NBAの再開に影響も。今、アメリカが戦っている相手とは(後編)【大柴壮平コラム vol.39】

先週のコラムで、人種差別の見えにくさについて書いた。90年代から大きく進んだ文化的な融和、そしてオバマ政権誕生と、人種差別は過去の遺物に見えていた。しかし、実際はアメリカ社会には依然として人種差別が存在する。ただし、人種差別といっても日本人が考えるような「人種に対する偏見というフィルターを通して人をジャッジすること」ではない。現在アメリカで問題になっているのは、システミック・レイシズム(構造的差別)である。アメリカ社会の構造が人種差別を生むように設計されているというのだ……。

NBAの再開に影響も。今、アメリカが戦っている相手とは(前編)【大柴壮平コラム vol.38】

『13th』の衝撃

私がシステミック・レイシズムについて知ったのは、2016年制作のドキュメンタリー作品『13th』がきっかけである。以下、要点をかいつまんで書く。 タイトルの『13th』は合衆国憲法修正第13条を指す。この条項は奴隷的拘束の禁止を規定している。黒人を含む全てのアメリカ人に自由を保障しているわけだが、実はこの条項には例外がある。犯罪者は適用外なのだ。南北戦争以前のアメリカ南部の経済は奴隷制度に依存していたが、奴隷解放を受けて労働力を失った。そこで法の抜け穴を利用して不当に黒人を逮捕し、今度は奴隷としてではなく、囚人労働として働かせるようになった。その過程でアメリカ社会に「黒人=犯罪者」というイメージが刷り込まれていったという。 この「黒人=犯罪者」のイメージがシステミック・レイシズムの根源であると『13th』は指摘する。奴隷解放後にできたこのイメージが元となり、1876年以降に人種隔離政策であるジム・クロウ法が各州で成立、人種間のさらなる分裂を生んだ。その後、奴隷制の廃止から約100年経った1964年にようやく公民権法と投票権法が可決されるが、70年代には今度は黒人と麻薬のイメージが結びつけられて大量投獄されるようになった。ニクソン政権の法と秩序を守るという政治キャンペーンに、「黒人=犯罪者」のイメージが利用されたのだ。ニクソンは黒人を逮捕することで、公民権運動に不満のあった南部の白人票を獲得することに成功した。 その後いくつかの政権を経たが、大量投獄の傾向は留まるどころか悪化した。選挙戦略や刑務所ビジネスの成長に押されて受刑者数は増え続け、全世界の囚人の25%はアメリカ人という異常な状況に陥った。もちろん、現在でも逮捕されるのは黒人が多いという傾向は変わらない。白人男性が一生涯のうちに投獄される可能性は17人に1人だが、黒人男性はその約5倍となる3人に1人。この数字が不当なものであることは言うまでもない。 加えて、警察の暴力という問題もある。先日亡くなられたジョージ・フロイドさんのように、逮捕拘束の過程で殺害される黒人が後を絶たないが、警察からは「犯罪者だから」で片づけられてしまう(注:『13th』は2016年の作品のためフロイドさん殺害についての記述はないが、それ以前も警察の暴力はたびたび問題になってきた)。軽犯罪の、もしくは無実の黒人が警察に暴力を振るわれる裏には大量投獄があり、大量投獄を遡れば、公民権運動に突き当たる。つまり、この問題には黒人がアフリカから奴隷として連れてこられて以来、数百年に渡る歴史的背景があるのだ。

NBA再開について割れる意見

『13th』では主に刑事司法の側面からシステミック・レイシズムについて解説されていたが、これはシステミック・レイシズムの一面に過ぎない。システミック・レイシズムの存在は住宅サービス、医療、教育など多岐に渡る。とても全てをここで説明するのは無理だが、一例を挙げるなら投票の抑圧という問題がある。 前科者は投票権を失うアメリカでは、ただでさえ黒人の有権者の割合が低い。その上、黒人の住む貧困地区では投票システムの不具合などで投票が滞るなどの問題が多いという。これをシステミック・レイシズムと捉えたレブロン・ジェームズはトレイ・ヤング等とともに、この状況を改善して黒人社会の投票を促進するNPO団体「More Than A Vote」を立ち上げた。黒人の有権者登録を呼びかける他、あらゆる抑圧に対しても活動していくという。

NPO団体「More Than A Vote」を立ち上げたレブロン・ジェームズ。人種差別問題について積極的に声を上げている

そのレブロンも含めて先週大いに議論になったのが、NBAを再開すべきか否かである。議論の発端となったのは、6月12日にカイリー・アービングが行ったテレビ電話会議。その会議でカイリーはおよそ80人のNBAおよびWNBAの選手に「俺は全てを捨ててこのために戦う覚悟がある」と述べ、再開反対の意思を表明したのだ。この意見にロサンゼルス・レイカーズのドワイト・ハワードやエイブリー・ブラッドリーが支持を表明。NBAが再開することで、抗議運動への注目度が下がってしまうということが、彼らの危惧するところだ。 一方、レブロンは一貫してリーグ再開に前向きな姿勢だと伝えられている。NBAのスターとしての影響力を発言や行動に活かしてきたレブロンは、フロイドさん殺害以降も積極的に発言し、前述の通り「More Than A Vote」も立ち上げた。OBのチャールズ・バークレーも影響力の面、そして金銭面でも再開するべきだと主張している。NBA選手たちは地域の黒人コミュニティに多額な寄付をしているケースも多く、リーグが再開されなければそういった活動にも支障を来すことになる。

