マイケル・ジョーダンを史上最高のバスケットボールプレイヤーと言うならば、レブロン・ジェームズは史上最強のバスケットボールプレイヤーと表現するのが正しいかもしれない。
レブロンを語る時、必ずと言って良いほど比較対象としてジョーダンやコービー・ブライアントというレジェンドの名が挙がるが、これも世界No.1バスケットボールプレイヤーの宿命として仕方のないことだと捉える以外に無いのかもしれない。キャリアの終盤を迎えた”キング”ジェームズは歴代No.1 NBAプレイヤーの座へと近づくべく、新天地ロサンゼルス・レイカーズでどのような功績を残すのか。これまでのキャリアと合わせ、一挙にフォーカスしたい。

”キング”ジェームズが歩んだこれまでの道のり

身長203cm(実際は205cm前後あるとも言われている)、体重113kg、この恵まれた体から繰り広げられる豪快なダンクやブロックショットは一瞬で見る者を引き寄せる。高さ、速さ、強さを兼ね備え、主要スタッツは毎年リーグ上位にランクイン。

得点力は勿論のこと、味方を活かす視野の広さ、ゲームをコントロールするIQの高さ、そして関わる者すべてから愛されるキャラクターは既にレジェンドプレイヤー級だと評されている。

活動競技と身体能力の適合度合いについて米国メディア「*スポーツ・イラストレイテッド」が実施した企画では、採点基準となる4つすべての項目(強さ・スピード・持久力・機動力)で満点を獲得し、2014年には世界でNo.1のアスリート適応能力を持っているとされた。

バスケットのスキルにおいても、ポイントガードからセンターまでこなすオールラウンダーとしての素質、ポテンシャルの高さでおそらく右に出る者はおらず、そのリーダーシップの高さも忘れてはならない。長年NBAを率いている世界No.1プレイヤーに必要なのは、引退までの残された期間でいかに優勝回数を増やすか、それしか視野にないのではないだろうか。

既に高校時代からスーパースターであり、”キング”と呼ばれたレブロンは、2003年にドラフト1位指名を受け、鳴り物入りでクリーブランド・キャバリアーズへの入団した。同年にはカーメロ・アンソニー、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュ等が入団しており、ジョーダンが入団した1984年組、そしてコービーが入団した1996年組と並び、史上最高の当たり年として比較される世代となった。

新人王獲得からはじまったレブロンのキャリアだが、これまでに4度のMVP獲得、14度のオールスター出場、12度に渡るオールNBAファーストチームへの選出を果たしており、2008年には得点王にも輝いている。キャバリアーズとマイアミ・ヒートで合計3度のNBAチャンピオンになり、いずれもファイナルMVPを獲得。その他、数々の最年少記録や歴代記録を更新し、オリンピックでも2度の金メダル獲得に大きく貢献している。

ウェスタンカンファレンスへ移籍した今季も、順調な活躍ぶりをからファン投票トップの投票数を獲得し、チームキャプテンとしてオールスター出場を決めている。ちなみに15度のオールスター選出はカリーム・アブドゥル・ジャバー、コービー・ブライアントに次ぐ歴代3位となる記録である。

このようなレジェンドの地位を確立したレブロンだが、NBA入団以降、彼にかかるプレッシャーは想像を絶するものだったに違いない。常に勝利を求められ、若手時代に苦手としていたアウトサイドシュートに対してはバッシングが酷い時期もあった。また勝利を決定づけるウイニングショットへ対する評価も低く、時にはジョーダン、コービーと比較し、最も劣るポイントとも指摘された。周囲を活かすポイントフォワードとしての役割を好むレブロンの性格あってのことなのだと今では納得がいくが、それも実際に度重なるブザービーターを決め、何でも出来るのだと証明するまで認められることはなかった。

ジョーダンが入団を果たすまでのNBAはビッグマンが重宝される時代であった。当時のシカゴ・ブルズも、優秀なセンター獲得の実現率が低かったためにジョーダンを指名したというようなコメントを残しており、ジョーダンへ対する当初の期待値がそれほど高くなかったことが伺える。13位指名でシャーロット・ホーネッツから指名を受けた(後にレイカーズへトレード)コービーもまた、ルーキー時代はベンチスタートが中心で、その後は大黒柱としてシャキール・オニールを獲得した影響もあり、チームにとって絶対的な存在となるまでは時間を要した。

