幻に消えたクリス・ポールの“レイカーズ行きトレード”破談の理由を当時の関係者が告白

フェニックス・サンズのクリス・ポールは、2011年にロサンゼルス・レイカーズへの移籍が目前に迫っていた。コビー・ブライアントと共闘するチャンスもあったなかで、リーグの承認を得られず“幻のトレード”に終わったが、当時の関係者が舞台裏を明かしている。 2005年のドラフト1巡目4位指名でNBA入りしたポールは、これまでニューオーリンズ・ホーネッツ(現ペリカンズ)、ロサンゼルス・クリッパーズ、ヒューストン・ロケッツ、オクラホマシティ・サンダー、サンズでプレイ。計17シーズンで歴代3位の通算1万558アシストを記録し、リーグ史に残る司令塔として名を刻んでいる。 そんな稀代のプレイメーカーは2011年、レイカーズへの移籍が目前に迫っていた。ホーネッツはレイカーズ、ロケッツとの三角トレードを合意に至らせ、ポールのレイカーズ行きが内定。しかし、当時のホーネッツはリーグが所有していたため、トレード成立にはデイビッド・スターン・コミッショナー(当時)の承認が必要で、リーグの戦力バランスにもたらす影響もあり、最終的に承認が得られずトレードは破談となった。 結局、ポールはエリック・ゴードン、クリス・ケイマン、アル・ファルーク・アミヌ、ドラフト1巡目指名権とのトレードでクリッパーズに加入した。ただ、もしレイカーズに移籍し、ポールとコービーがコンビを組んでいたら、ポールはすでに優勝を手にしていたかもしれない。 『ロサンゼルス・タイムズ』のアンドリュー・グリーフ記者は、2011年当時にNBAのバスケットボール部門エグゼクティブ・バイスプレジデントを務めていたステュー・ジャクソン氏が、トレードについて語ったコメントを紹介している。 「当時、元GMとして私が物事を進めていた。私はデイビッド(スターン)にこう説明した。『(ラマー)オドム、(ケビン)マーティン、(ルイス)スコラ、(ゴラン)ドラギッチのパッケージはニューオーリンズ・ホーネッツをプレイオフ進出が果たせるチームに押し上げる見込みだったが、優勝も狙えるチームになる可能性はないと感じた』と。ホーネッツはホームコートアドバンテージこそないが、プレイオフに出場し、ファンは幸せになる。ただ、平凡なチームは潜在的なオーナーにとって必ずしも魅力的ではない。このトレードを行えば、魅力的ではなくなる。そして、驚いたことに、デイビッドは後日、頭を抱えて悩み、同意した。彼はトレードを承認しないことを決定した」 レイカーズからの視点以上に、ホーネッツが“パワーアップしすぎる”のを懸念したようだ。

関連タグ

キーワード

  • ニュース全般
  1. NBA Rakuten トップ
  2. ニュース
  3. 幻に消えたクリス・ポールの“レイカーズ行きトレード”破談の理由を当時の関係者が告白