【NBAスーパースター名鑑】Vol.1:レブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ)

生い立ち

レブロン・レイモン・ジェームズは、1984年12月30日に誕生。16歳でレブロンを生んだ母グロリアが女手一つで彼を育てる。幼少期は家を転々とするなど苦しい生活を強いられたレブロンだが、バスケットボールとアメリカンフットボールに熱中。とりわけバスケットボールで頭角を現すようになる。 高校はセント・ビンセント=セント・メアリー高に進学。1年目のシーズンで27戦全勝と他校を圧倒し、州の頂点に導いた。2年目にはオハイオ州のミスター・バスケットボールに2年生で選出されるという、史上2人目の偉業を成し遂げる。この頃には全米注目のプレイヤーとなり、NBAの関係者はもちろん、多くのメディアがレブロンの一挙手一投足を追った。 3、4年生でもミスター・バスケットボールに選出。さらに、全米屈指の高校生プレイヤーが一斉に集うマクドナルド・オールアメリカンではMVPに輝くなど、勢いはさらに加速する。その後、大学進学ではなくNBAドラフトへのアーリーエントリーを宣言。2003年のNBAドラフトで1位指名権を持つ地元球団のクリーブランド・キャバリアーズから指名され、18歳の若さで入団を果たした。 なお、プロ入り前にナイキと7年9000万ドル、カードメーカーのアッパーデックと5年500万ドルという大型契約を結んだことでも、世間の注目を一身に浴びた。

キャバリアーズ時代――鮮烈なNBAデビュー、3年目でファイナルへ

キャバリアーズでは1年目からチームのエースとして君臨。オスカー・ロバートソン、マイケル・ジョーダン以来となる平均20点、5リバウンド、5アシスト以上(20.9点、5.5リバウンド、5.9アシスト)を達成し、新人王を獲得した。なお、時点は親友でもあるカーメロ・アンソニー(当時デンバー・ナゲッツ)だった。 キャリア3年目の2006-07シーズンにはチームを史上初のNBAファイナルに導く。ティム・ダンカン、マヌ・ジノビリ、トニー・パーカーら百戦錬磨のベテランを擁するサンアントニオ・スパーズにスウィープ負けを喫したものの、レブロン時代の到来を予感させた。 翌2007-08シーズンには平均30.0点を挙げて自身初の得点王を受賞。さらに2006年に続いて2度目のオールスターMVPに輝くなど着実にトップスターの地位を固めつつあったが、プレイオフではカンファレンス準決勝でボストン・セルティックスに最終第7戦で敗れている。 その後も個人スタッツ、チーム成績ともに申し分のない数字を残すものの、プレイオフでは苦汁をなめ続けた。

ヒート時代――ウェイド&ボッシュとビッグ3を結成、自身初の頂点へ

2009-10シーズン終了後、フリーエージェントとなったレブロンは、自身の決断をESPNの特別番組『ザ・ディシジョン』で発表。マイアミ・ヒートとの契約を明らかにした。トロント・ラプターズのクリス・ボッシュもヒート入りし、元々ヒートにいたドウェイン・ウェイドとともに、同期による『ビッグ3』が完成した。 入団1年目は序盤こそ苦しんだものの、試合を経るごとに調子を取り戻し、プレイオフでも他チームを圧倒。自身4年ぶりとなるファイナル進出を果たした。しかしレブロンはファイナルで平均17.8点と精彩を欠き、ダラス・マーベリックスに2勝4敗で敗れてしまった。

