最近のNBAで新型コロナウイルス関連以外のビッグニュースといえば、リーグ75周年にあたる2021-22シーズンから公式球がウィルソンに変更すると発表されたことだ。 NBAジャージーのサプライヤーは1999年以降、プーマ、チャンピオン、リーボック、アディダス、ナイキと変遷してきた。しかしボールは1983年以降、一貫してスポルディング製。NBAが急速な発展を遂げる途上で、スポルディングのロゴ入り公式球はほとんどリーグの象徴のようになっていた。リーグ75周年を迎える2021-22シーズンからボールが変わることは、歴史的な変化と言って良いだろう。
「NBAの歴史上、公式球が変わったのは過去に1度だけです。1946~1983年はウィルソンのボールが使用され、1983年からはスポルディングのボールが公式球になりました。このようにサプライヤーが2社に限定されてきたことは、ボールの安定性を保ち、プレイヤーの要望に応えるという意味で利益がありました」 筆者のEメールによる取材に、NBAグローバル・パートナーシップ部門プレジデントのサルバトーレ・ラロッカ氏もそう述べている。
それでは、いったいなぜこの時期にボールのサプライヤーが変更になったのか。スポルディングの契約が切れる2020-21シーズンのあと、ウィルソンがNBAのパートナーに返り咲いた理由はどこにあるのか。 「ウィルソンはバスケットボールの発展とそのグローバル化のために、これまで大がかりな投資を行なってきました。彼らはNCAAの男女トーナメント、FIBAの3x3、複数の高校バスケットボール連盟などにもボールを提供してきました。私たちと同じように、バスケットボールを世界中で発展させたいという決意を持っています。そんなウィルソンとの協力関係をNBAは楽しみにしています」 ラロッカ氏はそう述べ、ウィルソンのバスケットボールに対するコミットメントを変更の理由として挙げた。アメリカで大人気のNCAAトーナメントで使用されていることもあり、実際にアメリカ国内ではウィルソンのボールは存在感がある。インターネットなどで調べても、その品質に対する評判は概ね良好だ。
もちろんNBAはスポーツエンターテイメント・ビジネスなのだから、背後で巨額が動いたことも容易に想像できる。2018年末、安踏体育用品(ANTA/スポーツウェアメーカー)を中心とする中国の投資家グループが、ウィルソンやルイビルスラッガーなどを傘下に持つアメアスポーツを52億ドルで買収。ご存知の通り中国でもバスケットボールは大人気だけに、タイミング的に、この買収劇とその後のNBAのボール変更が関連している可能性は高いかもしれない。 NBAとウィルソンとの契約の中身について問うと、ラロッカ氏からは「具体的な契約内容は話せない」という返答が返ってきた。ウィルソンがどのくらいの額を投資したのかもわからないが、いずれにしても今回の変更は、NBAにとってボールのクオリティ、ビジネスの両面で理にかなうものだったのだろう。 こうして新たな変化がもたらされ、2021-22シーズンでは37年ぶりに公式球となったウィルソンのボールがゲームにどんな影響を及ぼすかも注目されるはずだ。
そこで思い出されるのは、2006-07シーズンで試された新ボールの失敗だ。このシーズンでは合成マイクロファイバーの公式球が導入され、“デザイン、グリップ、質感、バウンドの均一感の分野で従来よりも大幅な改善がなされた”と喧伝された。しかし、蓋を開けてみれば選手からの猛反発に遭い、数か月で元のボールに戻されるという無残な顛末を辿っている。
そんな例は選手、関係者の記憶にも鮮明なのだろう。5月13日にボール変更が発表された後、元NBAプレイヤーのケンドリック・パーキンスは「今回はNBAの判断が正しいといいね。前回の変更時はオールスターブレイクまでも持たなかったから」とツイートしていた。 ただ、ウィルソンの新公式球に関しては、同じような懸念は不要かもしれない。この点について尋ねると、ラロッカ氏の返答は心強いものだった。 「2006-07シーズンで使用されたのは合成皮革のボールでしたが、ウィルソンから提供される新公式球はこれまでと同じ天然皮革の8枚パネル構成になります。ウィルソンはこれまで通りの素材を調達し、リーグ、選手たちとともに歩んでいくつもりです」 ウィルソン製の公式球の導入は、NBAにとって原点回帰であり、同時に新時代のスタート。それでもリーグとウィルソンの目論み通りなら、新球はプレイヤーからも特に抵抗なく受け入れられるのだろう。だとすれば、この変化が話題になるのは2021-22シーズンの開幕当初だけで、以降はスムーズに進んでいくのかもしれない。
杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。