ジョーダン、コービー共に類を見ない活躍ぶりは、周囲の概念を覆すレベルにあったが、ある意味同等の活躍をルーキー時代から期待されていたレブロンに対するプレッシャー、そしてそれを跳ね除けるレブロンの精神力もまた並大抵のものではなかったのだろう。そんなレブロンも既に34歳を迎え、大ベテランの領域に入っている。キングは今後のキャリアをどう見据え、レイカーズをどのように牽引するのだろうか。

レブロン・ジェームズ

名門レイカーズの命運を握り、キャリア最終章の幕開けを迎えたキング

34歳という年齢にも関わらず、その体は衰えることを知らず、まだまだ全盛期真っ只中にいるレブロン。それもそのはずで、レブロンは年間約1億6千万円もの金額を身体のケアに当てていると言われている。その使い道は高気圧酸素治療、凍結療法、血液循環を最大化するNormaTecなど多岐に渡り、その他専門のシェフによる食事管理や睡眠療法などにも気を配っている。

またトレーニングに関しても、個別にトレーナーを雇っているのは勿論なのだが、IT技術を駆使している。例えば360度カメラで自分自身のプレイを分析し、不足している点を科学的に証明した上で、効率的、且つストイックにトレーニングをしているとされる。その甲斐あってか、数年前には体年齢がまだ19歳前後だという医者の診断結果を受けたほどだ。

現在、レブロンは8年連続でNBAファイナルへ進出している。今季のレイカーズはレブロン離脱後から調子を落としているものの、必ずや持ち直し、プレイオフには進出してくるというのが大方の予想だ。しかし、いずれ王者ゴールデンステイト・ウォーリアーズがその行く手を阻むことになるのは間違いない。残念ながら、現在のレイカーズには7戦シリーズでこの史上最強のチームを破る力はないからだ。若手の更なる成長が急がれるものの、まだ勝利の方程式を叩き込むには時間が足りない。そのため、ここへきてアンソニー・デイビス獲得へ向けた動きも加速している。

今シーズンも最終的にどれほど優勝戦線で争えるチームとなるか非常に見物だが、チームの中心に彼がいるだけに、必ずやまとまりを見せるに違いない。そして、来シーズン以降となるかもしれないが、必ずや優勝候補の筆頭として名乗り出るチームを作り上げてくるだろう。何せ、史上最強の選手、レブロン・ジェームズがいるのだから。

レブロンがロサンゼルスを選んだ理由のひとつに家族の存在がある。もちろん、レブロン自身が好きな街であり、既に家も2つ所有しているため、引退後を考えてもこれ以上住みやすい環境はないのかもしれない。さらにレブロンは子供たちの成長を願ってこの地を選択したとも言われている。父親同様息子たちもバスケットをプレイするため、南カリフォルニアの非常に競争力のある環境で伸び伸びとプレイしてもらうことで、親としてその成長を見届けたいという思いが強かったのだろう。

レブロン自身はリーグ制覇の他に、NBAの舞台に親子で出場を果たすことを目標にしており、息子に思い切りファウルをするまでは引退できないと語っている。レブロンの長男は現在14歳、共演するには少なくてもあと5年は現役を続行しなければならないが、レブロンなら可能なのではないかと不思議と期待感を持たされてしまう。

我々はレブロン・ジェームズという男のプレイを目の当たりにし、その衰えを知らないプレイぶりから、いつまでも彼を見ていられるのではないかという錯覚に陥ってしまっている。しかし、残念ながら最後の時は刻一刻と迫ってきている。我々は長らくリーグを支配していた生きる伝説を失う時、悲しみ、途方にくれることになるだろう。そして、引退後に初めてジョーダンと肩を並べる存在、もしくはジョーダンを超える存在だったのだと認める人々も出てくるはずだ。

本来であればあと数年、彼のプレイを見られるだけで満足すべきなのだろうが、せめてもう一度、レブロンが優勝リングを手にし、今度は大都市ロサンゼルスで仲間と大はしゃぎする姿を見たいと願って仕方ない。

NBAライター ゆーきり

幼少期の10年間をアメリカで過ごす。初めて行ったNBA観戦で間近で見る選手に強い衝撃を受けNBAにどっぷりのめり込み、自身もバスケットボールを始める。ファン歴は20年を超え、これまでの自身の知識を発信しNBAファンを増やしたいという想いから、ブログ「NBA journal」を開設。現地の情報をもとに、わかりやすくもマニアックな内容を届けることを意識し、日々奮闘している。

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