GOATという言葉がある。“Greatest Of All Time”の略で、史上最も偉大な人物の意だ。NBAにおけるGOATと言えばマイケル・ジョーダンで、シカゴ・ブルズ2度目のスリーピート以来しばらくは彼に並ぶ選手は出なかった。ところが、近年レブロン・ジェームズこそGOATだという声を耳にするようになった。そして今年の優勝で、アメリカではジョーダンとレブロンのどちらがGOATの称号に相応しいかという議論が再び盛り上がりを見せている。白状すると、ついこの間まで私はレブロンがGOATに値すると思ったことは1度もなかった。しかし、史上最も長いシーズンが終わった今、私は自分の意見が変わっていることに気づいたのだった……。
おそらくNBAに限った話ではないが、GOAT論争は先行が有利である。レブロンが何をしても「ジョーダンはこうだった」、「ジョーダンならああしたはずだ」とジョーダン基準で評価されてしまう。その最たる例がマイアミ・ヒート移籍への批判だろう。ボストン・セルティックスやデトロイト・ピストンズといった強敵に何度も跳ね返されながらも、諦めずにブルズを優勝に導いたジョーダンは格好いい。それに比べて、故郷のオハイオ州を捨ててまでドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュと合流し、優勝への安易な道を選んだレブロンはダサい。 たしかにヒート移籍で終わっていればレブロンのキャリアはダサいの一言で片付けられていたかも知れない。本人もそうした世間の声を気にしていたのか、クリーブランド・キャバリアーズへ復帰した際に『Sports Illustrated』へ寄稿したエッセイ『I’M COMING HOME』では言い訳めいたことを書いている。しかし、その後のキャブズでの優勝、そして今年のロサンゼルス・レイカーズの優勝を見るとレブロンにはレブロンの魅力があることがわかる。 レブロンが巧みなのは、目標設定の仕方だ。今年公開されたブルズのドキュメンタリー『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』で、私たちはいかにスリーピートが難しいかを知った。ジョーダンはMLBに挑戦していなければ、2度目のスリーピートを達成するモチベーションを維持できなかっただろうことを知った。純粋に優勝を求めたヒート移籍、故郷にラリー・オブライエン・トロフィーをもたらすことを掲げたキャブズ復帰、そして自身に名門復興という難題を課したレイカーズ移籍と、レブロンは明確な目標を設定することでジョーダンでも難しかったモチベーションの維持に成功してきた。だからこそ、10年間で9度もファイナルに出場できたのではないか。
目標を決めてからそれを達成するまでのプロセスにも個性が光る。キャブズ移籍後は自らケビン・ラブをリクルートした。レイカーズ移籍後は長年の友人で自身のエージェントでもあるリッチ・ポールをアンソニー・デイビスと契約させ、デイビスがニューオーリンズ・ペリカンズにトレード要求をするようポールを通じて働きかけた。こうした行動から、彼はしばしば“GMレブロン”と揶揄される。しかし、キャブズ、そしてレイカーズを優勝に導いた今となってみれば、仮にレブロンがGMだとしたら超がつくほど優秀な人物だということがわかる。自身やチームメイトの能力を見ながら足りないものを見極める分析力と、他チームの選手をその気にさせる人間的な魅力がなければこう上手くはいかないだろう。
ジョーダンと比較されることでレブロンの評価に影を落としているものが、もう1つある。それはキャリアを象徴するようなショットがないことだ。レブロンは決してクラッチタイムに弱い選手ではない。2007年のキャリア初挑戦のファイナルとマイアミ移籍初年度だった2011年のファイナルこそ失速してしまったが、それ以降はプレイオフでもファイナルでも素晴らしい成績を挙げている。 ブザービーターを含むビッグショットの数も多いのだが、どういう巡り合わせかそれが大事な試合で生まれたことがない。2009年のイースタン・カンファレンス決勝第2戦ではブザービーターとなる3ポイントを決めてチームを勝利に導いた。しかし、このシリーズは2勝4敗でドワイト・ハワード率いるオーランド・マジックに敗れている。2018年のイースタン・カンファレンス準決勝第4戦ではフローターでブザービーターを決めて見せたが、このシリーズはキャブズがトロント・ラプターズをスイープしたシリーズで、ドラマ性がない。ジョーダンのプレイオフ敗退危機を救った「ザ・ショット」や有終の美を飾った「ラストショット」のような代名詞と言えるビッグショットがレブロンにはないのである。
