八村塁の変化と失われた取材の醍醐味。Zoomインタビューの是非【杉浦大介コラム vol.30】

選手との間で話を膨らませるのは困難

7月30日(日本時間31日)にフロリダ州オーランドでNBAの2019-20シーズンが再開されて以降、その熱い戦いはこれまで通りにスポーツファンを沸かせている。再開後、新型コロナウイルスの新規感染者はゼロ。総額1億5000万ドル以上が投じられた“バブル”は機能していると言え、8月中盤から始まるポストシーズンはさらに盛り上がるだろう。 もちろん、パンデミック下ではこれまでと様々な点で違いがある。バブルの中でもコート外の選手たちはマスクを着用しているし、可能な限りソーシャルディスタンスを保っている。プレイオフ第2ラウンドの開始までは家族の同行もNGなど、数々の制約がある中での生活を余儀なくされている。 選手たちだけではなく、私たちメディアの動きも劇的に変わった。現在の取材活動は、ほぼすべてがビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」を使用してのリモート。コンピューターやスマホの画面を通じて相手と向き合い、スクリーンの前に座った選手に質問を浴びせるというスタイルが定着した。多額の費用を払ってバブル内に入ったごく一部の記者は、ソーシャルディスタンスを保った上での対人インタビューが可能になっているとのことだが、そうした機会もかなり限られているという。

コロナ禍ではZoom取材が主流に。ディスプレイ越しのコミュニケーションにおける弊害とは

Zoomインタビューは基本、すべてグループ取材。他の記者と交代で質問するため、選手との間で話を膨らませていくのは容易ではない。自身の質問で良いコメントを引き出しても、他の媒体にもシェアされるため、独自の情報を手に入れるのは極めて難しい(もちろんその恩恵を受けることも頻繁にあるのだが)。 結果として、取材の醍醐味は奪われ、それぞれの選手に踏み込んだオリジナルの記事を書くのは至難の業となってしまった。ロッカールームでの選手との触れ合いが中心だったこれまでとは、メディアのあり方も別物になったと言えるだろう。

適応が求められる一方でメリットも

もちろん現在は非常事態下であり、不平不満を言うべき時ではないのは十分理解している。人と人の接触を減らし、ウイルス感染のリスクを可能な限り無くすのがスポーツイベント再開に向けた基本コンセプト。メディアに限らず、関わるすべての人がそれに同意したことでNBAの再開も叶った。そんな状況下で、たとえリモートでも取材できるだけありがたいという思いはある。 「2020年の中で、通常通りのことなんて何もない。いつノーマルな状態に戻るのかもわからない。ただ、アジャストメントを進めていくだけ。人生っていうのはそういうものさ。予期しないことも起こるけど、適応して、その状況に感謝するんだ」 レブロン・ジェームズはそう述べていたが、実際に今はメディアも適応が必要で、大切なのは置かれた環境でベストを尽くすことなのだろう。 先ほど、リモート取材の難しさ、失われるものについて記したが、一方で“不幸中の幸い”的なメリットも存在する。オンラインでのインタビューが可能になったことで、現場に足を運ばなくてもコメントが取れるようになった。経費を使わず、同時に複数のチーム、選手、競技を取材できるのである。これを“ポジティブ”と言って良いかはジャーナリズム的に微妙だが、自分を含め、恩恵を受けている媒体、記者が存在するのは事実に違いない。 具体例を挙げれば、八村塁のコメントが欲しくても、現地に記者を送り込むのが難しかった一部の日本メディアにとってメリットは大きいはずだ。今季半ば頃、ウィザーズ戦を現地取材する日本メディアはせいぜい4、5社だったが、今ではより多くの媒体から本人の言葉入りの記事が発信されるようになった。それと似たようなことは、世界中のメディア間で起きているはずである。

中断前の囲み取材の様子。これまで現地取材が困難だったメディアも、Zoom会見によって直接本人の声が聞けるように

Zoom取材を通して見えた八村の変化

また、リモート取材が中心になったことを喜ばしく思っている選手も少なくないだろう。自身のプレイや考えを伝えてくれるメディアは本来選手に必要なもののはずだが、常にありがたい存在とは限らない。ゲームに集中したいシーズン中、ロッカールームで延々と質問に応えなければいけない時間を面倒に感じるスタープレイヤーは多いに違いない。そんな選手たちにとって、時間が限定されたZoom会見は都合がいいものになり得る。 八村は今季を通じてメディア対応でもプロらしい姿勢を貫いたが、試合前後の取材時は短い返答で終わることが少なくなかった。それがシーズン再開後、リモート取材ではより深い受け答えが増えた印象がある。 「Zoomは(もう数を)やっているので慣れてきました。これからはこういう風になっていくと思う。僕はZoomでも大丈夫です」 そんな言葉を聞く限り、やはりリモート取材を好ましく思っているのだろう。ややシャイな印象がある八村には、多くの見知らぬ顔に囲まれる従来の囲み取材や記者会見より、Zoomでのやり取りの方がこなし易いのだろうか。 少々気になるのは、「これからはこういう風になっていくと思う」という言葉だ。これは八村独自の見解ではない。現在の流れを機に、直接取材の機会はこのまま減少するのではないかという見方、予測を最近はしばしば耳にする。 コロナ禍が続く現状ではリモート取材で納得しても、このスタイルの継続という方向性は記者としては受け入れがたい。ロッカールームやコートでの選手、関係者とのやり取りから、オリジナルの記事を用意することが取材の醍醐味。それを奪われることは、メディアの死活問題になりかねない。だとすれば、選手側にも今のやり方にあまり慣れられてしまったら困るのだが……。 こういったメディアのアクセスの問題は、コロナが収束してから改めて話し合われるだろう。パンデミックによってもたらされるすべての影響を推し量ることは、まだしばらくできそうにない。今できるのはZoomの画面を睨みながら、少しでも多くの情報を手に入れるべくベストを尽くすことだけなのである。いつかまた、アリーナ内で自由に動き回れる日が来ることを願いつつ。


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杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。

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