新型コロナウイルスの影響で、NBAがシーズンを中断してから約10日が経った。当初アダム・シルバー・コミッショナーは、停止期間を最低30日間と発表していた。しかし、NBAが決定をくだした4日後に米国疾病予防管理センター(CDC)が50人以上を集める催しは8週間行わないことを提言したため、現在は再開できるとすれば6月中旬から下旬だろうと言われている。さらに、運良く再開できたとしても、まずは無観客試合からスタートする可能性があるという。
無観客試合が一体どういうものなのか、なかなか想像し辛いという読者も多いだろう。私にとっても未知のものだったが、実は先日初めて無観客試合の取材に行く機会があったので、今週はその体験をリポートしようと思う。 3月14日、場所は宝来屋郡山総合体育館。福島ファイヤーボンズ対仙台89ERSの一戦だ。この日はコロナの影響で2月28日から3月11日までの試合を延期していたB.LEAGUEの再始動となるはずだったが、コロナの猛威は収まらず無観客での試合となった(ちなみにB.LEAGUEは、翌週から再度シーズン中断に入っている)。
メディアは事前に、マスクと上履きを持ってくるべしと指示を受けていた。マスクはわかる。しかしなぜ上履きが必要なのかと怪訝に思っていたが、体育館に着いて腑に落ちた。普段下履きでの往来ができるよう体育館の入り口からアリーナ席までを覆っている青いシートが無い。考えてみれば当然だ。観客が来ないのにそんなところにコストはかけられない。受付では、額に当てるタイプの簡易検温計で体温をチェックされた。表示は35.3度。どう考えても平熱より低い。実はこの日、東京では雪が降り福島も寒かった。外気に冷やされた分検温計が狂ったようだが、低い分には問題無いということで通行を許可された。検査精度が若干不安である。 体育館に入ると、両チームがアップしていた。BGMが流れていたせいか、思ったより寂しさを感じない。音楽は偉大である。ところが、試合が始まると急に音楽がなくなった。入れ替わりにアリーナMCが声を出す。寂しい。いや、虚しい。観客のいないアリーナで味方のシュート成功にテンションを上げるMCと、当然ながら無反応のメディア。現場はシュールな光景だったが、ネット配信で観ていたブースターの気持ちは盛り上がっただろうか。 あとで聞いたら、この日のゲームの演出は各チームの裁量に任されていたらしい。福島が選んだのは、アリーナMCとタイムアウトやハーフタイム時の音楽のみだった。チアリーダーはおらず、マスコットは見かけたがコートに入ってくることは無かった。試合中の音楽が無かったのは、おそらく攻守の切り替えに対応する機材、もしくはDJにかかる費用をカットしたのだろう。
普段は無いが、この日あったものもある。客席を覆う福島ファイヤーボンズのフラッグと、スポンサー広告だ。後日、記者会見で大河チェアマンから「無観客試合にチャレンジしたことはファンとスポンサーから一定以上の評価を得た」という発言があった。スポーツチームのスポンサーはなかなか定量で広告効果が見えにくいが、こういったひと工夫が評価されたのは喜ばしい話である。 試合が無音で行われたことで気づいたのは、ベンチの盛り上がり方に差があったこと。この日は明らかに福島ベンチの方が盛り上がっていた。経営体制が変わることが発表されたばかりでどんな雰囲気だろうと案じていたが、選手たちは気にかけている素振りを見せなかった。一方の仙台には、表情の固い選手が多いように見えた。B2東地区の首位争いをする仙台には、プレッシャーがあったのだろうか。そんなことを想像するのが意外と楽しかった。 残念だったのは、試合前に期待していたほど選手やヘッドコーチの声が聞こえなかったことである。メディアは体育館のステージにいたのだが、声は聞こえてもなかなか内容までは聞き取れなかった。ただし、ベンチと選手間の意思疎通はいつもより上手くいったという。仙台の桶谷HCは「指示を出しても普段は歓声で聞こえないことも多いんですけど、今日は出した指示が全部伝わりました」と振り返った。
6点差で負けたあと、福島の森山HCが無人の客席に向かって敗戦の弁を述べた。もちろんマイクを使った独り言ではない。客席の上に設置されているカメラに向けてのものである。アリーナMCにしろ、スポンサー広告にしろ、ヘッドコーチの弁にしろ、全てはカメラの向こう側の人たちに向けられている。この状況は興行としてはもちろん望ましくはないが、コンテンツ制作としては実に興味深い。無観客試合において、試合会場は映画やドラマの現場と同じなのだ。余計な部分は画面に映さない。画面の中をいかに盛り上げるかが、演出の妙である。普段より画面の向こうを意識することで、何か新しいアイデアが生まれてくるかもしれない。そんなことを感じた無観客試合観戦となった。 ご存知の方も多いだろうが、バスケットLIVEにおけるB2の放送は定点から俯瞰したカメラが首を左右に振るだけである。これではいくらカメラを意識して演出しても画面は単調になってしまう。しかし、元々カメラの台数が多いNBAなら話は別だろう。観客の邪魔になってしまうリスクが無いからカメラマンは自由に動ける。客席に何か大きな仕掛けを設置することもできるだろう。コート以外は何をどう使っても自由なのである。 また、現場でも目立っていたベンチの様子、そして現場では聞こえなかったベンチの声にフォーカスすることも可能である。観客の表情を抜かない分、ベンチにいるヘッドコーチや選手の様子を映す時間は必然的に長くなる。ESPNのWIREDのように、試合中の声を拾うことに特化したコンテンツを増やす案も考えられる。無観客という条件を、エンターテインメントの本場アメリカがどう料理するのだろうか。ひょっとしたら、これまでにはない演出で我々を驚かしてくれるのではないだろうか。私はそんな妄想をしながら、リーグ再開を待つこととする。
大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。