「こんな仕事ができる日を待っていた」ウィザーズ公式特派員・ザック生馬氏インタビュー(後編)【杉浦大介コラム vol.15】

ザック生馬氏は、今シーズンからワシントン・ウィザーズの公式特派員を務める。ウェブメディアを通して、日々チームや八村塁の情報を日本のファンへ届けるザック氏に、仕事の流れや普段の八村のエピソードなどを聞いた(前編から続く)。

ドリームジョブを掴んだ男。ウィザーズ公式特派員・ザック生馬氏インタビュー(前編)【杉浦大介コラム vol.14】

「必ず練習に立ち会い、取材をしています」

――ザックさんの1日のスケジュールをざっと教えていただけますか? ザック:練習日は、メディアは最後の30分にジムに入れるのですが、僕は球団関係者なので初めから取材ができます。必ず練習に立ち会い、取材をして、編集作業があれば小野口さんと一緒にその仕事をします。練習が朝11時からなら、だいたい夕方の18、19時頃には仕事が終わる感じですね。  ――では、試合日は? ザック:遠征中はシュートアラウンドが午前中にある場合、11時くらいにアリーナに行って、終了後にホテルで編集。それからランチして、試合3時間前くらいにはチームバスに乗ってアリーナに向かいます。ゲーム前後に取材して、ポストゲームは試合終了から2時間後くらいにはすべての作業が終わっている感じです。 ――激務だと思いますが、睡眠はしっかり取れていますか? ザック:「寝てないんじゃないか」と言われたりもしますけど、実はちゃんと毎日8~9時間、睡眠は取っているんですよ。遠征中、選手たちはゲーム前に仮眠を取りますけど、僕も選手とだいたい同じスケジュールで昼寝したりしています。ゲームデイでシュートアラウンドがない日なんかは、結構ゆっくりできるんです。試合開始の4時間前くらいに会場入りするまでの時間に、今後のプランを立てたり、できるだけ記事を読んでインプットするようにしていますね。 ――遠征も全試合に帯同し、チームの飛行機に乗って移動しているんですよね? ザック:その通りです。NBAのスケジュールは夜型で、僕も夜型の人間なんで、それ自体は苦ではないんですよ。遠征で朝4時に移動して、その後に寝たりすると、そういう日は身体がだるかったりはしますけど。それでも選手たちはそんな移動で連戦をプレイするのだから凄いなと思っています。スケジュール自体は厳しいとは思わないんですけど、あえて言うなら、シーズンが昨年10月に始まって、2月のオールスターブレイクまで連休は1度もなかったんです。休日があっても1日だけで、そこがNBAのタフさではあります。その休日もたいてい家で作業をするので、本当の意味での休みはなかなかないですね。ただ、大好きなNBA、大好きなスポーツの取材ができるというのは幸せなので、休みがないことに不満は全くないです。

今やっていることこそ「ドリームジョブ」

――これまでスポーツ界で様々な職種をこなしてこられましたが、これこそが最もやりがいがある仕事だと感じていますか? ザック:僕の持ち味はバイリンガルであること。日本では日本語でアナウンサーをやってきましたし、完全に英語だけの世界で仕事をしたこともあります。でも、常に物足りなさがあったんです。大学3年生時にMLBのボルチモア・オリオールズで少し通訳をし、その後、今でいうNBCスポーツ・フィラデルフィアに入って、以降はずっとスポーツの世界でやってきました。その過程で、通訳よりも、自らストーリーテリングをするメディアの方に惹かれていったんです。 今の仕事は球団専属とはいえ、チームメディア。「こんな仕事ができる日を待っていた」というのは大袈裟かもしれないですけど、まさに「いつかやってみたい」と思っていた仕事だったんです。何十年もかかったけど、やっと自分の理想としていた仕事が生まれ、その機会を得ることができた。本当に幸せです。野球、NFLの実況とか、スーパーボウルの取材とか、その時々で「ドリームジョブだな」と感じてきましたけど、今やっていることこそ「ドリームジョブ」と実感しながらやっています。 ――先ほどお話があったように、シーズン中に新川さんがスタッフに加わり、事業がさらに拡張されるのだと思います。今後、どんな展開を考えていますか? ザック:僕と小野口さんはツイッターの運営などもしてきましたけど、どちらかといえば現場でインタビュー、企画ものとかの動画を作ることを優先していました。僕たちはマイクロ的なことを中心にやるとして、ここまではマクロ的な存在がいなかったんです。もう少し、試合結果とか、普通のツイートがあってもいいんじゃないかなという考えから、新たに加わってくれたのが新川さんです。これまでその部分をこなしてくれたのは日本語が喋れる人じゃなかったので、ツイッター上に“試合日”、“仕事日”、“記録”、“歴史”とか独特の記述が生まれ、それはそれで味があったとは思います。ただ、今後、長期的にやっていく上で、試合中のツイートを増やしたりとか、チームを総括し、紹介してくれるのが新川さんの役割になります。

