NBAの再開に影響も。今、アメリカが戦っている相手とは(前編)【大柴壮平コラム vol.38】

長期化する抗議運動

2020年5月25日、アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさんが警官に殺害された事件を引き金に、全米で人種差別に対する抗議運動が起こっている。アメリカでは警官による黒人殺害が後を絶たない。フロイドさんのように無抵抗の状態で殺されるケースや、携帯電話やおもちゃの銃をピストルと見間違えて少年を射殺するといった凄惨な事件も多く、これまでもたびたび警察の規範が疑問視されてきた。こうした背景に加え、フロイドさんが「息ができない」と訴えているにもかかわらず白人警官が膝で首を圧迫し続け、窒息死に至らしめる様子が動画で拡散されたこともあり、黒人社会の怒りが沸点を超えた印象だ。 この事態を受けて、多くのNBA選手が立ち上がった。マルコム・ブログドン(インディアナ・ペイサーズ)、ラッセル・ウェストブルック(ヒューストン・ロケッツ)、デマー・デローザン(サンアントニオ・スパーズ)といった選手たちは、実際にデモに参加して人種差別撤廃を訴えた。ダーク・ノビツキー(元ダラス・マーベリックス)やロニー・ウォーカー四世(スパーズ)はデモが通ったあとの街を清掃するという形で運動へのサポートを示した。また、フロイドさんの友人だったスティーブン・ジャクソン(元スパーズほか)は、デモに参加するだけでなくメディアを通じて力強い声明を出し続けている。

ウェストブルックなど多くのNBA選手がデモに参加し人種差別撤廃を訴えている

実は当初、私はこの抗議運動に違和感を覚えていた。デモで人々が訴える「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」はもちろん理解できる。被害者が黒人ばかりなのだから根底に人種差別はあるのだろう。しかし、私には警官が無実の、しかも無抵抗の市民を殺害しているという異常性の方が重く感じられた。人種差別を訴えすぎることで論点がずれてしまうのではないか。本当に掲げるべきは「Police Reform(警察改革)」なのではないか。そんな疑問を胸に情報収集を始めた私は、その後自分がとんでもない思い違いをしていることに気づくのだった。

融和の時代ではなかったのか

私は1981年4月20日生まれの39歳だ。私が当初抗議運動を理解できなかったのは、自分が生きてきた時代の影響もあると思う。 私が思春期の頃、ちょうどアメリカでヒップホップ・ミュージックの人気が高まり、一気に市民権を得た。1986年にエアロスミスとランDMCの「Walk This Way」が大ヒットしたときは、まだロックが優勢だった。当時メインストリームだったロックと、「黒人の音楽」だったヒップホップのコラボがウケたわけだが、この後両者の立場は一気に逆転する。90年代初頭にニルヴァーナに牽引されたグランジブームが起きて、そしてすぐにしぼんだ頃から、ロックはセールスでヒップホップに勝てなくなっていった。 ロック界の最後の火花はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどのいわゆるミクスチャー系と呼ばれたバンドで、ロックにラップを取り入れることで攻撃性に磨きをかけていた。一方、天下を取った側のヒップホップ界にも、ロック風な音を取り入れることでよりセールスを伸ばす傾向が見られた。90年代中盤から00年代初頭、少なくとも音楽業界では白人文化と黒人文化が融和していたのだ。 さらに、バスケットボール界でもヒップホップ人気が最高潮に達していた。アレン・アイバーソン(元フィラデルフィア・76ersほか)のようなダボダボな服でバスケをする。AND1ミックステープ・ツアーを見てホット・ソースのトリッキーな技を真似すべく練習する。黒人だけでなく白人の子供たちの目にもヒップホップが格好良く見える時代だった。白人でありながらプレイにヒップホップを感じさせるジェイソン・ウィリアムズ(元サクラメント・キングスほか)は人種の垣根なく支持された。やがて音楽界でもバスケットボール界でもヒップホップ熱はゆるやかに落ち着いていったが、消えてなくなることはなかった。1つのジャンルとしての地位を確立したのだ。

レブロン・ジェームズとラッパーの2チェインズ。NBAとヒップホップというジャンル同士だけでなく、人物同士も非常に近しい関係にある

こうした文化的な融和が進む中で、2008年に歴史が変わった。バラク・オバマが黒人として初めてのアメリカ大統領になったのだ。文化面だけでなく、社会的にもアメリカは1つになった。少なくとも私はそう信じ込んでいた。

近年のNBAにも人種差別問題はあった

人種差別は過去の遺物である。その思い込みが私の目を曇らせていたと思う。振り返れば、近年のNBA界隈でも人種差別はニュースになっていた。2014年に当時ロサンゼルス・クリッパーズのオーナーだったドナルド・スターリングが、差別発言でNBAから追放された。2019年にはユタのビビント・スマート・ホーム・アリーナでラッセル・ウェストブルックがジャズのファンから差別的な罵りを受けるという事件が起きた。 しかし、私はスターリングは古い世代だからこんなに時代遅れな発言をしたのだろうと解釈した。ユタはモルモン教の街だからいまだに黒人を差別する人間がいるのだろうと想像した。 残念ながら、今回のフロイドさんの事件を切っ掛けに勉強すればするほど、私の思い込み、希望的観測は崩れていった。アメリカに人種差別は存在する。ただし、我々日本人が考える人種差別とは言葉の意味合いが違うのだ。我々は、人種に対する偏見というフィルターを通して人をジャッジすることを人種差別と言う。もちろん間違ってはいないが、いまアメリカで問題となっている人種差別はこれより深刻だ。 アメリカの人々が立ち上がり、根絶しようとしている人種差別は、システミック・レイシズム(構造的差別)である。アメリカ社会の構造が人種差別を生むように設計されている。だから社会の構造から変えていかなければならない。これが現在抗議活動をしている人々の主眼なのだ。ブログドンは言う。 「システミック・レイシズムは警察の暴力、過剰な治安警備、人種ごとのレッテル、選挙への抑圧、大量投獄、保釈金制度に現れている。この問題はこの国の成り立ちに深く根差している」 冒頭で書いた、私が漠然と感じた不安は杞憂であった。人種差別を訴えることで警察の暴力から論点がずれることはない。なぜなら警察の暴力はシステミック・レイシズムの一部だからだ。では、具体的にシステミック・レイシズムとはいかなるものか。次週、その詳細について説明を試みるつもりである。


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大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。

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