今年の6月6日でちょうどリーグ創設72周年を迎えたNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)。

チーム数の拡大やルール変更を幾度となく繰り返しながら成長を続けてきたNBAの歴史を、各時代を代表する選手と共に振り返ります。

1946リーグ創設〜レイカーズとセルティックスの2大フランチャイズ時代

1946年6月6日にBAA(Basketball Association of America)という11チームによるリーグが創設され、その後NBA(National Basketball League)を吸収し、1949年に17チームによるNBAがスタートしました。人気の低迷やチームの減少、幾度かのルール変更(24秒ルールの導入やペイントエリアの拡大など)を経て、1950年代になるとミネアポリス・レイカーズ(現ロサンゼルス・レイカーズ)とボストン・セルティックスという2大フランチャイズがリーグを支配するようになりました。スリーポイントシュートが無い時代だっただけに、当時は身長の高い選手がゴール下で威力を発揮する傾向がありました。その中でも際立った活躍をしたのが、ウィルト・チェンバレンとビル・ラッセルです。特に、ラッセルは1950年代後半から1960年代前半にかけてセルティックスを8連覇を含む11回のNBAチャンピオンに導きました。

「この時代に何があった?」

  • 第二次世界対戦終戦(1945年)
  • NBAのロゴにもなっているジェリー・ウェストがNBAデビュー(1960年)
  • オスカー・ロバートソンがシーズン・トリプルダブル達成(1961-62シーズン)
  • ウェルト・チェンバレンが1試合で100得点(1962年)

1960ドクターJの時代

1960年代は、10年の間に9回優勝したセルティックスが王朝を築きました。1チームが支配するNBAにマンネリ感が漂い始めた頃、アメリカのバスケットボール界にもう一つのリーグが誕生します。それが1967年に創設されたABA(American Basketball Association)です。ABAは、よりエンターテインメント性の高いリーグを目指し、チアリーダーによる派手な演出やスリーポイントシュートを導入しました。そのリーグで誕生したスター選手が、『ドクターJ』ことジュリアス・アービングです。彼は、自慢のアフロヘアーをなびかせながら、片手で軽々とボールを掴み、沢山の独創的なプレーを生み出しました。中でも、高い跳躍力と長い腕を活かしたプレーが特徴的で、フリースローラインから踏み切って叩き込んだダンクや、ゴール裏から長い腕を伸ばして決めたリバースレイアップは、後のNBA選手達が何度も真似をする『リーグのアイコン』とも言えるプレーとなりました。
1976年にABAがNBAに吸収された後も、アービングの人気は続きました。

「この時代に何があった?」

  • ベトナム戦争が泥沼化
  • ヒッピー文化の影響で、選手の間で長い髭やアフロヘアーが流行
  • 選手の試合中のファッションは、丈の短いショートパンツとハイソックスが主流
  • ABAを吸収し、NBAのチーム数が22チームに(1976年)
  • スリーポイントシュートを導入(1979年)
  • 身長230cmの岡山恭崇選手がドラフト8巡目全体171位で
    ゴールデンステイト・ウォリアーズに指名されたが、NBAではプレーしなかった(1981年)

1979リーグを盛り上げたライバル関係

ABAの吸収に伴い、NBAは1979年にスリーポイントシュートも導入し、徐々に盛り上がりを回復していきました。その盛り上がりを更に加速させたのが、マジック・ジョンソン(レイカーズ)とラリー・バード(セルティックス)のライバル関係です。大学時代からライバル関係にあった2人は、NBAでも東西それぞれの名門チームに入団し、何度もNBAファイナルで優勝を争いました。レイカーズのジョンソン、カリーム・アブドゥル・ジャバー、ジェームズ・ウォージーの3人と、セルティックスのバード、ロバート・パリッシュ、ケビン・マクヘイルの3人は、NBAの元祖『BIG3』と言えるでしょう。
チーム数も27チームに増え、再び人気を回復させたNBAですが、当時は今と違って『ファール上等』なフィジカルなプレーが主体でした。そのような時代背景をバックに力を発揮したのが、アイザイア・トーマス率いる『バッドボーイズ』ことデトロイト・ピストンズでした。彼らは、次世代のスター選手マイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズの前に何度も立ちふさがり、1980年代終盤に2連覇を成し遂げました。

「この時代に何があった?」

  • デイビッド・スターン氏がNBAコミッショナーに就任。スターン氏の手腕により、NBAは商業的に成功を収めることとなる(1984年)
  • マイケル・ジョーダンがシカゴ・ブルズに入団(1984年)
  • スラムダンクコンテストが始まる(1984年)
  • エア・ジョーダン1が誕生。当時の選手は白いシューズを履くルールになっていたため、ジョーダンは毎試合罰金を払いながらエア・ジョーダン1(赤・白・黒の配色)を履いた
  • チャンピオン社がNBAの公式ユニフォーム・サプライヤーに(1990年)

