パトリック・ユーイング、“ランTMC”とカルテット形成未遂の過去を告白「ウォリアーズに行こうとしていた」

NBA史に残る名センターのパトリック・ユーイングは、ニューヨーク・ニックスのフランチャイズプレイヤーとして15年間在籍(その後、シアトル・スーパーソニックス、オーランド・マジックでプレイ)し、2008年に殿堂入りも果たしている。しかし、キャリア序盤にニックス退団を検討していたという。 ユーイングは1985年のNBAドラフト全体1位指名でニックスに加入した1年目からオールスターに出場し、平均20.0得点、9.0リバウンド、2.1ブロックで新人王を獲得。92年にドリームチームの一員としてバルセロナ五輪で金メダルを獲得し、マイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズと激しいライバル対決を繰り広げるなど、リーグ内でスーパースターの地位を築いた。 ポッドキャスト『Opinionated 7-Footers』で明かしたのは、キャリア序盤の待遇面の問題だ。当時は「リーグで4番目に高額年俸の選手でなければならないと思っていた」とし、ボストン・セルティックスやゴールデンステイト・ウォリアーズが新天地になる可能性があったという。 「セルティックスは私の獲得を考えていたが、結局、条件面で折り合わなかった。私はゴールデンステイト・ウォリアーズに行くことを考えていた。クリス・マリン、ミッチ・リッチモンド、ティム・ハーダウェイがいることを想像してみてほしい。実現させようとしたが、うまくいかなかったからニューヨークに残った」 ティム・ハーダウェイ、ミッチ・リッチモンド、クリス・マリンの3人は、1989年からの2シーズン、ウォリアーズで共闘。速攻で攻めるラン&ガンスタイルで旋風を巻き起こし、“ランTMC”の異名を取った。スピーディーな展開にユーイングがマッチするかは不透明な部分は残るとはいえ、強力カルテットを中心としたスーパーチームが完成するプランがあったと明かした。 ニックスで優勝を果たせなかったユーイングは、晩年はシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)、オーランド・マジックでプレイして2002年に現役を引退。もしウォリアーズ行きが実現していたら、1991~93年に3連覇を果たすブルズにとっても脅威の存在になっていたかもしれない。

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