ヒートでは親友ウェイドと共闘したレブロン。2連覇を達成した

翌2011-12シーズンはロックアウトのためレギュラーシーズンが66試合に短縮。レブロンは開幕から好調を維持して自身3度目となるシーズンMVPを獲得した。2年連続となるファイナルでは、ケビン・デュラント、ラッセル・ウェストブルック、ジェームズ・ハーデンを擁するオクラホマシティ・サンダーと対戦。シリーズ平均28.6得点・10.2リバウンド・7.4アシストと前年のうっ憤を晴らすかのような大活躍で、チームを頂点に導く。さらにファイナルMVPにも選出され、シーズンMVPとファイナルMVPを同じシーズンに受賞した史上10人目の選手となった。 2012-13シーズンもファイナルに進出し、キャブズ在籍時の2007年に対戦したサンアントニオ・スパーズと激突。最終戦までもつれたシリーズを制して2連覇を達成した。レブロンは2シーズン連続でシーズン&ファイナルMVPを受賞。歴代でもマイケル・ジョーダンしか達成していなかった快挙である。 2013-14シーズンもファイナルへ勝ち進み、サンアントニオ・スパーズと再戦。しかし、相手のチームオフェンスに苦しみ、3連覇は逃した。

キャバリアーズ時代――故郷への復帰、「Cleveland, this is for you!」

2013-14シーズン終了後、再びフリーエージェントとなったレブロンは、キャバリアーズへの復帰を発表。カイリー・アービング、ケビン・ラブなど実力者を有したチームは、レブロン入団1年目からファイナルへ進出。しかし、アービング、ラブ、アンダーソン・ヴァレジャオなどケガ人が続出し、ゴールデンステイト・ウォリアーズの前に2勝4敗で屈してしまう。 2014-15シーズンもファイナルへ進出し、ウォリアーズと再戦。第7戦までもつれたシリーズで八面六臂の活躍を披露して、前年のリベンジを果たす。自身3度目のファイナルMVPにも輝いた。また、地元チームを球団史上初の頂点へ導き、試合後のインタビューでは「Cleveland, this is for you!(クリーブランド、この優勝はみんなに捧げるよ!)」と感極まりながら、地元ファンへメッセージを送った。 その後も2シーズン連続でファイナルに進出するも、ウォリアーズに敗れている。

レイカーズ時代――自身初の西海岸、親友コービーの遺志を継ぐ

2017-18シーズン終了後、オプションを行使してフリーエージェントとなったレブロンは、自身初のウェスタン・カンファレンスのチームとなるロサンゼルス・レイカーズへ移籍する。当時レイカーズはコービー・ブライアントが引退しており、チームも5シーズン連続でプレイオフを逃していた。 加入1年目は故障にも悩まされ消化不良に終わったものの、翌2019-20シーズンはトレードによりアンソニー・デイビスが加入したこともあり、チームは一気に上昇気流に乗る。2020年1月25日のフィラデルフィア・76ers戦でコービーの通算得点記録を抜いて、NBA歴代4位に浮上。コービーもレブロンへ祝福のメッセージを送ったが、翌26日にヘリコプター墜落事故に巻き込まれ、帰らぬ人となってしまった。 その後のもデイビスとともにレイカーズをけん引し、新型コロナウイルスによりシーズンが中断した時点で、チームはウェスタン・カンファレンスの1位に君臨している。

レイカーズでは新たな相棒デイビスとともに、自身4度目の頂点を狙う

アメリカ代表――オリンピックに3度出場。東京五輪も前向き

初の代表選出は2004年のアテネ五輪。その際はラリー・ブラウンHCに重宝されず出場機会は限定的だったが、マイク・シャシェフスキーHC(デューク大)が率いた2006年の世界選手権(現FIBAワールドカップ)では、主力の1人として活躍。しかし、アテネ五輪に続いてまたも銅メダルに終わっている。 その後、2008年の北京五輪で初の金メダルを獲得すると、2012年のロンドン五輪でも優勝し連覇を果たした。以降、代表からは遠ざかっているが、日本で行なわれる東京五輪についてはたびたび出場に前向きなコメントを残している。もし参加となれば、日本で代表としてプレイするのは2006年の世界選手権以来2度目となる。

