爽やかな笑顔と丁寧な語り口は変わっていなかった。現地10月25日、メンフィスで行われたシカゴ・ブルズとのホーム開幕戦でのこと。グリズリーズのロッカールームで久々に顔を合わせると、渡邊雄太は屈託なく微笑んだ。 「自分がその中の1人なので、“自分たちがやっていることがすごい”みたいなのはあまり実感はないんです。ただ、やはり歴史の中で見たら、トレーニングキャンプに3人参加し、(八村)塁はドラフトされて、すぐに活躍もしてますし、そういうのを見るとすごいのかなとは感じます」 今季は八村塁(ワシントン・ウィザーズ)、馬場雄大(Gリーグ:テキサス・レジェンズ)、そして自身と3人の日本人選手がNBA に挑んでいることを指摘しても、いつも通りに落ち着いた返事が返ってきた。自分自身と周囲を過大評価も過小評価もせず、あくまで自然体。そのトリオの中でも最年長で、NBAでも2年目を迎えたオールラウンダーの落ち着きが感じられた。 ただ、グリズリーズと結んだ2ウェイ契約も2年目を迎えた渡邉は、今季開幕戦、ホームオープナーではどちらもベンチ入りはかなわなかった。ケガ人が多かった11月4日のヒューストン・ロケッツ戦では今季初めて選手登録されたものの、プレイ機会はなし。勝負のはずのシーズンで、幸先良いスタートを切っているとは言えない。 「自分が実力をつければいいだけで、全然言い訳をするつもりもないです。自分が力をつけて、コーチ陣にアピールできれば出場時間ももらえるようになってくると思うので、そこはもうとにかく“今は我慢して”という感じですかね」 殊勝にそう述べていた渡邉だが、悔しさがあるのは容易に想像できる。特に今夏のサマーリーグでは4試合で平均14.8得点、7.3リバウンド、1.5アシストという好成績をマーク。攻守両面でよりたくましさを感じさせるプレイをみせ、2年目の飛躍に向けて準備が整っているようにも見えた。その機会を発揮するチャンスがなかなか訪れないことで、もどしかさを感じていたとしても当然である。
もっとも、今は我慢の時で、いずれ必ずチャンスが来ると信じているのも事実なのだろう。2年目のジャレン・ジャクソンJr.、ルーキーのジャ・モラントが中心となった現在のグリズリーズは完全に再建状態。案の定、開幕から1勝5敗という厳しい滑り出しで、今後も負けが増えることが予想される。そんな中で、これから先、ベンチメンバーや2ウェイ契約の選手にも徐々に目が向けられ始めるはずだ。 「やれる力もついてきているとは思うし、チャンスをもらえればチームのために貢献できるという自信もあります。ケガ人が出たとしても、プレイするのは最後の方だと思うので、そういう時にいかにちょっとでもアピールできるかっていうのが大切になってくる。今はとにかくそのチャンスを待って、しっかりそれを活かせるように、努力を続けていくという感じですかね」 長いシーズンはまだ始まったばかり。今は力を蓄えておくべきなのだろう。ポジティブな要素も少なからずある。2年目を迎えてプレイ時のメンタルには多少なりとも余裕が生まれ、身体も明らかにより強靭になった。同時に今季から新HCに就任したタイラー・ジェンキンスが好むアップテンボのスタイルはやりやすいのだという。 実際にシステム的にもフィットし、それがサマーリーグでの好成績につながった感があった。だとすれば、ペリメーターでのディフェンスに秀でたオールラウンダーが、今季中のどこかで登用され始める可能性は少なからずあるはずだ。 まずは11月8日から始まるGリーグの戦いで昨季同様に好成績を叩き出し、地道にアピールをしておきたいところだろう。奇しくも今季のGリーグ開幕は、いきなり馬場雄大が所属するテキサス・レジェンズとホーム&アウェーで2試合。日本代表でも仲の良い盟友との対戦は、弾みをつけるのには絶好の機会になる。 「試合時間も重なりますし、(八村、馬場とは)最近はあまり連絡も取ってないです。ただ、雄大に関してはハッスルの初戦と2戦目がレジェンズ戦となんで、それはすごい楽しみにしています。ウィザーズと対戦する時も、自分がコールアップされて、塁と同じコートに立てれば本当に楽しいだろうと思うので、そうなるためにも頑張らなければいけません」 必要以上に慌てたり、先走ることなく、当面のことに目をやれるのが渡邉の長所でもある。課題として挙げられるフィジカルとロングジャンパーを強化し、2年目の成長を証明していかなければならない。日本人トリオを形成する八村、馬場からも刺激を受けながら、このリーグで生き残っていけるだけの能力を誇示していかなければいけない。 「(今年の目標は)本契約です。2ウェイ契約の2年目ということで、今シーズンに本契約をつかまなければいけないというのもあります」 明確な目標を掲げたサウスポーの勝負の年が、ようやく本格的に始まろうとしている。25歳になった渡邉に残された時間は多いとは言えないが、それでもNBAのシーズンは短距離走ではなくマラソン。スパートの時期は必ず来る。じっくりとスタートし、収穫の季節に向けて、少しずつでも確実に前に進んでいって欲しいところだ。
杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。Twitter:@daisukesugiura