再開後の復帰を見送ったケビン・デュラント。番記者が明かす決断の舞台裏【杉浦大介コラム vol.25】

ケビン・デュラントは今季中の復帰を完全否定――。NBAがオーランドでのシーズン再開に向けて動いている6月上旬、そんなニュースがアメリカを駆け巡った。 昨年のファイナルで右足アキレス腱を断裂したデュラントは、ブルックリン・ネッツ加入1年目の今季、1試合もプレイせずにリハビリを続けてきた。春の時点で完調に近い状態に戻っていると伝えられ、特に新型コロナウイルスの影響でシーズンが中断したこともあり、再開後に電撃復帰するのではないかという推測もあった。 しかし、6月5日に公開された『The Undefeated』のインタビュー記事で、デュラント本人が「自分のシーズンは終わっている」と明言。今夏のNBAで最大級のミステリーはあっさりと終わりを告げた。 実は『The Undefeated』の記事が出るよりも前に、“デュラントは今季終了”のニュースをスクープした記者がいる。『NetsDaily』のアンソニー・プチオ記者はより早い段階で、複数の情報源からの話としてKDの意向を伝えていた。 デュラントの決断の背後に何があったのか。ネッツはKDの意思をどう受け止め、どこに向かっていくのか。今回、ブルックリンでは“プーチ”の愛称で親しまれ、ネッツ内外に強力なコネクションを持つプチオ記者にじっくりと話を聞いた。

アンソニー・プチオ記者:『NetsDaily』をはじめ、さまざまなメディアでネッツに関する記事を寄稿する番記者。Twitter: @APOOCH

「KDはドクターからプレイしても構わないという許可を得ていた」

――デュラントが今季はプレイしないと決めた理由とは、具体的にどういうものだったんでしょうか? アンソニー・プチオ記者(以下、AP):デュラントの体調はもう100%の状態で、アキレス腱は万全という話は聞いていました。開幕時点で今季はプレイしないという方針でしたが、回復が順調だったので、実際にはデュラントも復帰を考慮しかけたようです。ただ、今季はコロナのせいでシーズンが中断し、再開後のスケジュールが重要な判断材料になりました。現在までに出ている情報では、今季は10月中旬に終了し、来季は12月上旬に開幕するということです。デュラントの周囲の人たちは、長く実戦から離れている彼をこれほど凝縮された日程の中でプレイさせたくなかったのです。再開後のフォーマットが明らかになったところで、改めて話し合いが持たれ、来季まで待つのが最善だと判断されたというわけです。 ――最終的には再開後の日程が決め手になったということですね。長くネッツを取材してきたあなたはKDの決断を知り、個人的にどう感じましたか? AP:特に驚きはなかったですね。3月途中の時点で、KDはドクターからもうプレイしても構わないという許可を得ていました。仮定の話ですが、チームが上位を狙える位置にいて、カイリー・アービングも健康だとしたら、デュラントは本気で復帰を目指していたのではと考えています。ただ、そうはならなかった。加えて、デュラントがコロナウイルスに感染したことも忘れてはいけません。そのせいで彼のリハビリは遅れを余儀なくされました。また、今のアメリカでは人種差別による抗議活動が盛んで、アービングとデュラントはとりわけアクティブに活動しています。そういったすべてのことを考慮すれば、ここでデュラントに無理をさせず、もともとのプランを貫いたことは十分に理解できます。 ――アービングも3月に右肩の手術を受け、今季はもうプレイしないと伝えられています。繰り返しになりますが、アービングが元気であればデュラントがプレイする可能性もあったということですね? AP:カイリーが「オーランドに行ってプレイする」と言っていたら、デュラントはプレイしていたと私は思っています。彼らはいわば「バットマンとロビン」みたいなもの。ネッツでは2人でやり遂げようと決意していますからね。今季がコロナで中断していなかったとしても、アービングが故障していなかったら、KDは3~4月に復帰していたかもしれません。オーランドでの再開後に関しても同じことが言えます。

