インタビューしたときに心配していた英語について私が尋ねたときのことだ。 「リスニングはいいんですけど、喋るのがちょっと……」 渡米前と変わらぬ富永選手の飾らない素直な受け答えに、今度は私が笑う番だった。 富永選手の魅力を説明するのは難しい。高校バスケに明るい人が富永啓生と聞けば、シュートを決めて派手なガッツポーズをする姿を思い起こすだろう。高校時代の彼を知らなくても、アメリカ挑戦中の19歳と聞けば鼻っ柱の強い若者を想像するのではないだろうか。しかし実際に会う富永選手は、そういったイメージとはかけ離れている。のんびり、素朴、いい子といった言葉が似合う好青年だ。
私は仕事柄、将来有望な若手選手を取材させてもらう機会も多い。現在メンフィス・グリズリーズで本契約獲得に向けて奮闘している渡邊雄太選手は、自分がパイオニアであることを強く意識し、ロールモデルとして言葉を選びながら取材対応している印象を受けた。その行間に熱い闘志が見え隠れするのが彼の魅力のように思う。 昨シーズン、高校生ながらB.LEAGUEの特別指定選手として三遠ネオフェニックスで大活躍した河村勇輝選手は、取材当時18歳とは思えないしっかりとした受け答えをするのが印象的だった。SNSでは大学生らしく若さ溢れる投稿もしているので、TPOの使い分けができるスマートな人物だと知れる。 一方、富永選手の場合は渡邊選手や河村選手の様に簡潔に説明することができない。茫洋としてとらえどころがなく、どこかほとんど筆の入っていないキャンバスのようでもある。まだまだ色々なものを吸収できそうな、そんな雰囲気を持っているのだ。 人柄同様、プレイ面でも底が見えない。ウインターカップ得点王はアメリカでもスリーを決め続け、NCAAディビジョン1のネブラスカ大学行きをつかみ取った。そんなプレイぶりと人柄が相まって、よりスケールの大きさを感じさせられる。これこそが富永啓生の魅力なのかも知れない。
富永選手のファンにまず伝えたいのは、彼がトラブルもなく充実した留学生活を送っているということだ。一番困ったのが留学初日で、空港に迎えにきたゴルフ部のコーチにゴルフネタを振られ続けたが、全く理解できなかったのだそう。 最悪なのが初日なら、そこからは上がっていく一方である。留学当初英語ができなかった富永選手だが、幸いレンジャー・カレッジのバスケットボールチーム「レンジャーズ」には下澤幸代さんという日本人トレーナーがいた。彼女が言語面でサポートしてくれたおかげで、すんなりと留学生活をスタートすることができたという。 実はレンジャーズにはもう1人日本人がいる。富永選手のルームメイトでもある赤間洸太選手だ。赤間選手は中学卒業後渡米し、バスケの武者修行を続けている。アメリカ生活の長い赤間選手から富永選手が学べることは多い。レンジャーズに3人も日本人がいるのは、おそらく史上初のことだろう。なにせレンジャーは超がつくほどの田舎町である。人口は約2,500人。富永選手によれば、小さいレストランが1軒、大きめのコンビニのようなスーパーが1軒あるだけで、あとは何もないという。
誘惑がないというのは若い選手にとってはいい環境である。ただ、富永選手の生活は例え誘惑があっても手を出す時間がないぐらい忙しい。朝6時半に起きてウエイト・トレーニング、その後7時半に朝飯を食べて授業に行く。16時に授業が終わると16時半には体育館に行き、19時まで練習する。そこからシャワーを浴びて夕飯を食べたら、ようやく自由時間が訪れる。夜はチームメイト共に過ごすことが多いが、勉学も疎かにはできない。 今年3月のインタビューでは、学期が変わってから英語の授業が難しくなって苦戦していると話していた。富永選手によればその後も悪戦苦闘は続いたが、なんとか単位は取れたという。英語の他には歴史や心理学などを勉強しているというので好きな教科を尋ねると、富永君は「好きな教科は、ないです」と苦笑しながら答えてくれた。歴史にしても心理学にしても専門用語が出てくるのですぐには理解できないことが多いとのこと。言われてみれば然もありなんといったところである。
富永選手は、チームメイトから「ケイシー」と呼ばれている。彼らは啓生と言っているつもりだが、上手く発音することができないのだ。仲の良い友人もできた。メキシコ人のブライアンだ。ブライアンは車を運転できるので、数少ないオフには隣町のイーストランドまで乗せてもらい、一緒に買い物や食事を楽しんでいる。ちなみにイーストランドも人口4,000人弱という小さい町だが、お店にしてもレストランにしてもレンジャーよりは充実しているそうだ。 レンジャーズの雰囲気は良きにつけ悪しきにつけ桜丘高校とは違うと富永選手は言う。日本の部活のような厳そかな空気はなく、練習が始まる直前までわいわいふざけあう。しかし、一度練習が始まれば、それまでの和気藹々としたムードが嘘のように激しくプレイする。エスカレートして胸を押し合い、喧嘩に発展することもしばしばあるという。富永選手は喧嘩に巻き込まれたことはないのだろうか。 「いや、僕は絶対喧嘩には入っていかないですね。止めるフリだけします」 富永選手はそう言って笑った。こういう肩の力の抜けたところが実に彼らしい。
アメリカのバスケは戦術しかりプレイヤーの質しかりレベルが高く、学んでいて楽しい。学業もなんとかこなしている。そんな順調なアメリカ生活を送っている富永選手だが、アメリカの食事だけは馴染めないという。スポーツ奨学生とはいえ、ヘルシーなアスリート飯が出てくるわけではない。寮の食事は他の学生と同じハンバーガーやパスタだ。寮の食事に飽きると日本から持ってきたカップ麺やレトルトのご飯を食べる。ちなみに日本食はチームメイトにも大好評だったそうだ。 富永選手の充実ぶりはこんなエピソードにも表れている。『ダブドリ』の取材で、留学を迷っているときに背中を押してくれたのは渡邊雄太選手だと話していた。そこで、留学してからも渡邊選手にアドバイスをもらったり相談に乗ってもらったりしているか尋ねると、ほとんど連絡を取っていないという。渡邊選手のストーリーズに富永選手が反応したときに、コロナについての話になったのが唯一の会話だそうだ(ちなみにレンジャーでは1人もコロナの感染者は出ていない)。他のアメリカ在住の選手ともほとんど連絡をとらない。ホームシックもない。LINEは日本の友人とたまにする程度。 富永啓生は今、その無限大のキャンバスに夢を描くことに没頭している。 (次週に続く)
大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。