俺たちの明日【大柴壮平コラム vol.11】

“DIVA”になったポルジンギス

“DIVA”という言葉がある。元々はラテン語で女神という意味の言葉だったが、英語では成功していて魅力的な女性有名人、特にポップシンガーを指すようになった。日本語では歌姫と訳されることが多い。成功した女性から転じて、女王様気質の女、芸能人気取りの勘違い女という意味でも使われる。先日、「クリスタプス・ポルジンギスはニューヨークで“DIVA”化していたらしい」と友人でライターの大西玲央君に言われて、男性に対しても使われることを初めて知った。 もちろんポルジンギスが歌手デビューしたわけではない。勘違い女のような振る舞いをしていたという話で、今年の11月8日に『ニューヨーク・ポスト』のWEB版が報じた。いわく、ポルジンギスは各プレイヤーの割り当てを無視して好きな位置に駐車するようになった。いわく、練習中もっとタフにディフェンスしろとジェフ・ホーナセックHCに言われた際、Fワードを言い放った。いわく、テニスの全米オープンに大量の席を用意しろと全米テニス協会に要求し、断られると観戦自体をキャンセルした。 記事はニックスがポルジンギスを放出した舞台裏に迫るという内容で、ポルジンギスの態度の話はその一部である。これが真実かどうかは確認の仕様がない。しかし、ありそうな話だな、とは思う。記事によれば、ポルジンギスの態度が悪くなったのは2シーズン目からということなので、彼がまだ21歳の頃である。若くして大金と名声を得て天狗になった例は、古今東西枚挙にいとまがない。

若い頃“DIVA”な振る舞いをした2人のスター

それにしても、221cmのアスリートに“DIVA”は面白い。思えばいい意味の“DIVA”も悪い意味の“DIVA”も、NBAプレイヤーに通ずるものがある。スター選手は歌姫のようにちやほやされるし、金も稼ぐ。そこで勘違い野郎になることもあるだろう。歌姫と同じく、スターでいられる期間には限りがある。アイドル歌手はアイドルとしてのピークが終わった後、イメージチェンジに苦慮するという。スター選手も、ピークを過ぎてからもスタイルを変えてリーグに生き残る選手もいれば、いつのまにか消えていく選手もいる。そんなことを考えていると、私の脳裏に2人の選手が浮かんだ。 1人は、言わずと知れた史上最高のダンカー、ビンス・カーターである。今でこそ人格者として知られているが、そんな彼も若い頃は悪い意味で“DIVA”な振る舞いをしている。当時所属していたトロント・ラプターズのフロントと関係がこじれたカーターはトレードを要求、聞き入れられるまで無気力プレイを続けるという強硬手段に出たのである。おかげでシーズン途中に無事ニュージャージー・ネッツにトレードされたが、しばらくはラプターズから目の敵にされていた。 もう1人は、マイケル・ジョーダン以降最もNBA人気に貢献した男、アレン・アイバーソン。ドラフト時から素行不良を心配されていたアイバーソンだが、最も有名なのは“Practice(=練習)”を連呼した2001-02シーズン終了時の記者会見だろう。このシーズン、練習をサボってチームから懲罰を受けたアイバーソンだが、反省する様子もなく「俺はフランチャイズ・プレイヤーとして記者会見に臨んでいるのに、大事な試合の話もせず練習の話ばかりしている」と不満を爆発させたのである。

2000年代のNBAを彩ったアイバーソン(左)とカーター。その後、晩年のキャリアは大きな差が生まれることに

変化を受け入れられなかったアイバーソンと、恐れなかったカーター

カーターもアイバーソンも長年スターとしてリーグで活躍したが、2人のキャリア晩年には大きな差がある。ロールプレイヤーとしての役割を受け入れたカーターは、様々なチームで重宝され、現在NBA史上最長記録となる22シーズン目を戦っている。逆にアイバーソンの最後の数年は不遇だった。明らかに衰えが見え始めた後も、ベンチからの出場を拒否したためである。NBAチームからのオファーを失った頃、アイバーソンはまだ35歳だった。 “DIVA”のまま引退したアイバーソンは、それ故に伝説となった。我々ファンの中で、アイバーソンの記憶が色褪せることは永遠にないだろう。しかし、私の目にはカーターのように変化を恐れないプレイヤーの方が、より魅力的に映る。カーターは“DIVA”だった自分を変えるだけでなく、時代に合わせてプレイスタイルも変化させた。身体能力任せのダンカーは、いつしかベテラン・スリーポイントシューターになっていた。 2004年の移籍で酷い仕打ちを受けたラプターズは、その後10年間カーターを許さなかった。しかし、2014年に当時メンフィス・グリズリーズにいたカーターがトロントで試合をした際、トリビュート映像を流すことで和解の意を示した。エゴを捨て、スタイルを変えて戦い続ける姿に、因縁を超えるリスペクトが生まれたのだろう。トリビュート映像に涙するカーターが印象的だった。


今季、2人の元“DIVA”の復活が話題を呼んでいる。2013年の得点王カーメロ・アンソニーと、かつてはオールNBAファーストチームの常連だったドワイト・ハワードである。メロもドワイトもエゴが捨てられないだけでなく、時代の変化にプレイスタイルを適応させるという点についても苦戦していた。メロは昨シーズン、わずか10試合でヒューストンをクビになった。一方のドワイトも、昨シーズンは9試合しかプレイしていない。こちらはエゴやプレイスタイルの問題に加え、怪我とスキャンダルにも襲われた。 どちらもこのままアイバーソンのようにキャリアを失ってしまうのではないか。正直に言えば、私はそう思っていた。しかし、2人は諦めなかった。メロは2017年にオクラホシティ・サンダーに移籍して以来、徐々にプレイスタイルを変化させた。苦手だったディフェンスも、パワーフォワードを受け入れることで克服した。今は主力の怪我が続くポートランドで攻守共に貢献している。ドワイトの変化はより瞭然である。ベンチから出てきて汚れ仕事を積極的にこなすその姿には、ポストでボールを要求し続けた往年の“DIVA”の面影は無い。 12年前の冬、エレファントカシマシの宮本浩次は「さあ、がんばろうぜ」と歌い日本中を励ました。あの曲はレコード会社を移籍した自分たちへの応援歌でもあったという。我々ファンが、奮闘するメロやドワイトの姿に胸を打たれ応援したくなるのも、往々にしてうまくいかない人生を必死に生きている自分たちの姿を、重ね合わせているからなのかも知れない。今年も冬がやってきた。読者諸兄におかれましては、師走の忙しさに負けず2019年のラストスパートを頑張っていただきたく思います。そんな言葉と共に、終わらないダブドリ次号の編集に精を出すよう、自分を励ましているところである。

大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。

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