1948年9月10日、ニューヨーク州バッファローでボブ・レイニアが生まれた。 1970年のドラフトでデトロイト・ピストンズから全体1位指名を受けたレイニアは、期待通り1年目からオールルーキー・ファーストチームに入る活躍を見せた。当時のピストンズは弱小で、たまに強いシーズンがあってもその強さを維持することができないチームだった。それでもレイニアはピストンズにいた9シーズン半で7回のオールスター選出を果たす活躍を見せた。 1979-80シーズンの途中から移籍したミルウォーキー・バックスでもチームの主力としてプレー。レイニアが在籍した5シーズン全てでバックスはディビジョン優勝を果たしている。 そのレイニアは引退後、ピストンズとバックスの両チームで永久欠番の栄誉を受けた。複数のチームで永久欠番になっている選手はこれまで16人いる。最多はウィルト・チェンバレンとピート・マラビッチの3チームである。 複数チームの永久欠番の中には面白いものもある。マイアミ・ヒートはバスケットボール界におけるマイケル・ジョーダンの功績を讃え、23番を永久欠番にしている。もちろんジョーダンは一度もヒートでプレーしたことはない。ブルズとヒートで永久欠番になっているジョーダンの23番だが、もし最後に彼がプレーしたワシントン・ウィザーズでも永久欠番になれば、ジョーダンもチェンバレンとマラビッチの記録に並ぶことになる。 実はヒートは他にもヒートでプレーしていない選手の背番号を永久欠番にしている。同じマイアミをフランチャイズとするNFLドルフィンズの名クオーターバック、ダン・マリーノの13番である。マリーノの13番は、ドルフィンズとヒートという競技を超えた複数チームでの永久欠番となっている。