2019年、トロント・ラプターズがフランチャイズ史上初の王者へと輝いた。オールスター選手を5人擁し、当初3連覇が確実視されていたディフェンディングチャンピオンのゴールデンステイト・ウォリアーズだったが、ケガ人が続出する緊急事態が発生。 その一方、カワイ・レナードに次ぐ二番手エースとして頭角を現し、特にシーズン後半からはオールスター級の活躍でチームレベルを大幅に引き上げたパスカル・シアカムの活躍大きく、ラプターズが新時代の扉をこじ開けた。我々は歴史が変わる瞬間を目の当たりにしたわけだが、ラプターズの優勝、そしてシアカムの活躍は、今後アフリカ勢をNBAへと招き入れる大きなきっかけともなることが予想される。 今回は優勝の立役者であり、2019 NBA AWARDSでMIP(Most Improved Player)賞を受賞した成長著しいライジングスターであるシアカムの実力に迫りたい。
身長:206cm 体重:104kg ウィングスパン:222cmというカメルーン出身の25歳の新生が、今季のMIP候補の筆頭となっている。おそらく、昨シーズンまではシアカムの活躍はおろか、名前すら知らなかったファンも多いのではないだろうか。2016年にドラフト27位でNBAの世界へ飛び込んだものの、デマー・デローザン、カイル・ラウリーのガードコンビを中心にバランスの取れた構成で東の強豪として君臨したラプターズで、プレイ時間を確保するのは簡単なことではなかった。 また、唯一弱点となっていたスモールフォワードのポジションを埋める選手として若手成長株の中で最も期待されたのは後輩にあたるOG・アヌノビであり、シアカムは出場時間が20分前後で、あくまでロールプレイヤーという位置づけに過ぎない存在だったからだ。 しかし、NBAで3年目となる今季はシーズン平均16.9得点、6.9リバウンドを記録。不動のスタメンの座を手に入れたどころか、レナード不在時はチームの第一オプションとしてチームを牽引するまでに成長した。特に年明け以降は目を見張る活躍を見せ、1月にはキャリアハイとなる44得点と19リバウンドをそれぞれ記録。この時期には、既にシアカムの名を耳にする機会が増えていたこともあり、オールスターファン投票では東のフロントコート陣の中で8位となる投票数を獲得している。 オールスター以降はアウトサイドシュートの精度を上げたことで平均得点を19点まで伸ばし、2月、3月はそれぞれ平均20得点以上を記録。プレイオフに近づくにつれて本格的にスター級の活躍を見せ始めた。敵チームからすると、レナードと共にこの攻守に渡って活躍するフォワードコンビは非常に扱いづらい存在だったに違いない。 元々、機動力を生かしたディフェンス力には定評のあったシアカムだが、身体能力の高さに加え、柔軟性のあるプレイスタイルを活かし、得点のバリエーションを増やしたことが自身のステップアップに大きく繋がっている。ポストでの体の使い方がうまく、パワー負けしない強さと手足の長さを活かしたスピンムーブ、ターンアラウンドから次々に得点を量産するスタイルは、ダブルチームでないと止めることは難しい。 またトランジションオフェンスでは最前線を走り、力強いアリウープでチームに勢いを与えることから、ファンの間でも人気が高まっている。そして、なんと言っても現在のNBAに欠かせないスリーポイントシュート力を磨いたことが、世間に万能プレイヤーという印象を植え付けた最も大きな要因だろう。特にオールスター以降はアウトサイドのシュート率を大幅に改善しており、努力を惜しまない人柄も人気の高い要因だろう。スリーポイントの向上により選択肢が増えたことで、ドライブの効果も上がっている。 現時点ではチームの絶対エースはレナードだが、攻守に渡るシアカムの成長と貢献が無ければ間違いなくラプターズのファイナル進出は実現しなかったに違いない。
