ゴールデンステイト・ウォリアーズのリック・ウェルツ球団社長兼COO(最高執行責任者)が来日し、楽天本社を表敬訪問した。

シアトル出身のウェルツ氏は、16歳の時に地元のNBAチームシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)でボールボーイとして働きはじめ、その後10年間に渡ってスーパーソニックスで広報など様々な仕事を経験。スポーツマーケティング会社の社長などを経て1982年から1999年までNBAのリーグ・オフィスでNBAオールスター・サタデーのコンセプト作りや1992年のバルセロナ・オリンピックに出場したドリームチームIのマーケティング・キャンペーンの仕掛け人を務めた。また、WNBA(全米女子プロバスケットボール・リーグ)の創設にも携わり、1998年にはVal Ackerman氏と共に「Marketer of the Year」にも選出されている。

その後、ウェルツ氏は2002年から2011年までフェニックス・サンズの球団社長兼COOを務め、2011年10月にウォリアーズの球団社長兼COOに就任した。

Rakuten NBA NEWSは、様々な角度からリーグを見てきたウェルツ氏ならではのストーリーを聞くことに成功した。

レブロン・ジェームズ

--- あなたのキャリアはスーパーソニックスのボールボーイから始まったといっても過言ではありません。ボールボーイを始めた当時から、将来はNBAに関わる仕事をしたいという目標を持っていたのでしょうか?

もちろん、ボールボーイを始めた16歳の時から既に自分がNBA優勝チームの球団社長になると分かっていたさ(笑)
実際は、自分が現在のような仕事をするようになるとは夢にも思っていなかったよ。スーパーソニックスはシアトルの街にできた初めてのスポーツ球団だった。父と私はバスケットボールの試合を観に行くのが大好きになって、よく一緒にアリーナに行ったんだ。そうしているうちに、私はバスケットボールの試合に完全に心を奪われたんだ。それと同時に、シアトルの街にとってスーパーソニックスがどれだけ重要な存在であり、どれだけインパクトを持ち、そしてどれだけ力強い影響を与える存在なのか理解するようになった。そうしているうちに、次第にNBAに関わる仕事がしたいと思うようになったんだ。
スポーツ・チームとは、試合の勝ち負け以上に、地域社会にエンターテインメントを提供したり利益を供給する存在だからね。

--- 当時スーパーソニックスでヘッドコーチをしていたビル・ラッセル氏をはじめとする偉大な人々との出会いも、あなたの将来の目標に影響を与えましたか?

自分にとって英雄だった多くの人々に囲まれて10代から20代の時期を過ごせたことは、とても幸運なことだったよ。子供の頃に観客席から応援していた選手たちと、ロッカールームで共に過ごすことになったんだからね。興味深いことに、その頃に培ったコミュニケーション技術は今でも生かされているんだ。バスケットボールチームの構造や、選手、コーチ、トレーニングスタッフ、オーナー、メディアといった人々との関わり方は、今も昔も変わらないからね。

ボールボーイとしてNBAに関わるキャリアをスタートさせたスーパーソニックスで、私はチームを成功に導く秘訣を学ぶことができた。世界で最も有名なバスケットボール選手の1人であり、ボストン・セルティックスでプレーした13年間の現役生活で11回優勝という前人未到の偉業を達成したビル・ラッセルから学ぶことも多かった。

でも、彼と親しくなるには少し時間がかかったんだ。私は大学に通いつつボールボーイをしていたから早朝にチーム・オフィスに行くようにしていたんだけれど、ラッセルも早起きだったからいつも早朝からオフィスにいたんだ。身長2m08cmで多くの優勝経験を持つNBAコーチと大学生のボールボーイなんて、まったく対照的な2人だったよ。ある朝、ラッセルはホールにいる私を指差して「White boy down the hall.(おい、そこの白い少年)」と呼んだんだ。それから2年間は私の呼び名は「白い少年」だったよ。それからしばらくして、私たちは友人になった。そして、彼から多くのことを学んだんだ。
スーパーソニックにいた頃の経験は、その後の私のキャリアに大きな影響を与えているよ。

--- 日本でもドリームチームは大きな注目を集めました。NBAが大体的に世界規模のマーケティング・キャンペーンをしたのはバルセロナ・オリンピックの時が最初だったと思います。ドリームチームには当時のNBAのトップ・プレーヤー達が集結したので、世界中のNBAファンから注目されることは容易に想像できたと思いますが、世界中のNBAファン以外の人々から注目を集めるために、あなたはどのようなコンセプトでマーケティング戦略に取り組んだのでしょうか?

