シクサーズのラストピースとなれるか?NBA界の苦労人ジミー・バトラー

壮絶な人生が作り上げたジミー・バトラーという人物

米国のプロスポーツ界において、現在はスーパースターながら、幼少期は信じがたい壮絶な人生を歩んでいる選手は意外に多い。未だに根強く残る人種差別など、その要因は計り知れないのだが、ジミー・バトラーもまた、幼少期に人生を棒に振る行動を起こしても何らおかしくない環境下で育っている。 テキサス州ヒューストンで生を受けたバトラーだが、生後間もなく父親は蒸発。母子家庭で貧しい生活を送りながらも、母からの愛情により真っすぐに育ったNBA選手は他にも多く存在する。しかし、バトラーの場合は違った。 彼が13歳の時、外見が気に入らないという理由で家を出ていくよう母親から命じられているのだ。まだ親元から自立するには早すぎる年齢にもかかわらず全てを失ったバトラー。その後、居候という形で友人の家を転々としながらも大好きなバスケットは続けた。 高校3年生の夏、ジョーダン・レスリーという仲の良い後輩の家に上がると、レスリー一家がバトラーを家族同然のように暖かく迎えてくれた。彼は長期間レスリー家にお世話になり、第二の家族と呼べる存在を手にすることになる。 だが、金銭的に乏しい状況に変わりはなく、また、残念ながらこの時点で大学やプロのスカウト陣から目のかかるプレイヤーとまでは成長していなかったバトラーは、高校卒業後はバスケの名門とは決して呼べないタイラー・ジュニアカレッジという短大へ進学することとなる。 短大でも全力でプレイするスタイルは変わらず、周囲からその実力が認められ始めると、複数の大学から彼に奨学金オファーが入った。ケンタッキー大学をはじめとする複数の名門校からの推薦にバトラーは迷ったが、学力面でも名高い古豪マーケット大学を選択。 転校後もチームプレイを優先するスタイルだったバトラーは、現在のようなスーパースターとは呼び難い存在だった。それでもチームの中心選手として勝利をもたらす姿がスカウトの目に止まり、晴れて2011年のドラフト1巡目30位でシカゴ・ブルズへの入団を果たすこととなる。 ルーキーシーズンこそなかなか出場の機会を得られなかったバトラーだったが、2年目に入ると、当時ブルズのスターティングメンバーだったルオル・デンのケガを機に、先発出場の機会を得る。 バトラーの基本に忠実で、守備を疎かにせず、要所でアウトサイドシュートを決めるプレイスタイルがヘッドコーチのトム・シボドーの目にも止まり、82試合すべての試合への出場を果たすこととなる。 シボドーは基本的に信頼を寄せるベテラン選手を起用する場合が多いのだが、バトラーは翌2012-13シーズンからスターティングメンバーに定着するほどの信頼を勝ち取った。この年から平均38.7分の出場時間を得ると、オールディフェンシブ2ndチームへ選出されるほど、頭角を現し始める。 その後、持ち前のディフェンス力に加えてオフェンス力に磨きをかけると、4年目となる2014-15シーズンには初のオールスターのメンバーに選出され、瞬く間にトップ集団の仲間入りを果たすこととなる。 同シーズンには最も成長した選手に与えられるMIPも獲得している。2015-16シーズンにチームとMAX契約を結ぶと、1月のトロント・ラプターズ戦では42得点中40得点を試合の後半のみで叩き出し、マイケル・ジョーダンが持つ後半戦39得点というチーム記録を塗り替えた。 2月のミルウォーキー・バックス戦ではキャリアハイとなる53得点を記録。MAX契約に見合う活躍をし、ケガがちなデリック・ローズに代わり、名実ともにエースと呼べる存在へと成長を遂げたのである。