絶対王者の3連覇を阻んだラプターズ。思い返せば、レブロン・ジェームズ、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュのスリーキングス要するマイアミ・ヒートの3連覇を阻んだのも、カワイ・レナード率いるサンアントニオ・スパーズだった。 当初、イースタンカンファレンスの優勝候補と目された怪物ヤニス・アデトクンボ率いるミルウォーキー・バックス。シーズン中の大型トレードによりジミー・バトラーとトバイアス・ハリスを加え、ビッグ4を形成したフィラデルフィア・セブンティシクサーズ。層の厚さではNo.1であろうボストン・セルティックス。ここにラプターズを加えた4チームによる覇権争いが行われた。 主力メンバーの充実度、総合力は互角の中、勝ち上がる要因となったのはシアカム、フレッド・ヴァンブリード、ノーマン・パウエル等、若手によるチーム力の底上げが明暗を分けたのかもしれない。特にラプターズの場合は、プレイオフへ入ってからも成長が見られ、日に日にチームとしての成熟度が増していった。それは、結果的にベテラン陣にも勢いをもたらすことにも繋がり、カイル・ラウリーやサージ・イバカが活き活きとプレイする姿はとても印象的だった。 今オフは大型FAが多い影響もあり、リーグの勢力図が大きく変わる可能性がある中、ラプターズにとってはメンバーの残留、維持が黄金時代を築けるかの最大の課題となる。勿論、その筆頭となるのはレナードなのだが、来シーズン限りで現主力メンバーの大半の契約が切れるため、それまでには中長期的プランを描きたいところ。必ずや、シアカムとの契約延長は目論んでいることだろう。 シアカムの活躍は、ラプターズの実力を大きく引き上げたということのみに留まらず、今後出てくるであろう有望なアフリカ勢を、NBAのドラフトピックに絡める大きなきっかけを作ったと言っても過言ではない。高い身体能力と柔らかいタッチを有する優秀な人材目当てに、既にスカウト陣は次なるスターの発掘に邁進しているはずだ。今後、シアカムと同郷のジョエル・エンビードや、少し前でいうナイジェリア出身のアキーム・オラジュワンのように、ドラフトで上位指名される選手がいつ現れてもおかしくない。 今季の活躍が続けば、間違えなくオールスター候補に名を連ねるであろうシアカム。そんなシアカムだが、NBAを目指すこととなったのは、現在NBAに12年在籍しているルーク・バー・ア・ムーテがカメルーンで開催したキャンプへ参加したことがきっかけだという。バスケットの楽しさを知り、NBAへの憧れを抱きながら、後に参加したバスケットボール・ボーダーズ・キャンプで現ラプターズのマサイ・ウジリ球団社長の目に留まり、今に至ったのだ。ひとつの大切な縁が、今回チームをチャンピオンへと導いたのである。 ラプターズの優勝を受けて、我々日本人としては、今年の10月に開催予定のジャパンゲームが頭をよぎる。元々トロント・ラプターズ対ヒューストン・ロケッツという強豪同士のカードであったが、その一方が王者となり、フランチャイズ史上最強の布陣で来日するのだから、今からその姿が楽しみでならない。願わくばエースのレナードとは是非とも再契約してほしいが、シアカムの活躍は間違えなく目の当たりにすることが出来るだろう。 バスケットでプロを目指す若者に夢と希望を与える外国人国籍の選手として、非常に大きな存在へと成長したシアカム。3年目でチャンピオンリングを手にしたアメリカンドリームを実現する男の、NBAでの軌跡はまだ始まったばかりに過ぎない。
幼少期の10年間をアメリカで過ごす。初めて行ったNBA観戦で間近で見る選手に強い衝撃を受けNBAにどっぷりのめり込み、自身もバスケットボールを始める。ファン歴は20年を超え、これまでの自身の知識を発信しNBAファンを増やしたいという想いから、ブログ「NBA journal」を開設。現地の情報をもとに、わかりやすくもマニアックな内容を届けることを意識し、日々奮闘している。