1992年のバルセロナ・オリンピック以前は、NBAでプレーしている選手は国際大会でのプレーを禁じられていた。だから、プロ・バスケットボール選手がオリンピックでプレーしたのは、あの時が初めてだったんだ。NBAは、国際大会を統括するFIBA(国際バスケットボール連盟)とアメリカ国内のバスケットボールを統括するABA(アメリカバスケットボール連盟)と、NBA選手の出場についてバルセロナ・オリンピックの4〜5年前から協議を重ねていた。

オリンピックにNBA選手を出場させる前段階として、我々はミルウォーキー・バックスをイタリアに遠征させて地元のチームとエキシビジョンゲームをさせ、FIBAからの信頼を獲得できるように務めた。その結果、我々はABAへの加盟が認められ、正式に『アメリカ代表チーム』を結成することができたんだ。
だが、その当時、NBA選手たちのアメリカ国外での知名度は低かった。そこで我々は、今まで誰も見たことがないようなオリンピック史上最高の選手を揃えることにしたんだ。そして、マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、ラリー・バード、パトリック・ユーイング、カール・マローン、チャールズ・バークレーらを擁する『ドリームチーム』が完成したんだ。彼らはバルセロナでも既に有名な存在だったよ。

バルセロナ・オリンピックが開催された約2週間の間にドリームチームが世界中に与えたインパクトが、その後の20年以上に渡って世界中のバスケットボールに影響を与え続けている。あの時、世界は最高峰のバスケットボールを初めて目撃したんだ。全世界の人々は、あそこまでハイレベルなバスケットボールを見たことがなかった。現役NBA選手も、ドリームチームから多大な影響を受けている。
誰も想像すらできなかったような素晴らしいチームを作ったことで、我々は世界中にインパクトを与えることができたんだ。

--- 日本のプロスポーツは、一部の人気チーム以外は地域密着型のチームが殆どなので、彼らは地元のファンを増やすことに注力してきました。それに対して、ウォリアーズをはじめとする多くのNBAチームは世界中にファン層を広げています。NBAやNBAチームは、どうして世界中でファンを増やすことができたのでしょうか?

壮大な質問だね(笑)
1980年代頃から、NBAは世界市場を開拓することを真剣に考え始めた。そこで、リーグは世界中でNBAの試合を放送することにしたんだ。テレビで実際に試合を見てもらうことが最もパワフルな影響力を持つからね。

だが、野球やサッカーが世界中で慣れ親しまれているのに対し、その当時バスケットボールは「アメリカの競技」という印象が強かった。世界中の子供たちの将来の目標は、「サッカー選手になること」や「野球選手になること」だったからね。アルゼンチンの子供だったら、「将来はサッカーのアルゼンチン代表になってワールドカップで優勝したい」といった感じにね。

その一方で、その当時はバスケットボール選手の最終目標と言えば「NBA選手になること」しかなかった。だから、NBAは世界中から選手を集めることで、世界中の全ての選手にチャンスがあることを示したんだ。だが、今のような国際色豊かなリーグになるまでには長い年月がかかった。その土壌を作るために、リーグは世界中で公式戦やプレシーズンゲームを開催してきた。日本でも1990年、1992年、1994年、そして1996年に公式戦を開催し、NBAのファン層の拡大に務めたんだ。

だが、当時は今のように各国にパートナー企業がいる訳でははなかった。ウォリアーズは、日本で様々な事業を展開している楽天とパートナーシップを結ぶことで、日本の市場の特性やマーケティング手法について学ぶことに成功したんだ。大きな市場というと一般的には中国やヨーロッパが挙げられると思うが、我々は日本の市場に大きな可能性を感じているよ。

--- 現在、日本国内のNBAファンの大多数は男性です。今後、日本でのNBA人気をより高めるためには女性のファンを獲得することも不可欠だと思います。あなたはWNBAの発足にも携わるなど、あらゆる性別や年代のファンを獲得することにも尽力されましたが、日本でNBAの女性人気を高めるヒントはどこにあるのでしょうか?

