問題児ステフォン・マーブリー、ティンバーウルブズ退団の理由告白「カルチャーショックだった」

ステフォン・マーブリーはアレン・アイバーソンやコービー・ブライアント、スティーブ・ナッシュらと同じ1996年のドラフトでNBA入りし、同世代屈指の攻撃的ポイントガードとして名を馳せた。ミネソタ・ティンバーウルブズでプロキャリアをスタートさせたが、アメリカ中西部北での生活は性に合わなかったと告白している。 ニューヨーク州ブルックリン出身のマーブリーは、1996年のドラフト1巡目4位でミルウォーキー・バックスに指名され、その後レイ・アレンとのトレードでウルブズ行きが決まった。同学年で、前年にNBA入りしていたケビン・ガーネットとコンビを形成し、「リーグで最も有望な若手デュオ」と期待されたが、3年目の1998-99シーズン途中にトレードを要求。最終的にニュージャージー・ネッツ(現ブルックリン・ネッツ)へ移籍した。 2018年に現役を引退し、現在は中国でヘッドコーチを務めるマーブリーは『heavy.com』のポッドキャストに出演し、当時ウルブズで“プレイを続けたくなかった理由”を明かした。 「『もし』は存在しないが、ケビンとプレイするのは好きだった。ミネソタでプレイするのも好きだった。ただ、ミネソタで7年間を過ごすことはできなかった。俺は黒人、白人、中国人、プエルトリコ人、イタリア人……、様々な人種が集まるニューヨークで育った。ミネソタは白人の街だ。俺はジョージア工科大時代のアトランタを離れ、黒人がたくさんいる場所からその比率がわずか6%の土地へ移った。俺にとってはカルチャーショックだったよ」 ニューヨーク、アトランタと黒人の多い都市で生活してきたマーブリーにとって、人口の約9割が白人で黒人は1割にも満たないと言われるミネソタへのアジャストは難しいものがあったという。また、カナダに隣接し、寒い冬でも知られる気候もネックだったようだ。 「バスケットボールだけじゃない。そこに留まり、プレイできなかったとは言わない。でも、雪が降ると凄まじく寒かった。目を覚まして、防寒をしないまま外に出たら死ねるくらいにね。俺はそんなことで死にたくない。生き方の違いの問題で、アイスフィッシングも好きだけど、俺が本当に思い描いていたものとは違ったんだ。今の俺は年齢を重ねて、どんなことにも対応できる。でも当時は18~19歳。すごくタフだった」 現役時代から歯に衣着せぬ発言や自己中心的な行動で知られてきたマーブリーだが、ミネソタの地は“繊細”な自分には合わなかったと主張していた。

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