ドリームジョブを掴んだ男。ウィザーズ公式特派員・ザック生馬氏インタビュー(前編)【杉浦大介コラム vol.14】

今季から八村塁がプレイするワシントン・ウィザーズは、昨年9月下旬、チームの日本デジタル特派員としてザック生馬氏(以下、ザック氏)をスタッフに加えた。以降、ウィザーズは日本語のウェブサイト、公式ツイッターなどを開設。ザック氏による試合前後のレポート、ポッドキャスト、さらにはビデオシリーズ「ウィザーズ密着24/7」などは日本のファンにもすっかり人気となった。また、バイリンガルのスポーツキャスターとして経験豊富なザック氏も、NBAファンにはお馴染みの存在となった感がある。 このような日本語情報コンテンツが生まれた経緯、シーズン半ばまでの成果、さらに今後の方向性を探るべく、今回じっくりと話を伺った。ウィザーズの公式特派員を“ドリームジョブ”と呼ぶザック氏。その言葉からは、八村とは違った形で米4大スポーツのパイオニアとなった、ジャーナリストの喜びと興奮が伝わってきた。

「一番大事だと思ってきたのは、映像に字幕をつけること」

――八村選手同様、ウィザーズの日本語公式サイトも今シーズンが1年目です。ここまで、やりたかったことはどれだけ出来てきていますか? ザック: シーズン開幕時、まずベースとして試合前、試合後のレポート、あとは週2回くらいのペースで密着系の企画、そして週1回くらいのペースでポッドキャストをやっていこうと目標を立てたんです。それらをこなすという点では、僕の上司にあたるウィザーズの代表取締役ジム・バン・ストーンさん、制作部のボスであるジム・コワーズさんの期待に応えられているんじゃないかと思っています。 ――仕事を始めて見えてきた難しさは? ザック:NBAの日程の厳しさはよく知られていますが、難しさは移動の大変さや疲労などではなく、企画ものやポッドキャストを進める時間がないことです。企画ものを試合日にやるのは難しく、練習日にしかできないんすよね。シーズンが始まると試合数が多く、仕切り直してこういう企画をやろうとか、考えていく余裕がなかなかない。 ゲーム前後のレポートだけでも多くの人が見てくれるので、試合が多くあることはコンテンツを作るうえでありがたいのは確かです。その部分の手応えはあるのですが、本当は慣れてきたら最低限以上のものをやっていきたいという気持ちがありました。ただ、いざシーズンが始まると、本当に時間がない。ウィザーズは3月に16試合と、ほぼ2日に1戦あるわけで、試合のレポートだけでも手一杯になってしまうなと感じてます。  ――少し振り返っていただいて、もともとウィザーズが日本語サイトを立ち上げる経緯はどのような流れだったのでしょう? ザック:ウィザーズが昨年のドラフトで八村選手を指名し、多くの日本メディアが八村選手を追いかけること自体はみんな予期していました。しかしドラフト翌日、ワシントンDCで行われた入団会見に集まったメディアの数に、ジム・バン・ストーンさんは驚いたそうです。これは自分たちが情報を発信していくチャンスだし、責任もあると感じたと。そんな経緯から、僕が特派員、小野口大衛さんが編集&カメラマンとなり、日本語コンテンツチームが結成されたんです。今ではデジタル・スペシャリストとして新川諒さんも加わり、3人のチームになりました。 ――当初、仕事の具体的な内容としてはどのような説明を受けたのでしょうか? ザック:“臨機応変に”と言うとまるでプランがなかったように聞こえるかもしれませんが、リソースはあるから、まずチームを組みましょう、その後にどういうものができるか考えていきましょうという感じでしたね。「こうして欲しい」「こうしなければいけない」というルールは提示されず、「君がいいと思うスタイルでやってくれ」という風に。それなら、試合前後のレポート、八村選手や他の選手のインタビュー、コーチのインタビューをやっていこうということになったんです。 ――「これだけはやっていきたい」というこだわりは? ザック:一番大事だと思ってきたのは、映像に字幕をつけること。ウィザーズを日本で知ってもらうために、八村選手の言葉を伝え、彼のNBAキャリアを記録していくというのももちろん大切です。それに加え、ジム・バン・ストーンさんには“ウィザーズを日本の非公式のNBAチームにする”という青写真がありました。僕はウィザーズに雇われているので、ウィザーズを日本で盛り上げていきたい。そのためには、僕たちが発信するコンテンツはできるかぎり和訳して、字幕をつけて、日本の人に見て、聞いてもらいたいと思ったんです。 上司からは映像に字幕をつけろとは言われていなかったのですが、僕は最初からそれをやれば、選手、コーチが話してくれるレベルの高い内容、興味深い話を、日本のファンがしっかり見てくれるんじゃないかと思っていました。そこがキーポイントで、重点を置いてきた部分。日本語コンテンツチームの3人はみんなバイリンガルなので、目標を実現させることが可能になってきたんです。

