再生の物語【大柴壮平コラム vol.7】

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アンソニー・デイビスの移籍に揺れたペリカンズ

この夏は大型トレードが相次いだ。その中でも、最も巷間の口端に上ったのはアンソニー・デイビスの去就だろう。デイビスは2012年のドラフト全体1位指名でリーグ入りして以来、2年目以降は毎年オールスターゲームに出場、オールNBAファーストチームに3度選出されるなど、期待に違わぬ活躍を見せてきた。そのデイビスが移籍するとなれば、ファンの関心が集まるのはごく自然である。しかし、この移籍の報道は過熱し、ある種の騒動になった。それには理由がある。 デイビスがペリカンズにトレードを志願したとの報道が出たのは今年の1月である。デイビスは、自分が行きたいのはロサンゼルス・レイカーズであり、それ以外のチームにトレードされた場合は契約延長しないとペリカンズ側に伝えたという。これを発端に、デイビスを手放したくはないが、もし手放すなら最大限の見返りが欲しいペリカンズ、突然移籍先に指名されたレイカーズ、そしてあわよくばデイビスを横取りしたいボストン・セルティックスが舞台に登場。各チームの思惑、デイビスとレブロン・ジェームズの共通の代理人リッチ・ポールの存在、見返りに放出されると噂された選手たちの心情など、話題に事欠かない人気ドラマが幕を開けた。 ドラマはトレードデッドラインでは決着せず、第2幕がオフシーズンに始まった。ペリカンズはドラフトロッタリーで1位指名権を獲得し、ザイオン・ウィリアムソンを指名するチャンスを得た。チームはこれを材料にデイビスに翻意を促したが、適わなかった。結局2019年7月6日、デイビスはレイカーズに移籍。ペリカンズは見返りに、ロンゾ・ボール、ブランドン・イングラム、ジョシュ・ハート、2人の1巡目ルーキー、そして3つの1巡目指名権を得ることになった。

フロントの慰留も空しく、デイビス(右)はレイカーズでレブロンとタッグを組む道を選んだ

覚醒するイングラム

デイビスの移籍が決まった時点で、ペリカンズの中心はザイオンに決まった。ザイオンは高校生の頃から期待されていた逸材で、デューク大学でもその圧倒的な身体能力を活かして活躍した。おそらく、ペリカンズがデイビスの見返りで最も重要視したのは、指名権の数だろう。ザイオンの成長に合わせて適切なポジションの選手を加えていくことができれば理想的である。可哀想なのはボール、イングラム、ハートの3人で、ついこの間まではレイカーズのヤングコアと呼ばれていたはずが、このトレードでは指名権のおまけのような扱いを受けることになった。 中でも、最も内心穏やかではなかったのがイングラムだろう。イングラムはルーキー・イヤーから年々成長を続け、昨シーズンは平均18.3点という数字を残した。特に2月22日以降は6試合連続で20点超え、そのうち2試合で30点以上を記録したが、3月3日のフェニックス・サンズ戦で25得点と活躍した後に血栓が見つかり、シーズン終了となった。本人も手応えを感じていただろうに健康面でその流れを断ち切られ、さらにオフシーズンはトレードの駒にされたのだからさぞかし無念だったろう。ドラフト同期の選手たちは、このオフに次々と契約延長にサインした。ペリカンズもイングラムと契約延長をする権利はあったが、交渉の場を持たなかったという。血栓再発の心配や、ザイオンの育成など、イングラムに先行投資できない理由がペリカンズにはあったのだ。1位指名だったベン・シモンズはおろか、自分より下位指名だった同期の選手たちにも抜かれていったのだから、彼の胸中は察するに余りある。 そのイングラムが、これまでの鬱憤を晴らすかのように開幕から大暴れしている。出場9試合で平均25.9点、7.3リバウンド、3.9アシストと、メインカテゴリー全てでキャリアハイのペースを記録しているのである。学生時代のイングラムは、身長201cm、ウイングスパン221cmの恵まれた体を持ちながらもアウトサイドから器用に得点できることから、しばしばケビン・デュラントと比較されていた。しかし、これまではNBAのスリーポイントラインに対応できないことが大きな足かせとなり、その能力を十分に発揮できていなかった。今シーズンはここまで1試合平均5.4本試投して2.6本成功しているが、これを昨シーズンと比較すると3倍スリーポイントを打って、4倍沈めている計算になる。デュラントと比較された逸材が、ついに覚醒のときを迎えている。

開幕ダッシュに失敗したペリカンズだが

そんなイングラムの活躍も虚しく、ペリカンズは本稿執筆時点で2勝8敗と出遅れている。ペリカンズが勝てない理由は、ディフェンスにある。ディフェンスレーティングの113.1はリーグでも下から3番目。今シーズンのペリカンズは、レイカーズから来た3人の他にも、ユタからデリック・フェイバーズ、FA市場からJJ・レディックを獲得し、メンバーが大きく入れ替わった。チームディフェンスを一から構築しなければならい状況だが、開幕3戦目以降はホリデー、フェイバーズ、ボール、イングラムと主力が入れ替わり立ち替わり怪我で欠場となったため、チームディフェンスの構築はおろか毎晩ローテーションの変更を余儀なくされた。怪我はつきものとは言え、シーズン序盤にこれだけ頻発したのは不運だったとしか言いようがない。 苦戦しているディフェンスと比べると、ペリカンズのオフェンスは悪くない。オフェンス・レーティングはリーグ全体の12位につけている。これはまぐれではなく、近年のセオリー通り制限エリアとスリーポイントのアテンプトを増やし、ミッドレンジのシュートを減らしている結果である。特に左コーナからはリーグ1位の5.7本試投、右コーナーからはリーグ2位の5.2本を試投している点は特筆すべきだろう。 期待のザイオンは、12月にデビューすると言われている。怪我の連鎖が一段落し、ディフェンスの精度が上がる。そこにザイオンが加入する。構築されたシステムの中でザイオンもしっかりとNBAレベルのディフェンスに慣れていく。元々ペースの早いペリカンズのオフェンスでザイオンの能力がいかんなく発揮される。プレイオフに滑り込むと、ファーストラウンドの相手はあのロサンゼルス・レイカーズだった。そんなことになれば、1月から始まったこの物語も、人気ドラマにふさわしい素敵なエンディングを迎えることができそうである。


デイビスがトレードを志願した時点で、彼の契約期間は1年半残っていた。あの時点でトレードを志願するというのは異例である。いや、異例というより異常である。こうした強硬手段がまかり通れば、チーム側がどんなに入念に長期計画を立てようが、一瞬で水泡に帰すことになる。この夏は、カワイ・レナードがポール・ジョージを誘って共にロサンゼルス・クリッパーズに移籍するという椿事もあった。スター選手が自らGMとなって動く時代が到来している。早晩、この夏のできごとも異常や椿事ではなくなるだろう。時流は止まらないし、それに乗るスターに罪はない。 しかし、私には当世風のスーパーチームは少し冷たく、そして遠く感じられるのである。今シーズンの主役がカリフォルニアの2チームであることは疑いようがないが、私にはペリカンズ再生の物語の方が興味深い。スターが去ったフランチャイズにやってきた元エリートが、新米のスター候補生と共にチームを勝利に導く。映画の題材にするならこちらを取りたいと、私なら思うが皆さんはどうだろうか。

大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。Twitter:@SOHEIOSHIBA

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