むしろヒート時代はレイ・アレンが、キャブズ時代にはカイリー・アービングがそれぞれ優勝に繋がるビッグショットを決めており、レブロンが2人に助けられた印象を持っている人も多いだろう。しかし、実はアレンの同点スリーとカイリーの決勝打には大きな違いがある。アレンのスリーはレブロンの放ったスリーのリバウンドがボッシュのいる方に跳ねたから生まれたもので、偶然性の高いシュートだと言える。しかし、カイリーのシュートは直前のタイムアウトでチームが決めた、言わば狙い通りのシュートである。カイリーがこのシリーズ尻上がりに調子を上げていたことや、ステフィン・カリーが第6戦でファウルトラブルに陥ったのを引きずっていたことなどを考慮して、レブロンはカイリーに大事なシュートを託したのだろう。 ひょっとしたら、レブロンも若い頃は自分もジョーダンみたいなビッグショットを決めたいと思っていたかも知れない。その思いがヒート時代に自身のシュートを選択させた可能性もある。しかし、キャブズでカイリーに決勝シュートを譲ったその決断こそレブロンの真骨頂だと今ならわかる。レブロンの値打ちはその頭脳にあるのだ。客観的にチームを分析して足りない部分を補強するオフコートでのやり方と同じく、彼はコート内でも何が最優先か常に理解している。今シーズンのレイカーズでも、最も劇的なシュートを決めたのはアンソニー・デイビスだが、その直前にスクリーンをしないという選択でデンバー・ナゲッツを混乱させたのは、誰あろうレブロンその人である。
ジョーダンの功績の1つに、バスケをメインストリームに押し上げたというものがある。興行としての人気を高めただけでなく、彼のシグネチャーシューズ『エア・ジョーダン』シリーズの大ヒットはカルチャーとしてのバスケットボールの地位向上に大きく貢献した。これはレブロンには如何ともし難い部分で、彼がいくらシグネチャーシューズを売ろうと『スペース・ジャム』のリメイクに主演しようとジョーダンに追いつくことはない。 しかし、ジョーダンとは違った形ではあるが、バスケットボール界への貢献という意味では今年のレブロンが果たした役割は非常に大きい。1月にコービー・ブライアントが亡くなって悲しみに沈むレイカーズファンの気持ちを励ましたのはレブロンだった。ことあるごとに「コービーのために」と名前を出し、しかも優勝して見せた。レブロンの言動にどれだけのファンが勇気付けられたことだろう。また、コロナ禍の中断からなんとかリーグを再開しようというアダム・シルバー・コミッショナーの決断を最も強く支持し続けたのもレブロンだった。トップスターが明確に支持を打ち出したことで、他の選手たちもあとに続いた。 さらに、BLM運動についても積極的に発言し、それだけでなく「More Than A Vote」という黒人の投票を促進する団体を設立するなど素早く行動を起こした。BLM運動が起きたのがリーグの再開直前ということもあり、当初コロナ禍に負けずにリーグを再開しようという機運は揺らいでいた。しかし、BLM運動に積極的なレブロンがこの場面でも強く再開支持を表明したことで、試合をしながらBLM運動へのサポートを訴え続けるという前代未聞の興行が開催されることになったのである。
レブロンはコート内外において理性的である。時にその行動は打算的に見えることも多い。レブロンにアンチが多いのは、無理からぬことだと私は思う。しかし、その毀誉相半ばする彼の性格が2020年のNBAを救ったことは動かぬ事実である。冒頭にも書いた通り、今シーズンのレブロンを見て、私の中では彼の評価が変わった。私は今シーズンでレブロンはジョーダンと並ぶGOATになったと思う。タイトルは『キングが神様を超える日』としたが、来シーズン以降そんな日が来るのではないかという期待の印である。
昨年の「NBA JAPAN GAMES 2019」以来1年間、週1でコラムを書かせていただきました。仕事をいただいたときにはまさかこんな激動の1年になるとは思いもしませんでしたが、なんとかやりきってホッとしています。1回でも読んでくれた皆さんにもお礼を言って回りたい気持ちです。1年間ありがとうございました。 ※大柴壮平氏のコラムは、2019-20シーズン終了に伴い今後は不定期連載となります。引き続き、応援のほどよろしくお願いいたします。
大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。