お茶目でサービス精神旺盛でチャーミング。誰よりもフレンドリーだったクリス・ウェバー【大井成義コラム vol.2】

さほど時間を気にせず自由に撮れた大物アスリート

「撮影で実際会ってみて、イメージと違ってた有名人は?」といった質問を、酒席などでごくごくたまにされることがある。 まず頭に思い浮かぶのは、残念な方に違っていた人たちだ。テレビではいつも明るくにこやかなキャラで通っているのに、レンズが向いている時以外は別人のように無愛想で、お付きのスタッフたちが異常にピリついていたとか、撮影中にほんの些細なことで半ギレされたとか、そういった経験はなくもない。 だが、その日の体調や虫の居所によって不機嫌になったりもするだろうし、何か特別な事情があったのかもしれない。それゆえ、そういった質問をされた時は適当に話を濁して、できるだけ名前を出さないようにしている。 これが、逆のパターンなら話は別だ。予想に反して、むちゃくちゃ好感度が高かった著名人に関しては、名前を挙げたところで誰も損をしないだろう。今回は、とっつきにくそうなイメージを持っていたけど、会ってみたら超フレンドリーでびっくりしたNBA選手の話。 「今まで撮影した中で、一番フレンドリーだったNBA選手は?」と聞かれたら、僕は即答で「クリス・ウェバー!」と答える。もう完全に一択状態だ。

著者が「一番フレンドリーだったNBA選手」と語るクリス・ウェバー。撮影当時はワシントン・ウィザーズに在籍していた

前回のコラムに書かせていただいたが、初めて撮ったNBA選手が19歳のコービー・ブライアントだった。レイカーズの広報から与えられた撮影時間はわずか数分と極端に短く、またコービーもティーンネイジャーにありがちなぶっきらぼうさで、さらには僕も焦りまくっていたこともあり、いろんな意味で非常に厳しいデビュー戦となった。 次に撮影したNBA選手がウェバーである。コービーの撮影で、NBA選手撮影時のタイトさを味わわされたこともあり、それなりの覚悟を持って撮影に臨んだが、これがなんと拍子抜けするほどのゆるさ。あれほどの大物アスリートを、さほど時間を気にせず自由に撮れたのは、後にも先にもこの時だけだ。

全米を熱狂させた“ファブ・ファイブ”のエース

ウェバーと言えば“ファブ・ファイブ”である。“Fabulous Five”の略で、訳すと“素晴らしい5人”、“驚異の5人”。1990年代はじめに全米で一大旋風を巻き起こしたミシガン大のファブ・ファイブは、30年近く経った今なお、アメリカのバスケ好きの間で語り草となっている。2011年に『ESPN』が放映した1時間半の番組『The Fab Five』は、同局のドキュメンタリー部門で当時過去最高の視聴率を記録したそうだ。 先発の5人全員が1年生。ダボダボのバギーショーツに黒のソックスとナイキ・エアフォースMAXを履き、アップテンポなストリートバスケのプレイスタイルやトラッシュトークまでをもコートに持ち込んだ。ヒップホップのノリを前面に打ち出した破天荒な5人組が、カレッジ・バスケットボールの世界を一変させ、全米に熱狂をもたらしたのである。NBA選手にすら真似する者が続出したという。そのチームでエースに君臨していたのがウェバーだった。 ファブ・ファイブは1年時のNCAAトーナメント決勝でデューク大に敗れるも、翌年再び決勝まで駒を進めてみせた。ノースカロライナ大との頂上決戦は接戦となり、最終局面でウェバーは世紀の大チョンボをやらかす。 2点ビハインドで残り試合時間11秒、ボールを手にしていたウェバーは相手選手2人から囲まれてしまい、パニクってすでに使い果たしていたタイムアウトを要求してしまう。その結果、テクニカルファウルを取られ、優勝を逃してしまったのである。 凄まじいまでの人気を誇っていたファブ・ファイブとウェバーだっただけに、この出来事に全米が騒然とした。数日後にウェバーの元へ届いたというビル・クリントン大統領からの励ましの手紙を、今でもネットで見ることができる。

予想外だったチャーミングな一面

撮影の依頼があったのは、日本でNBAライターとして活動しているK氏からだった。仕事の内容は、NBA専門誌『DUNK SHOOT』の1998年6月号で、表紙と巻頭の特集に使用するウェバーのポートレイトおよびプレイ写真の撮影。 もちろん二つ返事で引き受けさせていただいたが、被写体のウェバーに関しては気がかりな点がなくもなかった。最初に入団したウォリアーズではHCのドン・ネルソンと起用法を巡って衝突を繰り返し、ついにはブレッツ(現ウィザーズ)へトレード。移籍先でもHCと良好な関係を築けず、プレイ以外に関してはメディアからネガティブに書かれるケースが目についた。 ドラフト1位で指名され、新人王を獲得し、プロ4年目でオールスターに選ばれた次世代のスーパースター候補。バスケットボールは恐ろしく上手いが、ぞんざいな物言いやコーチとの軋轢など、どちらかと言えば気分屋でわがままな若者、そんなイメージが流布していた。撮影時に不機嫌だったり、やる気なしモードだったらきっついなあ、そうぼんやりと考えながらワシントンDCへ飛んだ。 現地でK氏と落ち合い、前年に完成したばかりの真新しいMCIセンター(現キャピタルワン・アリーナ)に向かった。センター内にはフルコートを備えた練習施設があり、その片隅で撮影を行うべくストロボをセッティングした。カメラはコービーの時と同様に中判のペンタックス6×7、フィルムはカラーとモノクロのネガ。

