NBA再開が目前に迫っている。八村塁のワシントン・ウィザーズは、5.5ゲーム差でイースタン・カンファレンス8位のオーランド・マジックを追いかける状況だ。エースのブラッドリー・ビールと成長株のダービス・ベルターンスを欠くウィザーズがプレイ・イン・トーナメントに進むためには、八村の活躍が欠かせない。今週は八村の「アドバンスド・スタッツ」を見ながら、彼のこれまでのプレイ振り、そして今後期待できることを分析しようと思う。なお、スタッツはガベージ・タイムの数字を除外しているサイト『Cleaning The Glass』を参考にした。
アドバンスド(Advanced)とは「先進的な」とか「発達した」という意味を持つ単語だ。得点、アシスト、リバウンドといったボックススコアに載る数字(トラディショナル・スタッツ)に対し、よりプレイの質やプレイヤーのスキルセットを分析できるツールとして、近年さまざまなアドバンスド・スタッツが使われている。平均13.4点、6.0リバウンドと、ルーキーとしては素晴らしい数字を残している八村だが、アドバンスド・スタッツを通して見た場合、そのプレイ振りはどう評価できるのか。 まずはオフェンシブ・レーティングとディフェンシブ・レーティングから紹介しよう。オフェンシブ・レーティングは100ポゼッション当たりの得点を、ディフェンシブ・レーティングは100ポゼッション当たりの失点を指す。『Cleaning The Glass』によれば、八村がコートに出ているときは、不在時に比べてオフェンシブ・レーティングが1.5減り、ディフェンシブ・レーティングが4.1増えている。つまり、八村は5.6点分チームの数字を悪化させていることになる。
プレイヤーのオフェンス能力を示す指標の1つに、エフェクティブ・フィールドゴール・パーセンテージ(EFG%)がある。ボックススコアにおけるFG%は2ポイントも3ポイントも同じ1本としてカウントするが、EFG%は3ポイントシュートに1点分の価値を上乗せして計算する。八村のEFG%は50.6%で、リーグのビッグマンの中でのパーセンタイル(データを100に区切って小さい方からどの位置にいるかを示す数字)は19と下位に位置する。 アドバンスド・スタッツ上では、八村は苦戦している。これはウィザーズの他のビッグマンと比較しても明らかだ。トーマス・ブライアントとモリッツ・バグナーはレーティングもEFG%も八村より上、イアン・マヒンミはEFG%こそ50.2%と八村のそれに若干劣るが、レーティング上ではコートにいるときに1.1点分チームを向上させている。しかし、それでもスコット・ブルックスHCは、この3人より八村に出場時間を与え続けている。
アドバンスド・スタッツの良い他のビッグマンより八村の方が出場時間が長い理由は、彼のショットチャートに隠されている。『Cleaning The Glass』ではシュートのエリアをリム(4フィート以内)、ショートミドル(4〜14フィート)、ロングミドル(14フィート〜3ポイントライン内側)、コーナースリー、ノンコーナー(のスリー)に分けて数字を出しているが、注目したいのはロングミドルの項目だ。 今シーズンのブライアントのロングミドルは26/56、バグナーは0/2、マヒンミは2/6だ。それに比べて八村のロングミドルは41/92と群を抜いて多い。これの何がすごいか。実はロングミドルは昨今のNBAで一番不要とされているシュートである。昨シーズン、ヒューストン・ロケッツにいたカーメロ・アンソニーが、ミドルシュートを決めたあとにベンチに向かって「ごめんごめん」と謝って話題になった。難易度がさほど変わらないのに2点しか入らないロングミドルは捨て、効率的な3ポイントを打つ。これが現代NBAの流れなのだ。
おそらく八村のロングミドルにはチームからゴーサインが出ている。これは、チームの育成方針を示しているのではないだろうか。ロングミドルを打っていいのは、わかりやすく言えばケビン・デュラントやカワイ・レナードといった選手たちだ。彼らは試合終盤にボールを託される。KD、カワイ共に3ポイントも得意だが、残り時間と点差から2点でいい場合は正確なミドルを決めて勝利をチームにもたらす力がある。 KDやカワイに共通するのはシュート力だけではない。KDは高さ、カワイは体の強さというミドルエリアでも勝負できる武器を持っている。さらに、そういった身体的な優位性を持ちながらもボールの扱いに長けているので、外からドリブルでプレイを始めることもできる。八村は身長、体の強さ共にちょうど2人の間ぐらいで、体の強さに関してはまだまだ伸びる可能性を秘めている。そして、2人と同じく恵まれた体を持ちながらもボールの扱いが上手い。ウィザーズが、八村はKDやカワイ級の選手になれると信じて育成しているとしたら夢のある話だ。
この仮説を証明すべく、八村とより年代と体格の近いカワイのルーキーイヤーのアドバンスド・スタッツを調べてみた。カワイのシュートの割合は、リム44%、ショートミドル18%、ロングミドル13%、コーナースリー12%、ノンコーナー13%。対する八村はリム46%、ショートミドル20%、ロングミドル19%、コーナースリー5%、ノンコーナー9%となっている。全体的な傾向は似ているが、八村はロングツーが多く3ポイントの割合が少ないのが見て取れる。 続いてシュート成功率を比較しよう。カワイはリム66%、ショートミドル39%、ロングミドル35%、コーナースリー48%、ノンコーナー31%と1年目から満遍なく高い確率を残している。一方の八村は、リム66%、ショートミドル30%、ロングミドル45%、コーナースリー29%、ノンコーナー28%という数字。リムは互角、ロングミドルはカワイより10%も高いが、他は全て負けている。
カワイがスモールフォワードをプレイしていることを考えると、パワーフォワードとセンターでプレイする八村の3ポイント試投数が少ないのは無理からぬことかも知れない。しかしロングミドルの成功率を考えれば、八村が3ポイントを決められぬ道理はないように思える。3ポイントの頻度と確率を上げていくことが、八村が“カワイ化”するための当面の目標だろう。 八村のレーティングが良くないという話をしたが、カワイもルーキーイヤーのレーティングを見れば苦戦している。オフェンシブ・レーティングで-2.1、ディフェンシブ・レーティングで+3.6と、コートに立っている間5.7点分チームのレーティングを下げていた。あのカワイにもそんな時期があったし、それでも使い続けたサンアントニオ・スパーズの期待に応え成長したのだ。八村がいずれカワイと同じようにスター選手へと変身しても、不思議ではない。
アドバンスド・スタッツの1つに、出場している間にその選手が絡んだプレイで終わったポゼッションの割合を示すUsageというものがある。『Cleaning The Glass』では、シュート、フリースロー、ターンオーバー、アシストで終わったポゼッションの割合をUsageとして集計している。 今シーズンのウィザーズでこのUsageが最も高かったのは、もちろんエースのビールだ。ビールが出ている時間帯は、35.1%のポゼッションが彼の絡むプレイで終わっていた。そのビールがオーランドに帯同していないのだ。八村のここまでのUsageは17.5%だが、シーディングゲームでは跳ね上がるかも知れない。最後の8試合では八村のUsage、そして3ポイントの本数に要注目である。 最後に、本稿を書くに当たり色々教えてくれたマササ・イトウ氏に感謝を述べたい。『ダブドリ』を編集しているチームの中で最もバスケットボールに詳しいイトウ氏が協力してくれたおかげで、私もアドバンスド・スタッツについて理解を深めながら書き進めることができた。ありがとうございました。
大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。