インターネットの発展によって価値観が多様化した現代は、個人発信する情報やコンテンツが、人気を支えている。
一度は引退したマイケル・ジョーダンが本格的に復帰し、2度目の3ピートに向けてシカゴ・ブルズが順調なシーズンを歩み始めた1995年11月、「Windows95」の日本語版が発売され、21世紀に入ってからのインターネットの急激な普及に貢献した。今やメディアの発達は目覚ましく、世界のどこにいても欲しい情報に高速でアクセスができる。ネットの利用環境が向上すると、企業だけでなく個人が自分たちのコンテンツをデジタル化し、デバイスを往来しながら発信するようになった。こうしたメディアの急進によって、丁寧に時間をかけて編集された雑誌の価値は専門性という観点では見直されているものの、記事の速報性やメッセージの多様性においては後進的なメディアになってしまったのかもしれない。 今やスポーツのコンテンツは、昔と違ってテレビにしがみついて観るものではなく、月に一度の専門誌の発売日を心待ちにして読むものでもなく、どこにでも持ち歩ける時代へと変容した。また、SNSを同時に楽しみながらゲームを観ることで、可視化できないコミュニティに所属して、感動や興奮を共有する習慣ができつつある。通信速度が向上したことでスマートフォンの利便性は驚くほど高まり、近年は動画が生活に寄り添う身近なコンテンツになった。NBAはレギュラーシーズンだけで82ゲームもあるわけだから、自分のライフスタイルの中で好きな時間に見られる見逃し配信や効率的にチェックできるハイライト動画などは、とてもありがたい存在だ。 そして個人的には、90年代のNBAに比べると、現代は移籍事情が随分と慌ただしくなったように感じる。コートに5人しかプレイしないバスケットボールは、トレードによるロスターの変更がチームの戦力に大きな影響を与える。色々なことがスピード化している今の流れについていくには、YouTubeのような個人が気軽に発信できる情報は、頼りになるメディアの最適解でもある。 ニューヨーク在住のRikuto AFさんは、2018年の10月からNBAを中心にバスケットボール関連の動画を発信している人気のユーチューバーだ。投稿は火曜と金曜の毎週2回。シーズンの見どころや現状のチーム事情の裏話から、具体的な戦術の分析まで、バスケット愛にあふれた軽快で熱の入ったトークに聞き惚れる。登録者数は8万人を超え(2020年2月現在)、コアなファンとライトなファンの両方にNBAの世界への道案内的な役割を果たしている。 「もともと英会話の動画を作っていたのですが、もっと自分が情熱を注げるコンテンツを作りたいと思って、今はバスケットボール専門の動画を配信しています。NBAは、アメリカの4大スポーツの中では一番選手の顔が見える分、人間性が注目されやすい。彼らをアスリートとしてだけではなく、オフコートでどんな服を着ているのか、またどんなユーモアを持っているのかとかも見る。僕自身、選手のTwitterやInstagramをチェックしていると、ジョエル・エンビードはとてもユニークだし、ヤニス・アデトクンボは友達になってみたいと思う魅力があります。アメリカにいることで感じるカルチャーの微妙なニュアンスは、ググっても検索できないじゃないですか。だから日本のカジュアルなファンに自分の言葉で伝えられたらいいな、と思っています」 多くのファンにとって、NBAは“マイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズを中心としたサクセスストーリー”だった90年代に比べると、現代はレブロン・ジェームズが君臨しつつも世界各国代表する唯一無二な選手が大勢いるため、主役が設定しにくいのかもしれない。そうした中でプレイヤーのキャラクターや人間性を知ることは、SNSの発展によって選手との距離が近くなった現代ならではの楽しみ方ではないだろうか。Rikuto AFさんはカルチャーの窓口でもあり、翻訳者でもある。
「アメリカでも90年代はレトロですが、髪型やシューズといった当時のファッションはトレンドで、かっこいいという空気感があります。例えば2018年のオールスターのダンクコンテストでは、ドノバン・ミッチェルが90年代のビンス・カーターのジャージーを着て、彼のダンクやポーズを真似ていました。今のNBAってよくも悪くも選手はみなファミリーみたいな感覚が強い。昔の選手と仲がいいぜ、みたいなパフォーマンスは、自分のステータスを上げることに繋がる。するとファンにとって、昔がクールな存在になっていきます。また、ドラフトで新しい選手を説明する時に、メディアは親しみを込めて、過去の有名選手とスタイルを比較することが多いです。だから90年代や昔を知っている人は、今のNBAを楽しみやすいと思います」 スポーツの楽しみ方は人それぞれだ。90年代はNBAブームを通じてシューズやファッション、音楽といったカルチャーに心酔し、モノを消費した時代である。しかしRikuto AFさんのような存在は、NBAの世界に再び入り込むハードルを下げてくれる意味で、カルチャーを習熟するプロセスを省いてくれる。現代のメディアと賢く付き合うことで、ファン同士のコミュニケーションや、当時と今を比較しながら観戦する楽しみがあってもいい。さらにはひいきの選手やチームを探すための情報を能動的に選択できる時代でもある。2019-20シーズンは、八村塁選手という、初のドラフト1巡目で指名された日本人プレイヤーが誕生した年でもある。あの頃、誰もが想像すらできなかった日本人プレイヤーの挑戦を、あの頃のマイケル・ジョーダンとはまた違ったストーリーで、物語の主役にしてみるのも楽しみの一つかもしれない。 「確かに、90年代のNBAは面白かったです。各チームの個性も強かったし、オールスターのようなイベントであっても本気でプレイしていて、どこか鬼気迫るものを感じました。でも、今には今ならではの楽しみ方があると思うんです。僕は今を楽しむために昔を勉強することを大切にしていて、歴史を調べていくとゲームを観る視点を広げることができます。なぜ、今はこうして得点がたくさん入るのか、3Pをバンバン打つスタイルになったのか。そしてチームのスタイルも見えてきます。マイアミ・ヒートはパット・ライリーの影響が大きいけれど、90年代から変わらずタフなディフェンスをするチームですし、レイカーズはやっぱりハリウッド。いつの時代も常にスター選手がいます。自分も含め、昔と今を結びつけた解説をする人がもっと増えていくといいですね」
ライター 小澤匡行 / MASAYUKI OZAWA 1978年、千葉県出身の編集者・ライター。大学在学中に1年間のアメリカ留学を経験した後、ライターとして活動を始め、広告や雑誌を始めとするファッション関連の編集・ライティングを行う。2016年、『東京スニーカー史』(立東舎)を発表。2017年に『SNEAKERS』を日本語監修。2020年に新書が発売予定。
インタビュイー Rikuto AF ニューヨーク在住のユーチューバー。登録者数は8万人(2020年2月現在)を超え、NBA初心者やバスケのことをもっと知りたいという人でも楽しめるような動画を作成している。英会話やラップ、アメリカ文化についても紹介している。