パーティーをぶち壊せ【大柴壮平コラム vol.8】

かつてのファンの歓待に涙を見せたコンリー

その日、マイク・コンリー(ユタ・ジャズ)のシュートはことごとくリングに嫌われた。第1クォーターのタイムアウト中にグリズリーズが流したトリビュート映像が、彼を感傷的にさせたせいかも知れない。映像では2007年の入団以来、グリズリーズというチーム、そしてメンフィスコミュニティに貢献してきたコンリーの足跡が映し出された。観客はスタンディングオベーションで前キャプテンの功績を讃えた。コンリーはタオルで涙を拭うと、手を上げてかつてのファンに応えた。 コンリーは、NBAには珍しく謙虚な男である。オールスターやオールNBAチームに縁が無かったのは、身体能力に頼らないプレイスタイルやスタッツにこだわらない姿勢が主な理由だが、彼がコート内外で余計な口を叩かなかったことも少なからず影響している。彼のキャリアは2013-14シーズンからピークに入った。当時強豪だったグリズリーズのナンバーワン・プレイヤーになったコンリーだったが、アウォードにおいては見向きもされなかった。 2015年のオールスターは怪我による辞退が相次ぐも、代替出場すら叶わなかった。同じガードポジションからはポートランド・トレイルブレイザーズのデイミアン・リラードが選ばれた。リラードの名誉のために言えば、翌シーズンから彼は本格化しリーグ屈指のガードに成長する。しかし、2015年当時はプレイの華やかさや、自信に満ちたヘッドライン向きのコメントこそがオールスターにおける彼の値打ちだった。その年のプレイオフ、コンリー率いるグリズリーズは、リラードのブレイザーズを4勝1敗で圧倒した。 この頃からコンリーは「NBAで最も過小評価された選手」というありがたくないキャッチフレーズで紹介されるようになった。その一方で、グリズリーズは彼の献身性とリーダーシップを高く評価した。2016年に結んだ5年1億5300万ドルという契約は、当時のNBA史上最高額だった。これほどリーグとフランチャイズの評価が乖離した選手は珍しいだろう。コンリーは信頼に応えてよくチームを牽引したが、グリズリーズは世代交代に失敗し、2018-19シーズンから再建に入った。ザック・ランドルフ、トニー・アレン、マルク・ガソルといった戦友たちが次々とチームを離れていった。そして今年のオフ、コンリー自身もジャズにトレードされた。

再建の軸として迎えられた新星モラント

グリズリーズがコンリーの放出に踏み切ったのは、ドラフト・ロッタリーで全体2位指名権を引き当てたからである。2位指名権の獲得は、すなわちグリズリーズがジャ・モラントを再建の主軸として迎えることを意味していた。高校時代無名だったモラントが進んだのは、マイナー校のマレー・ステイト大学だった。モラントは1年目から平均12.7点、6.3アシストを記録し周囲を驚かせると、翌シーズンは平均24.5点、10.0アシストと成績がさらに向上。シーズン平均20得点・10アシスト以上をクリアした、NCAA史上初のプレイヤーとなった。 NBAデビュー前は、線が細く、ジャンプシュートにも改善の余地があるモラントがどこまで通用するか、懐疑的な意見も散見された。しかし、見せ場はすぐにやってきた。開幕3試合目のブルックリン・ネッツ戦で、モラントはカイリー・アービングを相手に互角以上の活躍を見せたのである。特に第4クォーターは、モラントの独壇場だった。このクォーターだけで17得点を記録。残り7秒で同点に持ち込むレイアップを沈めると、残り0.2秒、勝ち越しを狙うアービングのジャンプシュートをブロックした。オーバータイムにもつれこんだ試合は、ジェイ・クラウダーの逆転ブザービーターでグリズリーズが勝利。アシストしたのはモラントだった。 20歳の若者がプロの世界に飛び込み、いきなり活躍しているだけでもすごいことだが、モラントは今年もう一つ大きな経験をしている。8月7日、大学時代からのガールフレンド、K.K.ディクソンが彼の娘を産んだのである。予定日より2ヶ月早く生まれたカーリ・ジェイディンは、産後新生児集中治療室に入っていたが、9月8日、無事に両親のインスタグラムでお披露目された。モラントは、11月15日の試合に愛娘を連れていくことにした。珍しくグリズリーズの試合がESPNで全米放送されるその日、モラントは晴れ舞台を娘と共に過ごしたいと考えたのだろう。奇しくも、この日の対戦相手はコンリーのいるジャズだった。

グリズリーズ再建の軸として迎え入れられたモラント。カレッジ時代にはNCAA初となるシーズン平均20点・10アシスト以上という偉業を成し遂げている

荒々しく、しかし確実に渡ったバトン

エースのドノバン・ミッチェル、守護神ルディ・ゴベアに加え、グリズリーズからコンリーを、そしてFAでボヤン・ボグダノビッチを獲得することに成功したジャズは、優勝候補の一つである。現にこの試合までの成績は8勝3敗と、開幕ダッシュに成功していた。一方のグリズリーズは新しいヘッドコーチと新しいフランチャイズプレイヤーを迎え、再出発を図っている最中である。グリズリーズにとっては格上への挑戦といっていい試合だった。 ところが、試合は思わぬ接戦となる。第3クォーターを終えた時点で79対77と、ジャズのリードはわずかに2点。勝負の行方は第4クォーターに持ち越された。この試合、第4クォーターを支配したのはモラントだった。レイアップ・アテンプトからファウルをもらいフリースローを決めたのを皮切りに、彼のショーが始まった。リバウンドからコースト・トゥ・コーストでダンク、アイソレーションからスピンムーブでエマニュエル・ムディエイを翻弄してフローターと、モラントはアリーナのファン、全米の視聴者、そして愛娘の前でその実力を見せつけていく。残り1分32秒、ジャレン・ジャクソンJr.のハンドオフからスイッチしたロイス・オニールをクロスオーバーで揺さぶると、その直後に放ったフローターがこの日の決勝点となった。 最初はコンリーの凱旋を祝うパーティーのようだったアリーナも、最後はモラントのプレイに熱狂した。「バトンを渡す」という言葉がある。コンリーの持っていたバトンは荒々しく、しかし確実にモラントへと渡った。試合中、コンリーはモラントにこう言ったという。 「長くここにいることになりそうだな、頑張れよ」


ドラフト前、「僕はネガティブなエネルギーが大好きだ。批判がモチベーションになってくれる」とモラントは語っていた。落ち着いた口調こそコンリーに似ているが、コメントに表れる闘争心は、むしろリラードを想起させる。2015年のプレイオフ、ファーストラウンドでグリズリーズに敗れたブレイザーズは、ラマーカス・オルドリッジとの再契約に失敗、アキレス腱を切ったウェスリー・マシューズとの契約を見送り、ニコラ・バトゥームをシャーロット・ホーネッツに放出した。プレイオフで惨敗したあとにチームが解体するという過酷な状況だったが、その逆境がリラードの闘争心に火をつけた。翌シーズン、リラードは平均25.1点の大活躍でチームをプレイオフに導くと、前年の成績を上回るカンファレンス・セミファイナル進出を果たしたのである。 果たしてモラントは、その静かなる闘争心で、これから待っているだろういくつもの試練を乗り越えられるだろうか。そして、いずれリラードのようにリーグトップクラスのガードに成長することができるだろうか。その答えが出るのはしばらく先になるが、見届けるのが楽しみな逸材の登場に、私は年甲斐もなくワクワクしている。

大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。

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