ツイッターで配信される会見の映像には、必ず字幕が付けられている。提供:ワシントン・ウィザーズ

「NBAの6チームのメインアカウントよりも、僕たちのアカウントは活躍している」

――最近になって、秋山翔吾選手を獲得したMLBのシンシナティ・レッズもツイッターの日本語アカウントを開設しました。自分たちがパイオニアになって、米メジャースポーツのチームが日本マーケットにより力を入れてくるんじゃないかという予感は感じていますか? ザック:今まで取材を受けてきたときに、これはある意味で米4大スポーツのチームが日本人選手を迎え入れたときのパイロット版というか、パイオニアのケースになるんじゃないかと言われたことがありました。考えてみると、確かにそうだよなと。ただ、今後、他のチームが同じモデルを辿ってできるかというのは、僕には何とも言えないところです。条件として、おそらく2つが揃ってなければいけないと思っています。 ――その条件について話していただけますか? ザック:まず選手がバイリンガルだからこそできるというのはあります。MLBでは新しい日本人選手を迎えるにあたり、チームが通訳、広報といった方々をつけるのが通例でした。今後も通訳、広報のセットと、日本語コンテンツチームのどちらを選ぶかと言われたら、やはり前者なのかなと。その点で、八村選手はバイリンガルで、日本語、英語のインタビューを難なくこなすので、通訳はもともと必要ありませんでした。そういう選手でなければ、僕たちのチームは成り立たなかったんじゃないかなという気がします。 ――なるほど。それではもう1つの条件とは? ザック:MLBは保守的なので、制作部にそこまで重点を置かなくても良いと思っているチームはまだいるかもしれません。一方、NBAは4大スポーツの中でもリベラルでプログレッシブなリーグ。今年もオールスターのルールを変えたことに代表されるように、次に何をやったら面白くなるかということを常に考えています。ウィザーズが日本語コンテンツチームを作ろうと考え、すぐ導入したのも、NBAのチームだから恐れずに踏み切ることができたんじゃないかなという気がします。 ――受け入れる側もプログレッシブでなければ難しいということですね。今年のオールスターの前にリリースが来て、「ウィザーズの開幕戦の際、日本から3000人のファンが観戦に来た」とか、「公式ツイッターのフォロワーが3万4000人以上に達した」とか、素晴らしい数字が紹介されました。こういった結果はチームから正当に評価されていると感じられますか? ザック:そう感じています。アメリカの会社というのはポジティブなので、八村選手のインタビューの視聴者がすごい数字だったとか、他のスタッフが褒めてくれたり、“チーム全体がよく頑張っているね”とかみんなが声をかけてくれます。全米中継されたオールスターのライジングスターズの際にも、生中継の中で僕たちの日本語アカウントが紹介されたりしました。 ウィザーズの日本語アカウントはあくまでメインではなくサブアカウントなんですけど、ここ2か月の総インターアクションの数が全体で24位だったそうです。つまりNBAの6チームのメインアカウントよりも、僕たちのアカウントは活躍しているということ。こういった結果に関し、オーナーのテッド・レオンシスさんからも称賛をいただきました。 (後編に続く)

杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。

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