幾つか考えられることはあるよ。
人々がバスケットボールの試合を好きになる理由は論理的に説明できないけれど、バスケットボールという競技が成長してきた変遷を知ってもらうことは大切だと思う。まず、バスケットボールのプレースタイルの変遷を知ってもらったうえで、今のウォリアーズの試合を観てもらうといいだろう。

私が故郷のシアトルに戻ると、私を呼び止めて「今までNBAに全く興味を示さなかった恋人や妻が、ウォリアーズの試合だけは観るようになって、テレビを独り占めしているんだ」と教えてくれる人が沢山いるんだ。きっと、全NBAチームに先駆けてウォリアーズが取り入れた「コネクション(チームメイト同士の連携)」重視のプレースタイルが、女性の心を掴んでいるのだろう。チームメイトのことを絶えずケアし、ボールをシェアし、互いの考え方を共有するウォリアーズのスタイルは、女性の共感を得やすいと思う。最近では他のチームもこのスタイルを取り入れていれはじめていて、徐々にNBAの主流になりつつあるから、NBA全体の人気も今後更にアップするはずだ。

以上のことを踏まえて、私が考える「日本でNBAの女性人気を高めるポイント」は2つ。
「ウォリアーズの試合を見せること」と「バスケットボールのプレースタイルの変遷について教えること」だ。

レブロン・ジェームズ

--- あなたはNBAのリーグ・オフィスで働いていた時代にNBAオールスター・サタデーのコンセプトを作り出したと聞いています。
あなたは、最近のNBAオールスター・ウィークエンドをどのように感じていますか?
また、今シーズンのNBAオールスター・ウィークエンドにはどのようなことを期待しますか?

想像を超えた成長を遂げているね。地域社会への貢献といった根底にあるコンセプトは変わらないけれど、当時から考えると様々な面で進化している。NBAオールスター・ウィークエンドは、今や「世界規模のバスケットボールの祭典」になっている。選手たちもNBAオールスター・ウィークエンドを楽しみにしているし、オールスター・ゲームや各種イベントに出場することを望んでいる。試合やイベントに出場する予定が無いのに、週末をオールスター・ウィークエンドの会場で過ごす選手もいるぐらいだからね。

また、最近ではNBAオールスター・ウィークエンドは「スポーツ・テクノロジーの見本市」的な要素も持っている。楽天の三木谷社長もテクノロジー・カンファレンスのプレゼンターとしてNBAオールスター・ウィークエンドの会場を訪れていたね。

それから、世界中で放送されるようになったのも大きな変化だね。しかも今シーズンは、オールスター・ゲームに出場する選手のチーム分けドラフトの様子もテレビ中継されることが決まっている。2チームのそれぞれのキャプテンが1人ずつチームメイトを指名していくのは、我々がプレーグラウンド(草バスケ)でやっているのと全く同じ光景だ。最後の1人にまで残った選手はきっと嫌な思いをするだろうね(笑)
生中継で「last kid(最後の1人になった選手)」を見るのが楽しみだよ(笑)

--- 今シーズンから、月額$100でホームゲームの試合中にオラクル・アリーナ内のレストランやバーだけ利用できるというチケットの販売を開始されましたが、このユニークな制度が導入された背景を教えてください。

ウォリアーズのホームゲームは300試合以上連続でソールドアウトが続いている。それは、年数に換算すると6〜7年という非常に長い期間だ。現状、ウォリアーズのホームゲームのチケットを手に入れるのは非常に難しい状況だ。そこで、試合を直接観ることはできないまでも、ウォリアーズ戦の試合会場の雰囲気だけでも身近に味わってもらいたいと考え、この制度を導入したんだ。コートを見渡す座席をこれ以上提供できないのは非常に申し訳ないが、この制度があれば、より多くのファンが手頃な値段でウォリアーズ戦の興奮を身近で感じることができるはずだ。

--- この制度が導入されてからまだ間もないですが、現在までのファンの反応は如何ですか?

今のところは、ファンよりもメディアの反響の方が大きいね(笑)
かつてない特別な制度だから、メディアが興味を持つのも当然だろうね。だが、非常に安価な値段でウォリアーズ戦の雰囲気を感じられる魅力的な制度なので、ファンの皆さんもきっと気に入ってくれるはずだ。

--- 来シーズンから移転するチェイス・センターは、立地や規模や設備などの面でリーグ随一の試合会場になると聞いています。新アリーナでも、ファンに様々なエンターテインメントやサービスが提供されると思いますが、その中から幾つかオススメのポイントをご紹介ください。