『DUNK SHOOT』誌に掲載されたカット。撮影中はウェバーの人懐っこい性格もあって、終始和やかな雰囲気だったという

約束の時間にウェバーが姿を現した。笑顔全開のウェバーと握手しながら自己紹介すると、僕の発音しにくい名前をリピートして確認してくれるという気の使いようである。著名人でそこまでしてくれる人は滅多にいない。 K氏はウェバーと以前にも仕事を一緒にしており、だいぶ打ち解けた間柄のようだった。そのことが、僕にもフレンドリーに接してくれた最大の要因だったのは間違いないが、たぶん根っから朗らかで人懐っこい性格なのだろう。ウェバーは現役を退いた後にメディアの世界で成功を収めるのだが、引退後に垣間見せる面白キャラやチャーミングさを若い頃から披露していたら、さらに人気が出ていたに違いない。

「こんなんどうよ?」とポーズを決めたウェバー

まずは表紙用と中ページのメインカットの撮影から。全身の引きと上半身の寄りを、胸の前で手を組んだり、腰に手を当ててもらったりといくつかのポーズで撮り、続けてボールを脇に挟んだカットや、その他ボール絡みのバリエーションを押さえて、予定していたポートレイト撮影を一通り終えた。 フィルムを交換し、撮影場所を変える前に、場の空気を和まそうと冗談半分で「何かやっときたいポーズなんてある?」と聞いてみた。もちろん、選択肢を増やす意味でも追加で撮れたらありがたいが、普通ならば返事は“No”だ。すると、驚きの反応が返ってきた。 ウェバーは「こんなんどうよ?」と言いながら、ヤンキー座りに近い感じでしゃがみ込んでボールを差し出すという、なんともファンキーなポーズをしてくれたのである。面食らいながらもすぐさま撮影に取り掛かり、フィルムが切れるまでシャッターを押し続けた。その間、ウェバーは「こんなんもありまっせ!」とでも言わんばかりに、いくつかの得意ポーズを披露。なんというサービス精神であろう。

著者の問いかけにウェバー自らがポージングしてくれた1枚。このカットが表紙に採用された

その後、中ページ用にシュートを打っている姿を撮らせてもらえないか尋ねると、当然のように快諾してくれた。最初は1人でシュトーを打っていたが、途中からK氏をコートに招き入れ、2人で大いに盛り上がっている。シュートを外しては大声で悔しがり、3ポイントを決めては無邪気に喜ぶウェバー。 テレビでは見ることのない微笑ましい光景に、仕事であることを忘れ、近所のプレイグラウンドでボールと戯れはしゃいでいる子どもの写真を撮っているような、なんとも愉しい気分にさせられたことを覚えている。

撮影以来変わらないウェバーのイメージ

前出の通り、ウェバーは引退後にテレビの世界へチャレンジし、解説者としてめきめきと頭角を現した。驚かされたのは、彼の喋りの上手さと解説の的確さだ。溢れるように湧き出てくる言葉、聞きやすい声、そして鋭い視点と抜群に面白い話の内容。ジェフ・ヴァンガンディやレジー・ミラーと並び、元NBA選手やHCの解説者の中では、今やトップクラスと言ってもいいだろう。 大学時代はファブ・ファイブの中心メンバーとして全米を席巻し、NBAではチャンピオンリングこそ獲得できなかったもののリーグきってのパワーフォワードとして鳴らし、引退後は解説者として活躍。人それぞれ、ウェバーに対するイメージを持っているだろうが、僕にとってのそれは、あの撮影以来ずっと“お茶目でサービス精神旺盛でチャーミング”なイメージだ。 2008年、『TNT』の『Inside the NBA』という番組にレギュラー出演者の1人として初出演した際、ウェバーは抜き打ちのテストを受けた。「カレッジ・バスケットボールでは、1試合に何回までタイムアウトを取れるでしょう?」という意地悪な質問に対し、身をよじりながら「俺はいまだにその答えがわからないんだ!」と、満面の笑顔でリアルに答えるウェバー。 あれこそが僕のイメージするウェバーであり、僕の大好きなエピソードでもある。 写真オリジナル掲載:BASKETBALL DIGEST『DUNK SHOOT』 / 1998年6月号

初めて撮ったNBA選手。純粋で真っ直ぐな眼差しを向けたコービー・ブライアント【大井成義コラム vol.1】

大井成義:フォトグラファー兼ライター。1993年渡米、School of Visual Arts New York卒業。ポートレイトを中心にトラベルやスポーツ関連の写真を撮影する傍ら、国内外で個展を開催。ライターとしては、2000年代前半に『DUNK SHOOT』誌で「月刊ニックス」を連載、以来同誌にてコラムを執筆している。現在日本在住。

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