9月24日、ブルックリンのインダストリー・シティにあるネッツの練習施設で行なわれたショーン・マークスGMの記者会見でのこと。この日は主力選手が表舞台に出てくるわけでもないのに、会見場は超満員になった。開始ギリギリに到着した筆者は、壁際で“立ち見”をしなければならなかったほど。そんな現場を目の当たりにして、どこか懐かしさを感じずにはいられなかった。 2012年に華やかなファンファーレとともにブルックリンに移転した直後は、常にこんな雰囲気だった。その翌年、ケビン・ガーネット、ポール・ピアース(ともに当時ボストン・セルティックス)を獲得する大型トレードの際には、バークレイズ・センターのフロアを使用して盛大な会見が開催されたのだった。時は流れ、2019年。近年は影の薄いフランチャイズになっていったネッツの周囲に、当時を彷彿とさせる活気が戻りつつある。 「私たちは最高レベルで競い合い、究極の目標を目指していく」 マークスGMが壇上でそう宣言した通り、今後のネッツはNBAの頂点に狙いを定めて進んでいくのだろう。昨季42勝を挙げて久々にプレイオフに進んだチームは、今オフ、フリーエージェント(FA)の目玉だったケビン・デュラント、カイリー・アービングの獲得に成功。さらにディアンドレ・ジョーダンとも契約し、新たな“ビッグ3”を揃えた。キャリス・ルバート、スペンサー・ディンウィディー、ジャレット・アレン、ジョー・ハリス、ロディオンズ・クールッツといった昨季からの主力と合わせ、ブルックリンに新たなパワーハウスが誕生するに至ったのである。 同じニューヨークに本拠地を置くニックスが狙っていたデュラント、アービングを揃って“強奪”したインパクトは大きい。この2人がいるチームが話題を集めないはずがない。今オフ、ジョセフ・ツァイ新オーナーに運営が引き継がれたことも上昇機運に拍車をかけている。そんな中で迎えた2019-20シーズン一発目のイベント。マークスGMの会見での熱気は、今後のさらなる盛り上がりを予感させるのに十分だった。 もっとも、今季のネッツは新戦力の力を借りていきなり突っ走る、と予想されているわけではない。新加入のスーパースター・デュオのうち、デュラントは昨ファイナルで負ったアキレス腱断裂のリハビリ中。早期復帰を予想する声もあったが、24日の会見でマークスGMは否定した。 「ケビンは今季欠場する見込みと想定している。彼のリハビリに対するアプローチは素晴らしく、チーム全体にエナジーを持ち込んでくれる。しかし、大切なのは長期的なプランがあること。エリート選手が復帰し、素晴らしい状態でコートに立つために必要なことをすべてやるのが重要だ」
もちろん選手は1日でも早くコートに立ちたいと思うもので、デュラント本人は早期復帰に向けて全力を挙げてくるのだろう。スケジュール的には来年3~4月には準備が整う可能性もあるとされており、プレイオフ時期に電撃カムバックが話題になることは十分に考えられる。ただ、真偽はどうあれ、一般的に昨ファイナルでのデュラントは“強行出場が災いして重傷を負った”とみなされているだけに、今回は少なからず慎重になるのではないか。30歳のデュラントと4年契約を結んだネッツは、今季は背番号7抜きでの構想を思い描いていることは間違いない。 だとすれば、2019-20シーズンのネッツを短絡的に“イースタンの優勝候補”などと考えるべきではない。今季は、来年以降の本格的な上位進出に向けて、マークスGM、ケニー・アトキンソンHCを軸に新たな方向性に足を踏み出すシーズン。中でも新エースとなるアービングが、ルバート、ディンウィディー、ハリスといった昨季からの主力とケミストリーを構築するのが最優先事項になる。 アービングをチームに溶け込ませることは、そう簡単なことではないかもしれない。27歳のスコアリングPGは稀有な得点力を持った選手ではあるものの、周囲を巻き込むのが上手な生粋のリーダーというわけではない。セルティックスの看板選手だった昨季も、アービングはジェイソン・テイタム、ジェイレン・ブラウン、テリー・ロジアーといったセルティックスの若手たちと不仲だったと伝えられた。 “生え抜きの若手タレントを中心に前年成長を遂げたチーム”という点で、今のネッツと昨季のセルティックスには共通点がある。似たような状況で、アービングは今度こそ上昇気流に乗ったチームにフィットしなければならない。キャブズ時代はレブロン・ジェームズ(現ロサンゼルス・レイカーズ)という大黒柱の隣で勝負強さを発揮したアービングだが、ここでエースとしてチームを勝利に導けると証明しなければならない。 「(旧メンバーと新加入選手の融合は)興味深い挑戦になる。他のオーガニゼーションから来た選手たちが、このチームに何をもたらしてくれるかが楽しみだ」 マークスGMもそう述べていた通り、献身的なカルチャーを作り上げてきたネッツにとっても、そこにスーパースターを迎え入れるのは未経験のステップである。昨季の経験を糧にアービングが適応してくれるという楽観論は少なくないが、うまくいかなかった場合、せっかくの上昇ムードがデュラント不在の間に沈滞することになりかねない。そういった意味で、まだ優勝争いに向けての準備段階だとしても、今季が極めて興味深いシーズンになることは間違いない。 2015-16シーズンは20勝62敗、2016-17シーズンは21勝61敗、そして2017-18シーズンも28勝54敗。先述のガーネットとピアースを獲得するトレードが大失敗に終わって以降、近年のネッツは極端なタレント不足に苦しんできた。しかし、そんな位置から昨季に一気に浮上し、今では“パワーハウス”と呼び得る位置にまで上昇したことはほとんど驚異的だった。マークス、アトキンソンという優れたリーダーシップを確立した躍進フランチャイズは、このままブルックリンに新時代を築けるか。 不安要素もあるが、楽しみで、フレッシュで、魅力的なチームであるのは間違いない。話題性ではニックスをも凌駕するネッツによる、ニューヨークの新たなムーブメントがまもなくスタートを切ろうとしている。
杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。Twitter:@daisukesugiura