1991マイケル・ジョーダンの時代

1991年に遂にジョーダン率いるブルズが念願のNBAチャンピオンに輝き、1992年のバルセロナ・オリンピックにNBAの現役最高の選手を集めた『ドリームチーム』が出場すると、NBAの人気は世界中で最高潮に達しました。
1990年代に2度の3連覇を達成したジョーダンは、『Air』の異名を持つ驚異的な跳躍力と圧倒的なゲーム支配力というバスケットボールのプレー面だけでなく、バスケットボールシューズやアパレルで有名な『Air Jordan』シリーズに代表されるファッション面でも大人気となり、世界で最も著名なアスリートの1人となりました。
また、同時期には、井上雄彦氏原作のバスケットボール漫画『スラムダンク』が大流行し、日本国内でも一大バスケブームが巻き起こりました。

「この時代に何があった?」

  • ジョーダンが大きめサイズのユニフォームを着ていた影響で、丈の長いショーツが主流となる
  • 日本で空前のスニーカーブームが巻き起こる。1995年に発売されて爆発的人気となった「エアマックス95」を履いている人を襲ってシューズを奪う「エアマックス狩り」が社会問題に
  • バルセロナオリンピックに出場したドリームチームとジョーダンの活躍が火付け役となり、日本におけるNBAの認知度が一気に上がる
  • 井上雄彦氏原作のバスケットボール漫画「スラムダンク」が大ヒット
  • WNBA(全米女子プロバスケットボール・リーグ)創設(1996年)
  • 労使交渉がもつれた影響でシーズンの開幕が2月5日にズレ込み、レギュラーシーズンが50試合に短縮された(1998-99シーズン)

2000ポスト・ジョーダンの時代

ジョーダンが引退した後の2000年代のNBAは、『ポスト・ジョーダン(ジョーダンを継ぐ者)』を探す時代に突入します。その中には、プレーだけでなくファッションやライフスタイルの面でも人気が高かったアレン・アイバーソンやペニー・ハーダウェイ、人間離れしたダンクを叩き込む鳥人ビンス・カーター、巧みなパスでファンを魅了したジェイソン・ウィリアムズなど、今でもファンから熱烈な支持を得る個性的な選手達が数多く出現しました。
そんな状況の中で台頭してきたのが、コービー・ブライアントとシャキール・オニール率いるレイカーズと、ティム・ダンカンを中心としたサンアントニオ・スパーズでした。
特に『ブラックマンバ』の異名を持つブライアントは、闘争心の高さやプレースタイルの面でジョーダンに通ずる部分が多く、『ポスト・ジョーダン』の最有力と呼ぶに相応しい選手でした。彼は、オニールやパウ・ガソルといった最高の相棒を味方につけ、2000年から2010年にかけて7回NBAファイナルに進出し、ジョーダン(6回優勝)に匹敵する5回のNBAチャンピオンに輝きました。

「この時代に何があった?」

  • 髪を編み込んだ「コーンロウ」というヘアースタイルが、黒人選手を中心に大流行
  • アイバーソンが着用したことをきっかけに、アームスリーブが大流行
  • マイケル・ジョーダン引退(2003年)
  • NBAのチーム数が現在と同じ全30チームに
  • リーボック社が全NBAの公式ユニフォームを供給することが決定(2004年)
  • 田臥勇太選手がNBAデビュー(2004年)
  • リーボック社を買収したアディダス社がNBAの公式ユニフォーム・サプライヤーに(2006年)

20102003年ドラフト組の台頭

2010年代に入ると、『10年に1度の豊作』と言われた2003年ドラフト組がリーグを席巻しはじめます。
特に、2003年ドラフト組のトップ3と言われるレブロン・ジェームズ、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュが一堂に会したマイアミ・ヒートは強烈な存在感を放ち、2011年から2014年までの4年連続でNBAファイナルに進んで、うち2回で彼らはNBAチャンピオンに輝きました。
その通称『スリー・キングス』の中で、現在も圧倒的な存在感を示しているのが、『キング』ことジェームズです。今年で8年連続NBAファイナル進出中のジェームズは、これまでのキャリアで3回NBAチャンピオンに輝いています。33歳となった今も進化を続けるジェームズは、『ゲームの支配力に関してはジョーダンを超えた』とも言われていますが、『真のジョーダン超え』を達成するには、あと少なくとも3回優勝する必要があるでしょう。

「この時代に何があった?」

  • NBAと選手会の労使交渉がもつれて開幕が12月にズレ込んだ影響で、レギュラーシーズンが66試合に短縮された(2011-12シーズン)
  • レブロン・ジェームズ率いるマイアミ・ヒートが2連覇(2012年、2013年)
  • アダム・シルバー氏がNBAコミッショナーに就任(2014年)
  • アディダス社が導入した半袖ユニフォームがNBA選手の間で大不評に。レブロン・ジェームズが試合中に袖を引きちぎる事態も発生(2014年〜2016年)
  • リーグが2014年にESPN、ABC、TNTの3社と結んだ年間26億6000万ドル(約3000億円)という巨額テレビ放映権契約が2016年からスタートした関係で、選手のサラリーの高騰や、アリーナや練習施設を改築するチームが続出(リーグの放映権収入は全30チームに分配される。このテレビ放映権契約は2024-25シーズンまで続く)
  • 労使交渉がもつれた影響でシーズンの開幕が2月5日にズレ込み、レギュラーシーズンが50試合に短縮された(1998-99シーズン)