NBAは社会に声を届けることができるのか

その後、影響力、金銭面に加え、コロナ感染リスク、不十分な準備期間による怪我の可能性など、様々な論点でリーグ再開の是非が議論されたが、個人的に私が最も共感したのはエイブリー・ブラッドリーの発言だった。リーグ再開反対派のブラッドリーの主張はこうだ。 「メディアの報道をどれぐらい受けようが、社会的な不正について語ったり注意喚起をするだけじゃダメだ。ここまできて人種差別に気づかないヤツがいて、アスリートが声を上げることで根本的な問題を変えられると思うほど我々は自惚れているのか? もうお喋りは要らないだろ。必要なのは成果を手にすることだ。国家斉唱中に抗議するのも、メッセージ入りのシャツを着るのもいいが、我々はリーグ再開前に現実的な措置が実行されるのを見たいんだ」 これを聞いて、私は2016年にコリン・キャパニックが起こした抗議運動を思い出した。2016年のプレシーズンマッチ、当時NFLのサンフランシスコ・フォーティナイナーズに所属していたキャパニックは「黒人や有色人種への差別がまかり通る国に敬意は払えない」という理由から国歌斉唱中の起立を拒否、膝をつくことで抗議の意思を示した。この行動は当時賛否両論を巻き起こし、大きな話題となった。追随する選手も多数いたが、トランプ大統領を筆頭に国旗や国家に敬意を示すべきだと反論する者も多かった。

国歌斉唱時に膝をつくことで抗議の意思を示したキャパニック。当時、大きな話題となった

キャパニックが膝をついてから4年が経ったが、人種差別の実態は変わっていない。アスリートがその影響力を利用して声を上げるといっても限界がある。ブラッドリーがそう考えるのは無理もない。もちろんブラッドリーも、実際の行動に移したレブロンには敬意を持っているだろう。しかし、白人社会の方が具体的な変化を見せない限り、問題が解決を見ることはない。例えば、NBAチームの白人オーナーが雇用面での人種差別撤廃に動けば、それは具体的な成果と言える。社会全体にとっては小さい出来事でも、大きな変化の最初の一歩に成り得るからだ。 私がこれを書いている6月25日(現地24日)時点で、抗議運動を理由にオーランド行きを取りやめた選手はいない(ブラッドリーは再開後のリーグを欠場するが、家族を主な理由にしている)。この分だと具体的な成果を見る前にリーグ再開へ動く公算が高い。NBAと選手協会は「オーランドでのシーズン再開のゴールは、この国にはびこるシステミック・レイシズム及び人種間の不平等と戦うべく集団的な行動を起こすことだ」との声明を出した。果たして、今度こそアスリートの声は社会を動かすのか。それともまたうやむやのまま終わるのか。注目である。


今回のコラムを書くに当たり、私はアメリカに住む友人に色々教えてもらった。彼女は黒人男性と結婚しているので、人種差別を目の当たりにしている。危険な目に遭いそうになることも多いが、そのたびに自分の存在をアピールすることを心がけていると彼女は言う。例えば車を警官に止められたら、助手席から身を乗り出して会話に加わる。黒人ではない彼女の存在が、相手の警戒心を解く可能性があるからだ。 彼女の経験で興味深かったのは、同様のケースが日本でもあったという話だ。夫と共に帰国し、ショッピングをしていたときのことである。彼女が試着している間に夫が警官から職務質問を受けた。パスポート不携帯で問い詰められたので「義妹の家にある」と答えると、警官は「そこへ連れて行け」と無理を言い出したそうだ。夫に助けを求められた彼女が慌てて試着室から駆けつけると、パスポートは常に持つよう小言を言ってその警官は立ち去ったという。 私はこれをもって日本にも人種差別があると言いたいのではない。いかにもアメリカのようなシステミック・レイシズムは存在しないだろう。しかし、近い将来の日本を案ずる気持ちはある。コロナ禍が起きたときに、給付金を外国人労働者に払うか否かが議論になった。このとき「なぜ外国人に10万円もくれてやるんだ。緊急時に救うべきは自国民だろ」という意見も相当数あったと記憶している。その考え方も、これまでの尺度で考えれば間違ってはいない。しかし、現在日本は国を挙げて海外からの安い労働力を積極的に取り入れようとしている。自分から呼んでおいて緊急時は助けませんでは、虫が良すぎやしまいか。緊急時に助けないのであれば、せめて事前にそう教えるのが義理というものだが、それでも働きたいという人がいるかどうか。 そんなことを考えるうち、行きつけのバーのパキンスタン人の親仁が作る少し味の濃い料理が思い出されて腹が減った。緊急事態宣言も明けたことだし、そろそろ店に顔を出そうか思案している。

富永啓生の「あめりか物語」。富永選手が語る今季のNBA編【大柴壮平コラム vol.37】

大柴壮平:ロングインタビュー中心のバスケ本シリーズ『ダブドリ』の編集長。『ダブドリ』にアリーナ周りのディープスポットを探すコラム『ダブドリ探検隊』を連載する他、『スポーツナビ』や『FLY MAGAZINE』でも執筆している。YouTube『Basketball Diner』、ポッドキャスト『Mark Tonight NTR』に出演中。

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