ミネソタ・ティンバーウルブズへの移籍

2017年には、再建を図るチームの意向で大型トレードの中心人物としてミネソタ・ティンバーウルブズへ移籍が決まる。ドラフト1位指名コンビのアンドリュー・ウィギンスとカール・アンソニー・タウンズと共にビッグ3を結成し、強豪ひしめくウェスタン・カンファレンスでも上位進出が期待されたのだが、バトラーは結果的に1年でウルブズを後にすることとなる。 身体能力は高いながらも、ディフェンスへ対する意識の低さが明瞭なアンドリュー・ウィギンスとバスケットへ対する姿勢の違いから衝突。続いてカール・アンソニー・タウンズとの不仲説も浮上し、実質チームは崩壊している状態に近かった。 ジミー・バトラーの真面目で、タフで、バスケットへ対する熱心さや勝利への飢えが強すぎるが故に、裏目に出てしまった結果なのかもしれない。今オフ、トレードを要求していたバトラーはメディアデーとトレーニングキャンプへの不参加を表明。 同時期に、バトラー放出を決意するかのようにチームはカール・アンソニー・タウンズとの契約延長を発表した。トム・シボドーの意向もあり、シーズン開幕後までトレードは実現されなかったが、現地時間11月12日に発表された大型トレードにより、バトラーは晴れてフィラデルフィア・セブンティシクサーズの一員となることとなる。

シクサーズ、若手とジミー・バトラーの融合でイーストトップに躍り出るか!?

誰よりも辛い過去を持つジミー・バトラーだからこそ、その負けん気の強さ、ストイックさを持ち合わせ、時にはそれがチームメイトとの衝突にも繋がる。しかし、裏を返せば、それは若手の成長を促し、カンフル剤としてチームレベルを引き上げる存在になれることを示している。 ウルブズ同様、現在のフィラデルフィア・セブンティシクサーズにはスーパースターへの階段を上っている若手がいる。既にリーグNo.1センターとの呼び名が高いジョエル・エンビードと、208cmの長身フロアリーダーで、昨年に新人王を獲得しているベン・シモンズだ。 特にジョエル・エンビードはSNSでお騒がせな一面もあり、精神的に未熟と謳われるケースもあるが、勝利に飢えているという、バトラーと大きな共通点が存在する。 そして、シクサーズには既に優勝を見据えた戦力が揃っている点も、バトラーを中心にチーム一丸と成り得る可能性を高めている。バトラー加入後、チームは7勝2敗と好調を維持し、バトラー自身、11月17日のホーネッツ戦と11月25日のネッツ戦では勝利を決定づけるブザービーターを既に2回も沈めており、仲間との絆も深めているに違いない。 現リーグにおいて優勝を果たすにはチームにスーパースターと呼べる選手が複数人いることがもはや絶対条件となりつつある。シクサーズとしては、まずはバトラーとの再契約を確実なものとし、ジョエル・エンビード、ベン・シモンズと共に優勝へ向けて突き進む算段をつけたいところだ。 ウルブズからのトレード騒動中、チーム練習内で「俺がいなきゃ勝てないんだろ」など、仲間やスタッフに攻撃的な言葉を浴びせたこともあり、一見お騒がせなイメージが染みついてしまったバトラー。 久しぶりのバスケットに感情的になったと本人も反省しているが、その言葉の通り、本来のバトラーはとてもチームメイト想いでもある。つい先日のことだが、ウルブズが11月5日のクリッパーズ戦と11月7日のレイカーズ戦のために敵地ロサンゼルスへ乗り込んだ時のことである。 間の11月6日がオフとなり、チームメイトのタイアス・ジョーンズは彼の母校であり、弟が入学したデューク大の開幕戦を見ようとインディアナポリス行きの航空券を探していたのだが、空席が見当たらずに困り果てていた。 その状況を知ったバトラーは、なんと自身のプライベートジェット機をチャーターし、タイアス・ジョーンズの試合観戦を実現させたという。そのスケールの違いにただただ驚かされるばかりだが、バスケットへ対する情熱と、このような仲間想いな一面があるからこそ、今回のような騒動が起きてもバトラーから心が離れない人々が多いのかもしれない。 新天地でバトラーがフィットし、チームが本格的に浮上する頃、シクサーズはイースタン・カンファレンスで最も恐れられる存在に変貌しているに違いない。

NBAライター ゆーきり 幼少期の10年間をアメリカで過ごす。初めて行ったNBA観戦で間近で見る選手に強い衝撃を受けNBAにどっぷりのめり込み、自身もバスケットボールを始める。ファン歴は20年を超え、これまでの自身の知識を発信しNBAファンを増やしたいという想いから、ブログ「NBA journal」を開設。現地の情報をもとに、わかりやすくもマニアックな内容を届けることを意識し、日々奮闘している。

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