今季4年連続でオールスター出場を果たしたボストン・セルティックスのケンバ・ウォーカーは、リーグを代表するポイントガードの1人だ。しかし、キャリア初期のシャーロット・ボブキャッツ(現ホーネッツ)時代は勝利が伴わず、涙を流したこともあったという。苦悩の日々のなか、筆頭オーナーを務める“神様”マイケル・ジョーダンからかけられた言葉が彼をスターダムに押し上げるきっかけになった。『Boston Globe』は「UConnのヒーロー。マイケル・ジョーダンの弟子。ボストンの希望」と題して、ウォーカーを取り上げている。 ニューヨークのブロンクス区で生まれ育ったウォーカーは幼少期、父親とブルズ時代のジョーダンのビデオ映像を見て育った。「UConn」の愛称で知られるコネティカット大から2011年のドラフト1巡目9位でボブキャッツから指名を受けることになるが、当時、選手育成部門ディレクターを務めていたクリス・ホイットニー氏は、ドラフトに向けた戦略会議でジョーダンが「彼を私のポイントガードにしてくれ」と獲得を嘆願したことを明かす。 希望を持ってNBAの世界に飛び込んだウォーカーだったが、現実は厳しかった。1年目の2011-12シーズンは全66試合(ロックアウトによる短縮シーズン)に出場して平均12.1得点、3.5リバウンド、4.4アシストを記録するもチームは7勝59敗で断トツ最下位。いとこのケドゥによれば、ウォーカーは「俺たちはまた負けた」と落ち込み、食事に行ったレストランの駐車場で一人涙していたという。本人も当時のことを鮮明に覚えているようだ。 「家に帰りながら1人泣いた夜を覚えている。俺は負けるのが嫌だった。(当時は)試合が始まる前から負けていたようにさえ感じる。毎回、早々に20点差をつけられていた」 翌2012-13シーズンもボブキャッツは、21勝61敗でリーグ29位に低迷。当時22歳のウォーカーは全82試合に先発出場して平均17.7得点、3.5リバウンド、5.7アシストを挙げたが、チームでベストプレイヤーの1人でありながら、どこかベテランたちに遠慮していた。そしてある日、ジョーダンに呼び出され、このように“喝”を入れられたという。 「君は君らしくある必要がある。君は勝者であり、得点ができるから、私は君をドラフトした」 ウォーカーは、「それは俺が聞く必要があった言葉だった」とジョーダンとの会話を振り返る。 翌2013-14シーズンに勝率5割を超えでプレイオフ進出に導いたウォーカーは、決して得意ではなかった3ポイントシュートを磨き、平均20得点、5アシスト以上を誇るリーグ屈指のポイントガードに成長。その実力が認められ、オールスターにも選出されるようになった。 昨季終了後、8年間を過ごしたチームを離れてセルティックスに移籍する苦渋の決断を下したが、すべてはジョーダンから叩き込まれた“勝者のメンタティー”に基づいている。 「評価を受ける選手は、勝つ選手だ。俺はそういう存在であることを望む。そのためにボストンに来た」 新型コロナウイルスの影響で、カンファレンス3位につける今季の行方は不透明だが、ウォーカーはセルティックスでの成功を夢見てやまない。