2015スリーポイントシュート全盛時代の到来

近年、NBAだけでなく世界中のバスケットボール界で、スリーポイントシュートによるハイスコアリング・ゲームが主流となっています。その時代の最先端を行っているのが、ゴールデンステイト・ウォリアーズとヒューストン・ロケッツです。次々と美しいスリーポイントシュートを決めるステフィン・カリーとクレイ・トンプソンの通称『スプラッシュ・ブラザーズ』や、リーグトップクラスのスコアラーのケビン・デュラントを擁するウォリアーズと、変幻自在の天才スコアラーであるジェームズ・ハーデンを擁するロケッツの2チームの試合は面白いようにシュートが決まるので、久々にバスケットボール観戦をする方々は、バスケットボールという競技の進化に驚くかもしれません。
事実、この両チームが顔を合わせた今年のプレーオフのウェスタン・カンファレンス・ファイナルは、ファンの期待を裏切らないハイレベルな点取り合戦でした。

「この時代に何があった?」

  • ユニフォームにスポンサーのパッチを付けることが可能に
  • スタンス社がNBAの公式ソックス・サプライヤーに(2015年)
  • コービー・ブライアント引退(2015年)
  • ウォリアーズが歴代最多となるレギュラーシーズン73勝を達成(2016年)
  • Bリーグ開幕(2016年)

2018ニュータイプの出現

ここ数年でNBAもかなり国際化が進み、北米の選手とは一味違ったプレーをする海外出身のNBA選手が沢山登場しています。その先駆けと言えるのが、213cmという長身ながらソフトタッチの美しいシュートを放つドイツ出身のダーク・ノビツキーや、独特なリズムの『ユーロステップ』をNBAに持ち込んだアルゼンチン出身のマヌ・ジノビリでした。
そして今、海外出身の選手を中心に、今後のNBAのプレーに大変革を起こすであろう『ニュータイプ』の若手NBA選手が出現し始めています。特に、ギリシャ出身のヤニス・アデトクンボ、カメルーン出身のジョエル・エンビード、オーストラリア出身のベン・シモンズ、ラトビア出身のクリスタプス・ポルジンギスには要注目です。彼らは皆、7フィート(213cm)前後の身長がありながら、ガードの選手のようにシュートもドリブルもバスもできる技術とスピードを兼ね備えています。なかでも、スリーポイントライン付近からドリブルを開始して、僅か1歩でダンクに持っていけるアデトクンボのプレーには、間違いなく度肝を抜かれるはずです。

「この時代に何があった?」

  • ナイキ社が、アディダス社に代わってNBAの公式ユニフォーム・サプライヤーに(2017年)
  • ナイキ社製のユニフォームが試合中に破れる事案が発生(現在は対策済み)
  • 全体的に若干タイトめなユニフォームが再び主流に。ショーツの裾も少し短めになる
  • レブロン・ジェームズが8年連続でNBAファイナル進出(2018年)
  • ウォリアーズが2連覇(2018年)

果たして、NBAはこのままスリーポイントシュート主体の時代が続くのか?

新しいタイプの選手達がリーグを席巻する時代が来るのか?

それとも再びフィジカルなディフェンス主体の時代が訪れるのか?

文:NBAジャーナリスト/イラストレーター 西尾瑞穂

雑誌・テレビ・インターネット等の媒体で活動するフリーランス・イラストレーター。 イラストを通じてNBA選手やNBA球団と親交を深めており、NBAの現役選手に頼まれてイラストを制作する機会も多数。 ファン歴25年以上という熱狂的なユタ・ジャズのファンだったが、 最近ではイラスト制作をきっかけにチームと密接な繋がりを持つようになり、 昨年はジャズの球団社長から直接依頼を受けてチームの公式イラストを制作した。 NBAジャーナリストとして8年前からNBAの現地取材をスタートし、NBAオールスターゲームは毎年現地で取材している。

イラスト:イラスト・コミュニケーター 田村大

似顔絵の世界大会であるカリカチュア世界大会において、 2016年に総合優勝した経歴を持つイラストレーター。 ペン・カラーマーカーを用いてダイナミックに手を動かして描く、 躍動感あふれるスタイルを最も得意とし、 NBAレジェンドたちが参加するBIG3にて、 プレイヤーオブザウィークの作画を担当するなど、 バスケットボールを中心としたスポーツのイラストを多数手がける。 インスタグラム(@dai.tamura)のフォロワーは5万人を超え、 ベン・シモンズやアレン・アイバーソン、渡邊雄太や八村塁らにイラストがシェアされ、 支持を得ている他、ヒューストン・クロニクルといったアメリカの主要新聞社などで特集された。 2018年より独立し、イラストを通じて企業のマーケティングを支援するDT合同会社を立ち上げ、代表を務めている。

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