「アービングが故障していなかったら、KDは3~4月に復帰していたかもしれません」とプチオ記者は語る

「ネッツにとって、真の勝負は来シーズン」

――NBAを取材するメディアには『ESPN.com』のエイドリアン・ウォジナロウスキー、『The Athletic』のシャムズ・シャラニアをはじめ、多くの事情通がいますが、あなたは誰よりも早くデュラントの意思を報じました。KDの復帰に関して、いつ頃から情報を追いかけてきたのでしょうか? AP:ネッツがデュラントを獲得以来、ずっとこの件に注目してきました。今季を通じて決して目を離さず、情報を追い求めてきたつもりです。コロナによる中断前から、多くの情報源から「KDは3月にはもう健康体に戻っていて、3月中旬にはプレイできる状態になる。どうするかはその時期に判断される」と聞いていました。その後、6月にもネッツの人間、デュラントの周囲の人たちともコンタクトを取り、報道した通りの結論に辿り着いたというわけです。最終的にみんなが口を揃えたのは、「KDはもう完調で、練習もこなしている。プレイしようと思えばできる。ただ、復帰直後に過密日程でプレイするのは適切ではない」ということでした。 ――現在予定されているスケジュールでは確かにオフが極めて短く、7月下旬に今季再開後、プレイオフに進むチームはほとんどノンストップで来季まで突っ走るような印象です。デュラントに限らず、故障明けの選手に理想的とはとても言えません。 AP:3日で2試合とか、6日で4試合とか、オーランドではかなり厳しい日程が組まれ、選手は消耗するはずです。今夏オーランドでプレイしないことで、デュラントとアービングは休養十分で来季開幕に臨めるというのも大きいですね。レブロン・ジェームズ、ヤニス・アデトクンボ、ジェームズ・ハーデンといった今季優勝を狙うチームのスター選手は、来季開幕の頃にはかなり疲弊していることが予想され、それもネッツにアドバンテージになるかもしれません。そういった事情も理解し、私が接触した情報源はみんな「今は慌てるべきではない」と慎重な姿勢を強調していました。ネッツにとって、真の勝負は来シーズンですから。

プチオ記者は、「今季優勝を狙うチームのスター選手は、来季開幕の頃にはかなり疲弊していることが予想される」と分析

――今回のニュースをスクープして以降、他のメディア、ファンからの反応はどういったものがありましたか? AP:メディアはみんな理解していて、「賢明な動きだ」と述べていました。同じように考えたファンもいましたが、ネッツの熱狂的なファンの中には「すぐに勝ちにいって欲しい」と考えたものも少なくなかったようです。デュラント、アービングが入団以降、チームに対する期待度は高まっているので、それは仕方なかったのだと思います。これまでのネッツはジェイソン・キッド、デロン・ウィリアムズといったスーパースターをトレードで獲得したことはありましたが、FAの大物を手に入れたのは今回がほぼ初めてです。おかげでチームへの期待感は高まっており、コロナによって3か月も休養期間ができたことで、その思いがさらに大きくなってしまったような印象もあります。特にデュラントはもう健康なわけで、だとすればファンのフラストレーションも理解できなくはありません。ただ、本気で優勝を目指すのであれば、ネッツにとって今は我慢の時ですね。

「2月以降のルバートは素晴らしく、十分にオールスターレベルだった」

――オーランドでシーズンが再開されるとして、今夏のネッツについて聞かせてください。デュラント、アービング抜きで、現実的にどんな戦いが待っていると思いますか? AP:現状は優勝を狙えるチームではありません。目標を掲げるならば、来季、KDとカイリーを支える選手を選別することではないかと思います。もっとも、その一方で、ネッツは依然として多くのタレントを擁していることも忘れてはいけません。彼らは若く、力を証明したがっていて、キャリス・ルバート、スペンサー・ディンウィディーに関してはオールスターレベルに成長してもおかしくはありません。常にハードにプレイするので、昨年同様、上位チームはプレイオフの早い段階でネッツとの対戦を嫌がるでしょう。今夏のプレイオフでは第1ラウンドでの敗退が有力かもしれませんが、負けるにしても、一方的なシリーズにはならないはずです ――個人的な注目選手は? AP:ルバートがどんなプレイをするかを楽しみにしています。今年2月以降のルバートは素晴らしく、十分にオールスターレベルでした。3月3日にはリーグ屈指の守備力を誇るセルティックスを相手に51得点を挙げ、チームを21点差からの大逆転勝利に導いたこともありました。ネッツの周囲の人間はルバートが本格的にブレイクする日を楽しみにしてきたのですが、これまでの彼はそんな気配を見せるたびに故障に見舞われてきました。しかし、現在は健康体で、今夏はチーム内でファーストオプションになるでしょう。デュラント、アービングに次ぐ3番目のスターと呼び得るだけのプレイができるか、ルバートに注目してみたいと思っています。

進境著しいルバートは今季平均17.7点、4.1リバウンド、4.1アシストをマークしている

――最後に、シーズン再開後のネッツの予想をお願いします。 AP:プレイオフには進むと思いますが、1回戦で第2シードのラプターズに敗れると見ています。ただ、ワンサイドで負けるわけではなく、シリーズは激しいものになり、第7戦までもつれるでしょう。ネッツは予想以上の頑張りをみせ、ファン、メディアからは讃えられることになると思っています。

シーズン再開反対派も。NBA選手に迫る決断の時【杉浦大介コラム vol.24】

杉浦大介:ニューヨーク在住のフリーライター。NBA、MLB、ボクシングなどアメリカのスポーツの取材・執筆を行なっている。『DUNK SHOOT』、『SLUGGER』など各種専門誌や『NBA JAPAN』、『日本経済新聞・電子版』といったウェブメディアなどに寄稿している。

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