シューズ――NBA1年目からシグネチャーモデルを着用、現在も続く人気シリーズに

バスケットシューズは、プロ入り前に契約したナイキを現在に至るまで着用している。プロ1年目に用意された『Air Zoom Generation』以降は、自身の名前が冠されている。 なお、下記のシューズ名を見ればわかるように、2代目から9代目まではZOOMとAIR MAXが混在している。これは、シューズにどのようなクッショニングシステムの「エア」が搭載されていたかで変わるもので、前半はZOOM AIR、後半はMAX AIRを好んでいたことがわかる。 ■レブロンが着用した主なシューズ 2003-04シーズン:Air Zoom Generation 2004-05シーズン:Zoom LeBron II 2005-06シーズン:Zoom LeBron III 2006-07シーズン:Zoom LeBron IV 2007-08シーズン:Zoom LeBron V 2008-09シーズン:Air Max LeBron VI 2009-10シーズン:Air Max LeBron VII 2010-11シーズン:Air Max LeBron VIII 2011-12シーズン:LeBron IX 2012-13シーズン:LeBron X 2013-14シーズン:LeBron 11 2014-15シーズン:LeBron 12 2015-16シーズン:LeBron 13 2016-17シーズン:LeBron 14 2017-18シーズン:LeBron 15 2018-19シーズン:LeBron 16 2019-20シーズン:LeBron 17

交友関係――バスケ界にとどまらず、他競技や音楽界などにも人脈を持つ

同期のカーメロ、ウェイド、2005年にNBA入りしたクリス・ポール(オクラホマシティ・サンダー)の3人とはオフも一緒に遊ぶ間柄。また、ヒートとキャブズ時代にチームメイトだったジェームズ・ジョーンズについても、「今までで最もお気に入りのプレイヤー」と話していたことがある。 マイケル・ジョーダンは幼少期からの憧れの人物。23という背番号の由来も、もちろんジョーダンだ。今では、史上最強論でしばしば比較される存在となっている。 自身の代理人であるリッチ・ポール、ともにビジネスをしているマーベリック・カーターは高校からの友人だ。このように、レブロンは古くからの友人をビジネスでも重宝している。現在は、彼らとともにLMRMマーケティングという自身のマネジメント会社を経営している。 バスケットボール界以外では、テニスプレイヤーの大坂なおみとも関わりがある。大坂が2018年の全米オープンを制覇した後に対面したり、逆に大坂がレイカーズの試合を観戦したりしている。2020年3月に新型コロナウイルスの影響でNBAのシーズンが中断した際には、大坂がインスタグラムにレブロンとの2ショット写真をアップし、「NBAは中断になったけど、私はこの写真を心のよりどころにして頑張る」投稿していた。 さらには、音楽界の重鎮ジェイ・Zとも親交が深い。コートサイドやパーティなどで談笑する姿がしばしば散見される。

■大坂なおみの投稿はこちら

レブロンのプロフィール

本名:レブロン・レイモン・ジェームズ(LeBron Raymone James Sr.) ポジション:フォワード 所属:ロサンゼルス・レイカーズ 生年月日:1984年12月30日 出生地:オハイオ州アクロン 身長:205.7センチ 体重:113.4キロ ドラフト:2003年1巡目1位(クリーブランド・キャバリアーズ) 背番号:23 在籍:キャバリアーズ(2003~10)、ヒート(10~14)、キャバリアーズ(14~18)、レイカーズ(18~)

レブロンの受賞歴

NBAチャンピオン:3回(2012、13、16) NBAファイナルMVP:3回(2012、13、16) レギュラーシーズンMVP:4回(2009、10、12、13) オールスター出場:16度(2005~20) オールスターMVP:3回(2006、08、18) 新人王:2004 得点王:1回(2008) オールNBA1stチーム:12回(2006、08~18) オールNBA2ndチーム:2回(2005、07) オールNBA3rdチーム:1回(2019) NBAオールディフェンシブ1stチーム:5回(2009~13) NBAオールディフェンシブ2ndチーム:1回(2014) NBAオールルーキーチーム 1stチーム:2004 USAバスケットボール男子年間最優秀選手:2012

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