ザック氏による試合前後のインタビュー映像はSNSでも話題に

「質問で難しいのは、八村選手が大活躍してもチームが負けてしまったとき」

――八村選手関連のこともいくつか質問させてください。八村選手のインタビューももちろん主要な仕事のひとつだと思いますが、質問する際に難しいのはどんなことでしょう? ザック:チームメディアだからって優しい質問ばかりするべきではなく、負けた時は敗因を聞かなければいけません。難しいのは八村選手が大活躍しても、チームが負けてしまったとき。八村選手はこれぞNBAプレイヤーという感じで、勝つと負けるとで話す内容も大きく変わります。例えば今日のゲーム(注:2月21日のキャバリアーズ戦)で八村選手はトップ・オブ・ザ・キーからの3ポイントを初めて成功し、そのことについて聞きたかったんですけど、チームが厳しい負け方をしたので、自分のシュートよりも敗戦に対する反省が返ってきました。八村選手が活躍して、チームも勝った日には気持ちの良いインタビューができますが、特に今季は優勝を目指しているシーズンではないので、難しさはあります。 ――質問する際に気を付けていることは? ザック:八村選手はもちろん日本人だからこれほど話題になり、こういう取材体制があるわけで、シーズン中には“日本人初の栄誉”もたくさん経験します。ただ、彼はすでに1人のNBA 選手として確立されたので、“日本人初”という点に関してはもう気にしないでいいのかなと考えています。だから1人のNBA選手として質問を考え、聞くようにしています。 ――実際に1年目から八村選手が十分な結果を出すのを間近で見てきて、チーム内での立ち位置も変わってきていると感じますか? ザック:今年のウィザーズはシーズン中のトレードなどで少し若返りもしました。これまで兄貴分、大将のような存在だったアイザイア・トーマスがトレードでいなくなり、平均年齢も少し下がりました。今のこのチームで兄貴分というと、やはりジョン・ウォール、ブラッドリー・ビール、あとはイアン・マヒンミ。それ以外の選手たちは年齢やNBAでのプレイ年数も近く、その中で八村選手は若手のリーダー的な存在になってきている感じがします。 ――何かエピソードはありますか? ザック:2月8日が八村選手の22歳の誕生日でした。その日、ブルックスHCが練習を止めて、「塁の誕生日だからバースデイソングを誰が歌うか」という話になったんです。通常、ルーキーはそこで何も言わず、コーチが何人かを選び、みんなで歌うといった流れになります。ところが八村選手はそこで突然、「3、4人、選んでいいですか」と言い出して、しかも「ブラッドリー(ビール)、いいですか」と(笑)。日本だったらルーキーがチームのエースを指名したら周囲は引くところなのかもしれないですけど、ブルックスHCは「いい度胸しているな」と感心してました。結局「ビールがそんなの歌ってくれるわけないだろ」といった感じになって、若手選手が歌ったんですけど、八村選手は堂々としているなと感じました。 ――最初はいじられキャラぽかったですが、徐々に変わってきたということでしょうか。 ザック:今でもいじられキャラですね。さっき言ったようなことをやることによって、あえて突っ込まれる材料を増やし、周囲にいじられるチャンスを作ったんだと思います。それもチームケミストリーに繋がりますよね。そういうお茶目さ、突っ込まれても平気な自信というのが、彼のリーダーシップの一環なんだなと思います。 ――貴重なお話をありがとうございます。そんな八村選手とともに日本語公式チームも大きな可能性を持っていると思いますが、最後にザックさんの今後の個人的な目標をきかせてもらえますか? ザック:僕はこれまで本当にやりたいことをやり、流れに任せてきました。だからこれから先、何をやりたいというのは浮かんでこないんですよね。まずは今季、ウィザーズがプレイオフに進むことを願いながら、シーズンを最後までやり通すこと。その後、オフに一度東京に戻るんですけど、その期間中には日本代表を追いかけ、東京オリンピックに出る八村選手をウィザーズの一員として取材する予定でいます。 そして、もし声をかけていただけるのなら、来季も、その次のシーズンも、ウィザーズの公式特派員としてやっていけたらなと思っています。ただ、正直、現時点では次の遠征時にどんな企画をやろうかで頭がいっぱいです。日々夢中なので、将来のことまでなかなか考えられないのが現状ですね(笑)。

杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。

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