ウォリアーズは、サンフランシスコにチェイス・センターを建設するために10億ドル(約1150億円)以上を投じた。今シーズンまで使用するオラクル・アリーナはサンフランシスコの隣のオークランドにあり、NBAのアリーナで最も古い歴史を持っていた。オラクル・アリーナは、ニューヨークのマジソン・スクウェア・ガーデンよりも古い建物だが、設備は充実しているし、その会場で行われるウォリアーズの試合も最高だ。だが、今後もチャンピオンシップを争い続けるための将来的なビジネス面を考え、我々はアリーナの移転を決定したんだ。

とても幸運なことに、我々はサンフランシスコのベイエリアという好立地に11エーカー(約44.5㎢)もの広大な土地を確保することに成功した。新アリーナによって、ウォリアーズは全く新しい体験をファンに提供するだろう。オラクル・アリーナは広大な駐車場スペースに囲まれていたため、駐車場に到着したらアリーナに入る以外やることがなかった。一方、チェイス・センターは単なる試合会場やコンサート会場ではなく、総合エンターテインメント・スペースになっている。サンフランシスコのダウンタウンからアリーナまでの間に新たに作られた5エーカー(約20㎢)もの広さを誇る駐車場に車を停めると、アリーナを囲むような形で3.5エーカー(約14㎢)の商業エリアが広がっている。そのエリアには、レストランを中心とした小売店が多数軒を並べているので、ファンは今までとは全く違った体験をすることができるだろう。このエリアは試合やコンサート等の有る無しに関わらず365日間営業しているので、ここを訪れる全ての人が食事やショッピングを楽しむことができる。

アリーナは単なる『会場』としての建築物ではなく、地域社会の経済を活性化させる場にならないといけない。これは、アメリカ国内で新たに建設されるアリーナで主流となっている傾向だ。ウォリアーズが行政から一切の資金援助を受けずにチェイスセンターを建設したのも、そのためだ。これだけの資金をチームの財源だけで投資することは、他のチームではなかなかできないことだ。
チームが建築費を全額出資したことにより、我々はアリーナ内のオフィス・スペースをオーナー・グループやチームに出資している地元の企業に貸し出すこともできる。彼らが試合を観戦することで、チームに出資する意義を感じてもらえることも非常に大きな意味を持っている。

ウォリアーズは、自らが全額出資して建設したチェイス・センターで開催される全ての試合やイベントに関する全責任を持ち、訪れる全ての観客に極上の体験と最上級のサービスを提供する。

--- 最後に、日本のウォリアーズ・ファンへ一言お願いします。

来シーズンは、ぜひサンフランシスコまで足を運んでウォリアーズの試合を直に体感してください。美しいベイエリアに新たに誕生するチェイス・センターは、皆さんに新たな体験と極上の時間を提供します。
ウォリアーズの選手たちは毎年オフになると日本を訪れ、素晴らしい時間を過ごしています。ベイエリアと日本との間で興奮を共有できることは素晴らしいことです。我々は日本の皆さんとチームを組めることを期待しています。皆さんには様々なNBAチームの試合を楽しんで頂きたいですが、その中でも特にウォリアーズのことを応援して頂きたいと思っています。

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リック・ウェルツ
ゴールデンステイト・ウォリアーズ球団社長兼COO(最高執行責任者)
1953年生まれ。米ワシントン州シアトル出身。University of Washington卒。
40年余にわたりNBAの業務に関わる。
2011年より現職。ウォリアーズの全てのビジネス関連業務を監督している。
2018年 *バスケットボール殿堂入りを果たしている。

*バスケットボール殿堂入りを果たした際の記念リング。よくみるとHall of Fame Ceremony(バスケットボール殿堂入りを記念する式典)の文字が刻印されている。

レブロン・ジェームズ

   

                          

NBAジャーナリスト/イラストレーター 西尾瑞穂

雑誌・テレビ・インターネット等の媒体で活動するフリーランス・イラストレーター。イラストを通じてNBA選手やNBA球団と親交を深めており、NBAの現役選手に頼まれてイラストを制作する機会も多数。ファン歴25年以上という熱狂的なユタ・ジャズのファンだったが、最近ではイラスト制作をきっかけにチームと密接な繋がりを持つようになり、昨年はジャズの球団社長から直接依頼を受けてチームの公式イラストを制作した。NBAジャーナリストとして8年前からNBAの現地取材をスタートし、NBAオールスターゲームは毎年現地で取材している。

ユタ・ジャズのレジェンド、カール・マローンさんにイラストをプレゼントした際の写真

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